新・アンドリュー大佐の気まぐれ写メ日記 -2ページ目

ハワイアン6と俺(前編)

古代文明や宇宙について、書きだめているのを公開するか、
真面目なブログを書くか迷ってたんだけど、見当違いな少し深イイ話でもしようかなw

2014年も色々なアーティストのレコーディングやライブPAをやらせて頂きました!

レコーディングを担当した一部でも紹介しようかな~。
1月はthe VELECIET1stAlbum、(この頃既にFULLSCRATCHのRECの途中w)
2月はONE BUCK TUNERのMIX、FULLSCRATCHのRECの続きして、
3月、4月はNorthern19[DISCOVERY]、
HOTSQUALL[Laugh at life]、Zombistarz[DEMO]、
HAWAIIAN6[Where The Light Remains]
MEANING[The Tragic World]、MEANING[150]、
5月はMEANINGとFULLSCRATCHの続きと、
SLANGの[Scum]Music VideoのSOUND収録←これはMVでは主流のあてぶりではなく生演奏!!
6月はしけもくロッカーズ、まっきん&来来キョンシーズ、
dustbox[Here Comes A Miracle配布single]
7月はFULLSCRATCHの続きw 
8月はメルヘンベリー[WAKEFiELD]←アルバムのタイトルを我がスタジオ名にしてくれました。
9月はTHE CHERRY COKE$[THE CHERRY COKE$]、
HOTSQUALL[Gift from you]Music VideoのSOUND収録(Laugh at lifeツアーfinalで配布)
10月はTHE CHERRY COKE$の続きをして、
11月は伝説のバンドCOW COWが解散から20年という事で3枚組CD+ブックレットを発売。
その3枚目のライブ音源のリマスタリングを担当、
12月GOODBYE TO THE HERO[会場限定mini Album]
ま、こんな感じで2014年は色々なアーティストに魂を吹き込みました。
あっというまの2014でした。

作品全てに色々なSTORYや想いがあって語りきれないんですが、
少し気持ちの入り方が違った作品が有りまして。。

ちょっとお話したいと思います。



【ハワイアン6と俺】

1996~7年ころだったかな、
ハワイアン6っていう良いバンドがいるから観に行こうってなって、
リョウちゃん(FUCK YOU HEROES)と、
4人くらいで行き慣れてる渋谷GIG-ANTIC(R.I.P.)に足を運びました。
(ユウタだけは過去に知り合いから紹介してもらってて会釈程度の顔見知り)

共通の知り合いがビデオ回してたんだけど、
そのカメラワークがどーしても気になっちゃって、
(だって、ユウタしか撮ってないんだもんw)
で、カメラ取り上げて、初めて観るバンドなのにもかかわらず途中から俺が撮り始めました(爆)

そのくらい一目惚れしまして。。

でも俺のカメラワークも酷いというか、ドラムがカッコ良すぎてはっちゃんしか撮りませんでした(猛爆)


そんな出会い。

確かその頃、リョウちゃんが"VA...out of this world"に入れるバンドの最後の一枠を探してたんだよね。(確かその最後の一枠がハワイアン6になったはず。)

んで、俺も当日ギターボーカル(GUYS[1999年解散:後の解散ライブにもHWN6には参戦してくれた])やってて、
VAに参加させてもらってたので、そんな繋がりで対バンしたこと無かったけどすぐに意気投合。
すごく仲良くなりました。


【無謀な目標と達成】

1998年、サウンドエンジニア駆け出しだった俺は、ライブハウスでPAの見習い。(時給300円(猛爆))
営業後にバンドを呼んでPA練習をやらせてもらえることになった時、
HAWAIIAN6を呼んで朝までやったりw
当時のライブハウスのチーフにもHAWAIIAN6は気に入られ、
デモテープのレコーディングしてもらったりと、色々繋がってきたのもこの時期。

俺もライブPAと同時にレコーディングの勉強をしてて、
いつかHAWAIIAN6の音源を録音してやるって無謀な目標をたてながら、
でもどうやればレコーディングエンジニアになれるかなんてわからないまま、
毎日毎日がむしゃらにやってました。

1999年、当時働いていたライブハウスグループの社長に、

「1度だけタダでスタジオ使わせてくれ」

って頭を下げに行って、
初めてレコーディングをしたのがWRONG SCALEの1stDEMO TAPE(笑)

こっちは2nd DEMOだったかな?w

自信ついた俺は、色々なBANDのレコーディングを十数本やり、
同年、とうとうHAWAIIAN6のDEMOをやる気会が訪れ、目標を達成!
確か、[HAWAIIAN6 DEMO3]1.FLOWER 2.IN YOUR HAND 3.ROCK IS HERE
demo3


【FANTASY】

1999年、俺がやっていたBAND[GUYS]が解散して、俺はエンジニア業に徹しはじめた頃、
リョウちゃんがHAWAIIAN6の単独音源のリリースを決意、
エンジニアはアンドリューでやろうってなって、、
しかも、単独のアーティストのCDを全国流通で売るとか、
レーベルのリョウちゃんにとってもエンジニアの俺にとっても初で、
俺はとにかくすげー緊張したのおぼえてるな~。りょうちゃんも不安だっただろーなー。

レコーディング時の風景、記憶、結構おぼえてる。

成人になったばかりの糞ガキだったが、当時の知識を全て注ぎ込んで立ち向かった。
当時はアナログ。現代のようなシステムも無く、
演奏できるまで何度も何度も何度も何度も録音した。
はっちゃん、叩きすぎてスネアの革が破けちゃって、
でも替えとか持ってなくてガムテープ貼って継続したり!(笑)
ゆうたに、タバコは喉に悪いからレコーディング中は控えろって言って
ちゃんと守ってたんだけどうまく歌えなくて、
さらに、タバコも吸えないしストレス溜まっちゃってスタジオから出てっちゃってw
(後日談で俺に内緒で、はっちゃんがタバコ吸っちゃえ!って吸わせて、スタジオ戻って歌録り再開した一発目がokテイクだった!確かFANTASYの頭)

ミックスダウンの時にはエフェクト処理や音量調整をリアルタイムでやらなきゃだから、
手が足りなくてゆうたに手伝ってもらったりしてw
終わって皆で聴いた時は泣いたな~。ってか、
FANTASY聴いたら今でも泣ける。
あの迫ってくる勢い、誰にも負けねーぞ感、今でも聴くとレコーディングの風景が映し出される。
この作品ができるまでの過程は本当に語りきれないくらいたくさんのストーリーがあったんだよ。
FANTASY

同年、BRANCHとのスプリット[Word]のHWN6エンジニアも担当させてもらったりと、
スキルアップできた2000年だった。




【FANTASY TOUR】

2000年3月、無事リリースして、全国ツアーも決まり、俺はPAで一緒に回った。(数カ所行けない所もあったが)
対バンはLEGGO。(R.I.P.)ドラム以外がFUCK YOU HEROESっていうw
今では考えられないけどツアー先のライブハウスはスカスカのところばかりw
でも、FANTASYを聴いて衝撃受けたっていう人が沢山いて、自分の事のように嬉しかったなぁ。
お手伝い(主に運転)でJr.MONSTERのKEVも同行したり、朝方まで健康ランド探したり、今では考えられないような過酷なツアーだった。


つづく


  次回は
【PIZZA OF DEATHとHAWAIIAN6】


です!


2000年だったかな、ハワイアンとの沖縄ツアーの1枚。
誰が誰だかわかる?w
HWN3