景子は、1年の夏休みを機に学校にほとんど行けなくなりました。

 

私は、朝の闘いからまぬがれて、少しだけホッとしていました。

それもつかの間、中間試験にも行けなくて進級が危ぶまれましたが、幸い成績が悪くなかったので、その点はどうにかなりました。

ところが、次は出席日数が足りなくて進級できないというのです。

 

学校をやめるカウントダウンが、始まり気が気ではありませんでした。

 

学校側は、対面ばかり気にして、原因が学校になかったかという事と、退学させたことにしたくないので事前の自主退学をしてほしいと、言ってきました。

担任も半年近くの内に3人も変わりっていて、教師も鬱だという噂が流れていました。

 

景子の事を、親身に心配してくれる教師など一人もいませんでした。

次に行けそうな高校のリストだけが、担当の教師から業務的に渡され、「必要な書類があれば準備しますので、ご連絡ください」と、定型文のように伝えられました。

事務的なその処理には、血が通わない、余裕のない学校教育の現実をたたきつけられたようでした。

 

あまりに淡々とした対応に、不思議なほどに腹も立たなければ何の感情も動きませんでした。

それは景子も同じだったようです。

 

自主退学の時期は、とても重要でした。

夏休みにやめてしまうと、次の学校探しが来年の4月になる可能性が高くなり、留年になります。

あと半年頑張るように勧めましたが、景子は不思議なほどあさりと、高校を退学してしまいました。

 

それでも、高校には行くと言ってくれたので助かりました。

それから、色々と調べて留年にならないように、次の学校を探し始めました。

 

後で知ったのですが、幼なじみの通う高校が、9月に入学できるので、そこに行きたかったようです。

でも、公立高校なので倍率が高く、入学できませんでした。

結局、次の高校に行くのは次の年の春になってしまいました。

 

景子は、以前からファーストフードでバイトを始めていて、高校をやめた後も、なんとかバイトだけは続け自分の携帯代は自分で支払っていました。