普段2ペダルでイージードライブを堪能しているせいか、ときどき左足を猛烈に動かしたくなる時がある。

以前クルマにおけるトランスミッションの役割は4ピースロックバンドのギターのようなものだと言った。その喩えをベースに考えれば、マニュアルミッションを操る行為はアコースティックギターの音色を愉しむこととも言えるだろう。ECUという名のエフェクターが介在しないから、ボーカル(エンジン)の主張をよりダイレクトに感じられる。と同時に、変速ショックのないシフトチェンジが決まればドライバーのグルーブもさらにノってくる。優秀な2ペダルミッションの変速に舌を巻くのも悪くはないけれど、自分の手足でクルマを御す歓びはマニュアルでしか味わえないものだ。


たしかに、CVTや多段ギヤの2ペダルならマニュアル以上のギヤ比の幅を確保できるようにもなった。ただ、国産車となると2ペダルの主流はCVT。となると、ここぞのひと踏みに応えられないラバーバンドフィールは避けられない。スポーツドライビングを志すというなら、エンストというリスクを引き受けてもマニュアルを選ぶ価値があるはずだ。


しかし、時代の波は違うアプローチからもマニュアルを淘汰しようとしている。俗に「自動ブレーキ」とも呼ばれるプリクラッシュブレーキの普及だ。この機能と相性が悪いことも、マニュアル車の減少に拍車をかけている。



そんな中、国内ビッグ33ペダルマニュアルのコンパクトハッチを送り込んだ。


ホンダのベストセラー FITは主力のハイブリッドの陰に隠れてRSというホットモデルを設定。

トヨタは豊田章男社長肝入りのプロジェクトであるGAZOO Racing由来のVitz GR

そして、そのトヨタに一矢報いた日産のベストセラー NOTEにはモータースポーツでイメージを確立したNISMO

この3台に乗ろうと思うきっかけを作ってくれたのがNOTE NISMO。このクルマには厳密には3つの仕様が存在していて、マニュアルとなるのはNOTE NISMO Sというモデル。その他のモデルがパワートレインを量産モデルと共用するのに対し、1.6Lの専用エンジンを設定した上でマニュアルミッションを与えたこだわりのグレードだ。


ところがだ。率直に言ってこいつには大きく失望させられた。たしかに、専用チューンドエンジンの威勢の良さはこの3台の中でナンバーワンと言っていい。そこは認めるが、肝心のシフトフィールがあまりにお粗末。

シフトに剛性感がないし、ゲートに入った瞬間の「カチッ」としたタッチもない。とりあえずシフト自体の重さを重めにして「それらしい」雰囲気にしようという意図は感じられたが、ベースがなっていない状態でシフトを重くする行為は逆効果。シフトノブの長さも短く、全くもって「マニュアルを選ぶ価値」を感じさせない仕上がりだ。


このクルマに対して大きく失望させられる要因は、「演出自体はこの中で一番派手」だということ。


専用エアロパーツの迫力に

オプションで選択できるレカロシート

ここまでやる気にさせておいて、シフトフィールを煮詰めきれていないというのは言い訳にもならない。


あと、チョイスを間違えていると思えたのが

私が知る限り、あの私が大好きなDB11以外で標準装着されているところを見たことがないポテンザS007。トレッドパターンが別物のように思うので専用設計ではないかと思われるのだが、元々締め上げたサスペンションにこのサイドウォールの硬いタイヤを履くので路面が荒れると遠慮なく突き上げを食らうことになる。唯一の救いは、このタイヤの悪影響がステアリングフィールとして伝わってこないことくらいだろうか。


その点、FIT RSはクルマとしての完成度の高さには明らかに分がある。

率直に言って、NOTEより見た目の演出は下手だ。最近のホンダ車のように新しさの追求に夢中で醜さが増している状態に比べればマシだが、ホットハッチとして考えると少々スパイス不足に思えることは事実。


ただ、走り出してからのドライブフィールでこのクルマの印象が好転していくことに。

FIT RSへの期待値が低かったのは、私が免許を取った時に教習車として乗ったシビックのマニュアルを連想していたから。マニュアルしか運転できないベテランドライバーのために、コスト最優先で「仕方なしに」作られたとしか思えない頼りなさ全開のシフトフィール。タイプRS660のように「目の肥えたユーザー」が触れるものなら本気を出すけれど、RSはきっと「目の肥えてないユーザー」向けに手を抜いた仕立てになるだろうと思っていた。


ところが、RSのフィールは意外にまとも。タイプRS660のような痛快感はが伴うものではないことは残念なのだが、シフトの重さやストローク量で勘違いさせるような仕立てにはなっていない。そこにフレキシブルなエンジン特性の1.5L直噴エンジンが組み合わさるから、加速の自在感は今回乗った中でNo.1。絶対的な加速GならNOTEかもしれないが、低速域のトルク感があるFITの方が狙い通りに動いているように感じられるのだ。

そして、この3台の中でFIT RSのアドバンテージとなると思われるのがマニュアルでもプリクラッシュブレーキや追従クルコンが備わること。冒頭でこれらの装備とマニュアルの組み合わせの相性が悪いと言ったが、200万円以下の量産車にしかも標準装備で備わることを考えると他のメーカーももう言い訳できない状態になるだろう。


こうしたかゆいところに手が届く先進装備は歓迎なのだが、ホットハッチとしての湧き上がるドライビングプレジャーは希薄。

脚まわりが不必要に硬められていないことはいいのだけれど、ステアリングフィールは希薄。よくも悪くもホンダらしからぬ「優等生スポーツハッチ」という印象だ。


では、最も優等生を多く送り出しているように思えるトヨタが送り込んだこちらはどうだろう。

結論からいうとホットハッチとしての能力をチャートにしたら、このクルマはスイフトスポーツと並んでまんべんなく全方位にわたって高得点を得られるような仕上がりだ。しかも、それは数値的なレベルだけではなく乗った質感という点でも意外に悪くない。


3台の中でアドバンテージとなるところは、キレのある脚まわりの動きと質感の高い乗り心地の両立だ。

NOTEはドライバーのことしか考えていないし、FITはパッセンジャーに遠慮しすぎていてドライバーが楽しめない。その点、ZACHSのダンパーを奢ったGRは硬めの乗り心地ではあるけれど肉厚なフロントシートに腰掛けている分には不快ではない。リアに常時人が乗るとしたら硬さがネガになる場面はあるかもしれないが、脚まわりのキレとの天秤にかければ許容範囲と言えるだろう。

欠点らしい欠点は見つかりにくいが、こいつもFIT RSのように「ホットハッチにしては少し退屈」というところが気になる。ただ、こればかりはずうっと80点主義のクルマを作り続けてきたメーカーだからこれまでの慣例が抜けないのだろう。近年のトヨタのクルマづくりの流れから考えればそんな歯がゆさも次第に薄れていく気がする。


自動車に対して社会が求めていることと照らし合わせたら、ホットハッチのやんちゃな走りっぷりは時代と逆行していると言うこともできるだろう。ただ、そんな中でその逆行をメーカー自身が実践するというのなら振り向かせるだけの何かが欲しかった。いずれもその努力は感じられたし、一定の効果を上げている面もある。


でも、本当に楽しいホットハッチを何台も知っている私からすると、どれもその道を歩み始めたよちよち歩きの状態に見える。その状態から抜け出して自らの足でどこまで歩みを進めることができるのか。ここは批判ばかりでなく褒めることも忘れずに行く末を見守りたい。