景子はそのうち、お布団からも部屋から出て来なくなりました。
子ども部屋で何時間も、「どうして学校に行けないのか」「何が起こっているのか」話し合いました。
どちらもエネルギーが高いので、良くも悪くも、凄まじい日々が続きました。
夕方から、夜中まで続く時もありました。
最後は、「どうせ私なんか死んだ方がいい!」そう言いだします。
私はそれを否定するのに必死でした。
最後には、抱き合って二人で泣いていました。
きっと、景子が欲しかったのはコレだったのだろうかと、今はそう思えています。
その事にも私は気づいていませんでした。
そもそも、これが正しいのかすら解りません。
景子も私も、あまりの辛さに解離症状と混乱で、判断できる状態ではありませんでしたから、残念なから、これも推測に過ぎません。
でも、私の胸の奥から「そうだね」と、優しく囁く私の声が聞こえますから、私にとっては真実です。
あの頃は、私の胸の奥の方から、汚水がこみ上げると感じていましたが、今は清らかな湧き水のように悲しみと切なさがこみ上げてくるのを、感じています。
なぜか、 とてもとても残念でしょうがありません。