全国選手権の県大会予選では平成5年度は6回戦で松蔭に、6年度は4回戦で愛産大三河に敗れていずれも強豪チームとの対戦で悔しい思い出になりますが、平成7年度の選手権も悔しい結果となりました。
時習48回生 キャプテンの思い
「1995年9月23日は僕にとって一生忘れることの出来ない一日となるだろう。僕たち3年生にとって最後の試合となった刈谷工業戦が始まった。試合は1点を争う激しい展開となった。この試合課題とされたのは、立ち上がりとラスト5分の集中力を切らさないことであった。何度かチャンスはあったが決定力に欠け、得点することが出来なかった。その後一進一退のゲーム展開となり0−0のまま前半を折り返した。後半に入り先取点を奪われたものの、すぐ追いつき逆転した。残り5分。勝てる、恐らく皆そう思っただろう。しかし、最後の最後で追いつかれてしまった。そして延長に入り、1点を奪われ僕たちの高校サッカーは終わった」
良く頑張ったが、どこかに勝利への執念、集中力を切らさない為のトレーニングが不足していたのではなかったかと思ったことです。
ハーフラインからドリブルで持ち込まれてスーパーロングシュートを決められたのには驚かされました。
延長になってシュートがGKの前でボールが跳ねてコースが変わり決勝点を決められたのは何故グランドがと思ったものでしたが、何の慰めにもなりません。
逆転された時に思わず椅子を蹴り飛ばしてしまった自分の行為が恥ずかしいです。
最後の試合となったキャプテンから
「あっという間の3年間だったが、金田先生のもと時習館高校サッカー部で活動できたことを一生の宝として心にしまっておきたい。ありがとうございました」