4月は基金訓練の講師として自己分析、営業スキルの講義を
いくつか担当させて頂きました。
毎回受講者の方々と話し感じるのですが、
「自分の言動を、自分で決める」ことの大切さを、
もっと、認識してみて欲しいなと、感じます。
そしてそのたびに、自分自身も、そうでありたいと、思います。
日本電産社長の永守重信氏の推奨する6S
(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ・指導)
について、
なぜ6Sが大切なのか、なぜ6Sを徹底すると会社の業績が
あがるのか、について、意見を出し合ってもらったのですが、
その時、「あたりまえだから」「やらないといけないことだから」という意見
が実に多いことに驚きます。
(ここに、経営と従業員の意識のギャップがあるのだと、
いうふうにも感じる
わけなのですが)
同じように、自己分析においても、
「誰とでも人見知りせずに話が出来る」
「人の事を気遣うことができる」という自分の長所を、
「そんなの当たり前の事だから」「親にそういうふうに育てられたから」と、
長所と認識できない人も、とても多いです。
「○○をするのは当たり前だから」「そうやって親に育てられたから」
と
いう理由ではなく、「なぜ、そのことに意味があるのだろう?」
「なぜ、世の中ではこれが大切だとされているのか?」
という事について、一度考えてみませんか。
考える事は、「その意味を自分なりに理解し解釈した上で、
やるかやらないかを決める」という行動に繋がります。
これは、「自分の人生の主導権を自分で握る」、
ということにも、
繋がると思うのです。
やや、大げさに聞こえるかもしれませんが、こういうことの積み重ねが、
自分の意志を強くしたり、物事の本質を捉える力に繋がると、感じます。
6Sを徹底する意味、挨拶が及ぼす影響、
トイレを磨くとなぜべっぴんさんになれるのか・・・。
そこには必ず「意味」があり、
それを認識したとき、
見える世界はとても広く、それまでとは
全く違ったものになると思います。
「あたりまえの事」に意味を見出し、だからやるんだと 決めたとき、
そこには「自分で選らんだ一歩」があります。
私も以前、そういう経験がありますが、
例えば人生において、
思い通りに事が運ばないことや、逆境に立つようなことが
誰しもあると思うのですが、
そいった苦しい時に、
「親が言っていた通りにしたのに上手くいかなかった」
「これをやれと学校で教わったからやったのに、失敗した」と、
他人のせいにしてしまう人というのは、
自分の意志で自分のやることや
自分の言動を決めて、進んでいないことで、
そういう気持ちになるの
だと思います。
自分の意志で自分の言動を決め進んでいる人は、
失敗のリスクや逆境の苦しさをも、自分で引き受け、
糧にして進むことが出来ます。
そういう人は、どんな状況であっても
常に安定していて、他人から見たらこんなに苦しい状況なのに、
むしろ輝いている、ということすらあるのです。
最近読み始めたダン・S・ケネディの本の中にもありました。
’’「○○のせい」(例えば、景気が悪いから、
自分は背が小さいから、目が見えないから、など)とか、
「○○と育てられたから」、と考えたとき、
責任を逃れると同時に、人生の主導権を自ら放棄していることになる’’
自分の人生の主導権は、自分で握ろう!
何事も、自分の意志で取捨選択し、前に進もう。
「やらされている」から、「やる」へ。
「やらなきゃいけないからやる」から、「やってみよう」へ。





