“できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

 

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「どこが まちがってるの?」

 

 

どこが 間違ってるの?

 

授業中、または、家で宿題をやりながら、

自分が出した答が間違っていたとき、

あるタイプの生徒は、やや甘えた声でこう言ってきます。

 

「どこが間違ってるの~?」

 

「自分で、探してごらんよ?」

 

まもなく、再び聞いてきます。

 

「どこが間違っているの〜?」

 

「もう一回、よく見てみたら?」

 

まもなく、また聞いてきます。

 

「どこが間違っているの〜?どこもおかしくないんだけど…」

 

3回目に聞いてくる頃には、半分ぐらい泣きべそショボーンかいている子もいます。

 

こういうタイプのお子さんは、すぐにガマンがきかなくなってしまうようです。

 

あ、「今日、何日だっけ?」とか「何曜日だったっけ?」とか、答えが誰かから返ってくるまで聞き続ける子とかも、同じタイプと言えます。

 

”頼りっぱ” なんですね。

 

さて、

どの教科でも勉強をしていて、答えがまちがってしまった場合、

「どこが まちがえているのか?」

「どう まちがえてしまったのか?」

を、本人がきちんと知ることは、「できグセ」をつける上で、決して欠かしてはならないことです。

 

ただ、もう一つ忘れてはならない点は、

「自分で見つけ出すこと」という点です。

 

「どこが間違ってるの?」

それは、こっちのセリフです。

 

どこが間違っているのか,指摘してあげるのは簡単です。

 

「ここだよ」

教えてあげる先生は、生徒からの人気お願いを一身に集め、

「自分で探してみ」

教えてくれない先生の、支持率は急降下笑い泣きします。

 

それを覚悟の上で滝汗、僕は

「もう一回やってみたら?」と言って見守るようにしています。

 

なぜか?

 

自力で探し出す子が、圧倒的に伸びていくからです。

 

自分で探す、見つけること自体が、立派な勉強なんですよね。

そこを取っ払ってしまっては良くありません。

せっかくの伸びるチャンスなのに。

 

特に算数の場合、自分で、自分の書いた式をもう一度はじめからふり返って、「まちがいの元」を発見するより、誰かに指摘してもらったほうが、はるかに楽ですよね?

 

そう。

楽チンだから、すぐに誰かに頼って聞いてくる子は、伸びていかないのです。

 

楽して、力はつかないのです。何事も。

 

「自分で見つけ出す」

これも、伸びていくために必要な力(チカラ)なんですね。

 

どくしゃになってね!

 

“できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

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インプリンティング

 

インプリンティング(imprinting)…

「刷り込み(すりこみ)」と言ったほうがわかりやすいでしょうか?

 

あ、カルガモが一番わかりやすいですね、きっと。

 

動物が成長する過程で特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一つを、こう言います。

 

この現象は、まるで雛(子)の頭の中に、一瞬の出来事が「印刷されたかのように覚え込まれる」ことから、「刷り込み」あるいは「刻印づけ」と言われるようになったとか。

 

目に映ったものをマネることで、覚え込んでいくわけですね。

 

このインプランティングに非常によく似た現象を、受験勉強をする塾の中でも見ることができます。

 

たとえば、

つるかめ算 とか 消去算 とか 仕事算 とか、…

算数のはじめて出てきた単元を教えるとき、

最初の1問目は「導入」ですから、考え方・解き方の手順をていねいに教えます。

 

2問目は、問題文はほとんどいじらずに数字の部分だけを変えた問題を出して、生徒に解かせます。

 

上記のような受験算数のいわゆる「特殊算」という文章題は、ざっくり言えば「パターン」なんです。

 

つるかめ算で言えば、

「鶴と亀」が「カブトムシとクモ」になろうが、「ゴジラとガメラ」になろうが、「イカとタコ」になろうが、はたまた「5円玉と10円玉」になろうが、解法パターンは同じ。

 

もっと言えば、難度が上がって、

卵を運ぼうと、的当てゲームをやろうと、階段を上り下りしようと、途中で速度を変えようと、解法に至るまでのプロセスは全部同じです。1mmも変わりません。

 

「解法パターン」に、目の前の文章題の数値を当てはめさえすれば、答えは簡単に出るのです。

 

解法パターンを覚えてしまえば楽勝なわけです。

 

ですから、2問目で未だ正解できなかった生徒も、3問目の類問では「できた!」と手を挙げる子が一気に増えてきます。

 

ところが、クラスを見渡すと、少数ではありますが、必ず何人か手を挙げられない子がいます。

 

ここで大事なことは、

何(どこ)がちがっていたか?を生徒自身が知る ことです。

 

ここをしっかりさせないと、次もおそらく間違えます。

 

そういう生徒のノートを覗いてみると、愕然とすることがあります。滝汗うっうっうっ

 

全然、解き方がちがうーーーーー!!

Why,Why,Why?なんでやねんゲロー??

 

つい今の今まで解説してきたじゃーん!

自分でも、その説明の板書をノートに写してあるじゃーん!…

 

それなのに、、、

誰に習ったの?誰が「こうしろ」って言ったの?

って問い正してやりたくなるぐらい、全然違うやり方。。。

 

こういうことは、頭が良い、悪いという話でも、

要領が良い、悪いという話でもなく、起きるものです。

「うちの子は、とにかくガンコなんで…」という話ともちょっと違いますよキョロキョロ

 

一つはっきり言えるのは、こういう子たちはものすごく損をしているということ。

実にもったいな~い💧ですね。

 

マネをすることって、とても大事なんですよ。

 

「見よう見まね」でいいから、

まず「(言われた/教わった)とおりにやって(書いて)」くれれば、すぐできるようになるのにな、ってよく思うのです。

 

つるかめ算だったら、まずこう書く

消去算だったら、まず表を書く

食塩水だったら…

ノートの解き方を見ると、僕の教え子かどうか一発で見分けがつきます。

 

解法をなぞる。

これですよ、これ!爆  笑

ひな鳥が親鳥にくっついていって、親鳥の行動をそのままマネるように。


これをやってくれる子は圧倒的に伸ばしやすいですし、伸びていくのも早いことは言うまでもありません。

“できグセ”をつけるために僕がした100と+1 のこと
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「正確さ」vs「速さ」…優先すべきは、どっち??

 

「正確さ」と「スピード」…これら2つは、相反する能力と言えます。

 

どちらの能力も、入試に限らず、あらゆる場面で、その時の自分が対峙している案件を処理する際に、大きな手助けをしてくれます。

 

しかし、どちらも習得には「集中力」が欠かせないことは共通しているのですが、相反する性格のため、両方を同時に習得する(会得する)ということができません。

 

まさに、、「両雄 並び立たず」といった感じです💧。

 

最終的には(本番までには)、どちらの能力も習得し磨きをかけるとして、優先すべきは、「速さ」?「正確さ」?

 

いったい、どっちでしょうか?

 

「ていねいさ」とは、確実性のことであり、能力というより「特性」と言った方が良いのかもしれません。

性格に因る割合も多いため、本人自身が「意識」しないかぎり、第三者が働きかけて身に着けさせるということは、おそらくは不可能です。

 

他方で、「スピード」というものは、「技量」ですから、成長に応じて訓練で向上させることがいくらでも可能です。

「そろばん」などはその最たる例だと言えるでしょう。

 

身に着ける順序は、と言えば、「ていねいさ」が先です。

 

この順序を逆にすると、間違いなく失敗します。

 

ところが、周りを見渡してみると、今日でも、この順序を無視した指導を行っている親や指導者が多いことに閉口させられます。

 

重ねて申し上げますが、ていねいさ=正確さ,確実性 が先なのです。

 

考えてみれば、楽器の演奏なども同じでしょう?

ピアノも、ギターも、トランペットも、ヴァイオリンも…まず「正確に」弾く、正確に吹く、ことを徹底して練習します。

 

速弾き はその後です。

速く弾く、速く吹くという練習は、正確に演奏できるようになってから の話です。

 

スポーツの世界はどうでしょうか?

野球などの球技の、投げる、打つ、捕る等の基本動作も同様で、「正確に行えるようになってから」スピードを上げる訓練に移行していきます。

 

正確にできないものを、

正確にできないうちに、

正確にできないまま、

「速くやれ」と命じますと、ミスや失敗を繰り返すでしょう。

 

そして、さらに悪いことには、「正しい型(フォーム)」を身に着けることからも、どんどん遠ざかっていくことになります。

 

勉強においても、まったく同じです。

 

早期に、「速さ」を求めるのは、まったくお勧めできません。

 

低年齢児に、言って聞かせておくべきは「ていねいに」ということなのです。

「ていねいにやる」「正確に行う」という一連の行動が、その子にとって「スタンダード」になれば、しめたものです。

 

そう考えれば、「クセをつける」躾けの一つと考えると良いかもしれませんね。

 

「おっとりした性格」のお子さんの場合、親や先生といった指導者は、つい「速く」と求めがちです。

 

しかし、やはり、5年生の途中くらいまでは、さらに時間がかかりそうだと思えることも、敢えて「(ゆっくりでいいから)きちんとやってごらん」「ていねいにやりなさい」と言っていただきたいと思います。

 

何度も言いますが、この順序を逆にして、5年生くらいから「ていねいさ」を求めても、かなり骨が折れるだけで、“労多くして功少なし”を覚悟しなければなりません。