【縄張りコラム】丸岡城のこと | 人生竪堀

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TEAMナワバリングの不活発日誌

 丸岡城は低い丘に占地しているので、バスが町中に入っていっても、なかなか見えない。行き当たりバッタリ旅で、地図も資料も持参していないから、城がどちらの方角に見えるのか、よくわからない。「終点・丸岡城公園」とコールされた頃、そいつは、ぽっかりと車窓に現れた。

 丸岡城はもともと小さな城だし、天守のほかは本丸の石垣が部分的に残っているくらいだから、縄張り屋の僕としては、あまり見るところがない。でも、その分、天守と一対一で向き合う気分が味わえる。仕事を忘れて、ぼーっと城を歩くには、ちょうどいいのかもしれない。

 

 この天守、いつ誰が建てたのか、はっきり確定できない。何だか土の城みたいだけれど、戦国の城とはそもそもそういうものだから、土塁でも天守でも本質は同じ、ということか。直線的に構成された天守は、あらためて眺めると、デザイン的なまとまりが頗るよろしい。建物サイズの割りに大仰な感じのする天守台も、積み方が古風で美しい。

 全国にたった12棟しかない、現存天守。実物を目の当たりにすると、じわーっと染みこんでくるような、独特の存在感がある。「400年も前から、ここにずーっと立っているのか。おまえ、いったい何者なんだ?」と問いかけると、「おまえこそ、何しに来たんだ? 何者なんだ?」と、逆に問い返されるような気になる。「やっぱり、いいなあ、天守って…」。

 

 翌朝、彦根のホテルを出て、集合予定の10:00までは少し間があるので、駆け足で彦根城の本丸まで。数年ぶりにご対面した彦根城の天守は、優美というより、なんだかヤンキーっぽいデザインの建物に見えた。破風で風を切って、せいいっぱいイキがっている感じ。うん、この感覚、何か新しい企画に活かせないかなあ…、あれ? 仕事を忘れて城を眺めたいから、天守を見に来たんじゃなかったっけ? 時刻表片手に城をめぐる僕は、やっぱり業が深いのである。

 

西股総生