前回お届けしたAlpine A110は、私の中でいま最も欲しいライトウェイトスポーツカーの1台となった。普段使いにも不自由しない必要最低限の実用性を兼ね備えたパッケージとどんなシチュエーションでもその軽さを存分に味わえるドライブフィール。価格が高いことはたしかにネックではあるけれど、乗ってしまうとそれが大きな問題に思えないほど魅力的だった。


とはいえ、「持たないことに価値がある」ライトウェイトスポーツカーにとって2ペダルミッションというのは致命的な存在であることは否定できない。以前国産ホットハッチ3台のマニュアル車を比べた時にも思ったことだが、たとえ絶対的なスピードで2ペダルミッションに負けたとしても、クラッチをきってギアチェンジをするという行為は運転の喜びを享受するために欠くことのできないものなのだ。

それを多くの方にわかりやすく言おうとすると、それは恋愛でいうキスに似ているというのが私の持論である。この持論を酒飲みの席で披露すると、笑われるか呆れられるかのどちらかしかない。でも、このブログの読者の皆さんにはそれを分かって欲しくて、今日はその持論を存分に語ることにしよう。


多くの方がマニュアル車の運転を億劫に感じるのは「半クラッチ」であろう。トルクコンバーターや機械式クラッチによってエンジンのパワーを自動で伝達できる2ペダルミッションと違い、クラッチペダルのあるマニュアルミッションは自分の脚でエンジンのパワーを取り出しにいかないといけない。まずアクセルペダルを軽く踏みつつエンジンの音が少し変わるくらいまでクラッチペダルを戻し、一旦そこで脚をストップ。クルマがそろりと動き出すのを感じてから少しずつアクセルを踏み込んでいく。


これをキスの一連の流れに言い換えよう。半クラッチでエンジンの動力をクルマに伝える行為は、キスでいうファーストタッチだ。考えてみてほしい。はじめのキスでいきなり歯が当たるほどガツンと相手が向かってきたらどんな反応をするだろうか。ほとんどの人は避けようと後ずさりするはずだ。これがクルマでいうエンストの状態だ。つまり、どちらも最初はジェントルにふるまうことが大切である。


そして唇が触れあうようにエンジンからの動力でクルマが動き出せばもうこちらのもの。こまめにギアチェンジをしながらぬるりと走るもよし、息継ぎも忘れて深くまぐわうのだって悪くはない。


と、これ以上の話は実際に私がキスをしたくなるので一旦中断しよう。つまりマニュアル車の運転を放棄するという行為は、その楽しさを知る私のような人間からするとキスの愉しみを忘れているに等しいものだと言いたい。愛する人との一夜をキス抜きに過ごせる男女がどれだけいるのだろうか。


ここでようやく本日取り上げるクルマの話に移ろう。本日取り上げるのは

2015年にデビューし、いつのまにか登場から4年経過したMazda Roadsterだ。以前ブログに投稿したように、私にとってこのクルマは「私の初めて」に最も寄り添っていたクルマだ。免許が交付されたその日や箱根路やいろは坂、はじめてのサーフィンの時もこいつが一緒だった。そんなRoadsterが登場以来の大幅な改良を実施したのだ。

その改良のトピックはエンジンだ。Roadsterのようなクルマは、エンジンパワーよりもボディの軽さなどの仕立てがポイントになるクルマであることは間違いない。でも、スポーツカーとしてパワーアップするという言葉を聞いて色めき立たないクルマ好きはいない。しかも、それを燃費やCO2という様々な規制が今まで以上に重くのしかかるこの時代にやってのけたことにMazdaがこのクルマにかける意気込みを感じる。

ソフトトップのRoadsterとメタルトップのRoadster RFのボンネットを開けて比べて見る限り違いはなさそうに見えるところだが、実際には排気量から異なっている。ボディがより軽いソフトトップは1.5Lで、重いRF2.0L。ソフトトップのパワーアップは1PSに留まるが、RFはなんと26PSものパワーアップを実現した。ターボチャージャーを使えばこれくらい簡単に得られる数字だろうが、そこに頼らなかったというところも見逃せないポイントだと思う。

昨年投稿したインプレッションではあまりハードウェアについては触れてない部分もあるが、これまでのRoadsterに全く不満がなかったわけではなかった。特にRFのエンジンは重量増を相殺するためのパワーアップだというのに、レブリミットがソフトトップより1000rpm以上低くなりとてもスポーツカーを名乗れるようなシロモノではなかった。ATでさらっと乗る分にはそのネガは感じないけれど、MTになると「回しがいがないなぁ...」とアグレッシブに走る気を削がれる面があった。

ところが、こんどのエンジンはそのネガを一気に解消してみせた。パワーアップに合わせレブリミットをソフトトップの1.5L MTと同じ7500rpmまで引き上げた上に、回しがいのあるパワーフィールが伴っている。特にこの赤いRSではちょっとしたワインディングを走ることができたのだが、久しぶりに息を止めるほどアグレッシブなドライビングに興じていた。

RSの場合はビルシュタインダンパーや機械式LSDが与えられ「走りに関する装備」をデフォルトで備えているから、かつていろは坂を走ったソフトトップのようにロールが大きくてビックリするようなことがない。別の見方をすると、それらの装備によってRoadsterらしい軽快感がスポイルされたと言えるのは事実だが、アグレシッブな走りに応えてくれるというのはそれだけで嬉しくなる。恋愛で喩えるなら握ったその手を強く握り返してくれるように、クルマと気持ちが通じたことを実感できるからだ。

スロットルを踏めば、頼もしいトルクとやる気にさせてくれるサウンドとともに前に躍り出る。コーナーが見えたら、オプションのbremboのブレーキでガツンとスピードを殺しステアリングを切り込む。ほかのモデルだとロールを伴いながらもシームレスにコーナリングをするのだが、このRSはロールをしているという感覚がほとんどない。ビルシュタインダンパーの強力なダンピングでドライバーの視線を平行に保とうとする。今回のテストでは試せなかったが、機械式LSDを生かしてテールアウトを愉しみながらコーナーを脱出することだって容易なポテンシャルはたしかに持っている。

思いがけないアグレッシブなテストでRFに対する印象が好転したのだが、その後に念のため...と思って乗ったソフトトップは「初恋の気持ち」を思い出させてくれるクルマだった。たしかにRFも現代の水準から考えたらライトウェイトと呼べる重量ではある。でも、メタルトップを手に入れたことでキャラクターや価格帯は若干大人びた立ち位置にいることもたしかだ。ソフトトップが手を握られるたびにどぎまぎする「恋する歓びを初めて知る女の子」だとしたら、RFは「初恋が終わって、でも初恋に似たときめきを求める女性」というくらいの差がある。

それをドライブフィールとして感じたことでいうなら、まず決定的な違いはボディの軽さだ。若い乙女のソフトトップはRFのようなグラマラスな肉体を持ち合わせていない。そのおかげで走る・曲がる・止まるという所作のいちいちに「ピクッ」と反応するところがある。でも、それはクルマ自体がピーキーな反応をするという意味ではない。驚きを隠せないような動きを瞬間的に見せるときはあっても、彼女なりにその心の動揺を抑え込もうとしている所作も同時に感じられる。そして、その動揺がドライバーと心を合わせて動くということで、彼女自身もそれを歓ぶような動きに変わっていく。

もうひとつの大きな違いは開放感。RFのほどよい包まれ感も悪くはないけれど、私のようにかつては窓も下ろしてオープンカーを走らせることにこだわったオープン原理主義者には頭の後ろの囲まれ感がないというのが気持ちよくてたまらない。ドライバーの着座位置の見直しによりNCRHTのように「ソフトトップの幌をメタルに置き換える」ようなことができなくなった結果、ルーフを構成する一部をファストバックにしてオープンの時にも残すという技でメタルトップを実現したRFはたしかに独特のスタイルを手に入れた。それはNCRHT以上にグラマラスであるとは思うが、それを知ってソフトトップを見るとその真っ黒な幌がまだ男との駆け引きを知らない女の子がかけている黒縁メガネのように思える。

今回のインプレッションはかなり主観的な言葉が続いたから、Roadsterに乗ったことのない方は「こいつ大丈夫か?」と思われている方もいるかもしれない。もちろん現実の恋愛はこのクルマとのドライブのように気持ちが通いあうことがないケースもある。特に日本車の場合は恋愛のれの字も思い起こさせないような事務的なドライブフィールしかないクルマも存在する。クルマも恋愛も、自分の理想を貫くのは厳しいときだってある。でも、その理想が叶わなくてもその気持ちを自分の中から消し去ろうとしないでほしい。私がこうしてこのクルマにたくさん触れ合える機会は、私がこのクルマを愛しているという意志から生まれたものなのだから。