読書記録ならぬ、、、シーズン記録とでもいおうか・・・。

この国に住みだして2021年5月頃から参加していたブッククラブが

ここ半年くらいお休みなので・・・自分で記録を~。

といっても、ひと月に一冊読むのは至難の業・・・日本語だってたいへんなのに

特に英語だと、数ページがいいところ(眠くなるし~)。

それで、これまでブッククラブでは、なんだかんだと理由をつけて、新しい本を

読むというよりはこれまでに読んだ好きな本やカラーページが多いカフェテーブ

ルに向く本を紹介してきた・・・。

本じゃなくても、ネットフリックスのような(他の人が見れるチャンネルという

のが条件だと思う・日本のテレビでしか放映されないのは除く・・みたいな)

シリーズモノの見終わった後の感想や、2~3回見たところでの途中経過…を

発表した人もいたし。。

 

さて、、、最新作というわけではないけれど、日本語訳だったので見たもの・・・

(いつもの、私の癒されるために見る韓国ドラマの類は、ブッククラブ向きじゃ

ないのでここでは除く~)

ネットフリックス:邦題『不機嫌な人々』(原題:Folk med ångest)

英語のタイトル=「Anxious People」 ~不機嫌というより、”不安な”の方が適

切だろうというネットの書き込み(指摘)があったけれど、ドラマを見る限り・・

・不機嫌でもいいと思う、なぜって、これはスウェーデン人のことだから・・・。

彼らは、、、幸せ度数の高い国に暮らしながら、決してすべて満足しているわけ

じゃなさそうだ、、、ちょっと不機嫌程度の人はいくらでもいそうな気がする。

 

確かに、英語に訳されているAnxious ってのは、不機嫌というより、不安とか心

配とか、そういう意味だけど、ドラマ中の人々を観ると、彼らの、何か人生にお

いて不安や心配事のドラマというより、普段の日常…生活、自分の置かれている

状態において、満足していない人々・・・不安を含め、何かの不満や持って行き

場のない気持ちを抱えながら生きている人々・・・その彼らが、一つ「自分では

もうどうしようもなく困っている人を助ける」ということで一致し、お互いの

人間関係を築いていき、自分の生活にも良い影響が出始める~みたいな、、、流

れなので、私は、不機嫌でもいいと思う。

 

人間って、不安ももちろんだけど、なんか自分では嫌だなって思ってることや

ため息つきたくなるようなことが多いと、機嫌が悪くなる・・・。

元気?って聞かれて、まあまあ元気だよ、なんて答えていても、気持ち・心の

中では全然元気じゃないよ~って叫んでる、そんな人々・・・。

 

そういう自分の人生について、世間に対してもなんとなく、不機嫌さを持って

いた人々の話だから・・・。

不機嫌だったゆえに、、そんな行動をし、そんな決断をし、反社会的であろうと、

その正義は誰のためか?のような答えには正解を出せないとしても、

自分が、それでいいと思えば、いいじゃないか・!と、誰かが少しでも幸せに

なって誰かの気持ちが少しでも楽になって、自分がそれに一役買えるなら、大い

に結構、人生捨てたもんじゃない、私が役に立つのなら・・・ってね。

 

在りそうで、なさそうで、でもあったらいいなというのが、やはり小説が原作で

ある故なんだと思う。

TVドラマってのは(映画もそうだけど)、まったくの現実やドキュメンタリーで

ない限りは、人の想像の賜物なわけで、この『不機嫌な人々』も、話がうまく出

来過ぎているって批評する人も中にはいるだろうけど、話がうますぎることだって

現実にだってあるかもしれない(事実は小説より奇なり。ってね)けど、そもそ

もが小説なんだと思えば、話がうまくまとまっていたっておかしくはないし、そん

な救いようのない話を誰が好んで見るか?読むかって点もあるから、適度にうま

くまとまる方が有難い。

 

それと、、、この不機嫌な人々の場合、推理というだけではく、スウェーデン人っ

て信仰心が薄いってよく言われるけど、クリスチャンの行事はかなり取り入れ続け

ていて、年間の祝日や人々が欠かさない行事ってクリスチャン系が多い。

それを踏まえると、このドラマには宗教じみたところはないし、信仰心を熱くさせ

るようなセリフも出てこない・けれど、彼らだって何か、心の拠り所にする何かを

持っているだろう、それは何なのか???

私の思うところ、、、:自殺した人であっても、その魂がこの世に残っている人の、

その救いを求めているところに、また、自覚はしていなくても影響を受けてしまっ

た人への慰めのようなもの・・・自ら命を絶ったグスタフは、それを目撃したせい

であまりにもまっすぐに成ってしまっているようなヤックに気持ちのゆとりを持た

せたい、手紙を読めずに苦しんでいるサラに安らぎを与えたい、お母さんにも一歩

前進してほしい、そんな、目に見えるの外側にある連鎖の物語と言おうか・・・

神様か何かの『糸・意図』がうまく働いて、人を助けようとする”善人”には、きっ

と何かいいことがあるよ、って正直に(馬鹿正直であることではなく、自分に正直

に、そして他人に優しく~)生きて、なんとなく機嫌よくなるように、あの世とこ

の世も繋がっていて、どこかで誰かが(神と思ってもいいし、日本人だったらご先

祖様とかでもいいし、森羅万象の宇宙の意志のようなものでもいいし)見守ってい

てくれる。

それで、巡り巡って、うまくいくんだよ、みたいな、そんな繋がりが感じられた。

 

この小さな町には、父と息子の警官がいるのだけど、父親は、息子とは生きてきた

時代が違うのがよく解る・・・高福祉社会になる前のこの国で、右往左往しながら

社会の底上げ(みんな平等に幸せになる権利がある)をしようとこの国を建ててい

た世代だ。息子の方は、もう少し冷めた目で社会を観る世代というか割り切る世代・・・いいものはイイ、悪いものはワルイ、みんなそれは平等であるべき・・・

みたいな。。。

 

うちの大家さんのお母さんもそうだけれど、人の心配をする人たち・・・。

世界の大部分の「大人」のように義理人情に挟まれて悩んだり、おせっかいだっ

たり、人情派だったり、グレイな部分が多いことをそのまま受け止める、、、。

父親警官は、やはり自分の娘が可愛いし、今、過ちを犯していても、それでも立ち

直ってほしいと信じて、願ってやまない・・・。

 

そんな時代も悪くないよね、そんな社会の方が過ごしやすいかもねって・・・

見終わって思った。

必ずしも、”勧善懲悪”、”過ちを犯したら罰せられるべき”ではなく、執行猶予の

ような、お互い助け合えるなら、それでうまくことを運べるなら、そうしようよ、

みたいな・・・グレイ部分、お互いに気持ちの余力のある社会、そうであったら

どれだけの人が救われることか・・・と。

 

事件解決の直前、息子警官は、人生の重荷だった過去の出来事から解放される機

会を得た。

その時の、、、真実が告げられた時の(告げてくれた人の)言葉・・・

このドラマ(小説の?)の、何たるかが凝縮されている場面・・・。

「力を尽くしてくれたのね(あの子の、自殺を止めようとしてくれたのね)。

「それが人間ってものよ。誰かを救う機会があれば逃しはしない。

 よりよい自分になるためにもね。」

そして、これまで見えていなかったことと今回の事件を結び付けるかのような一言を

続ける・・・「事実は往々にして見かけとはちがうものよ」。

 

これを聴いて、この自殺者の原因がそれまで思ってきたことと違うと知り、

もう一人、ずっと心を痛めてきた人にそれを告げに行く・・・息子警官。

 

コメディで、ちょっと間抜けで、でも、考えさせられる・・・。

人は見かけによらず、でも、なんとか”よりよく生きようと力を尽くして”いる

ようだ。

 

息子警官が、犯人を・・・逮捕せずに帰ってくる。

そして、父親は言う・・・。

『”過ちは人の常、許すは神の業(わざ)”と言う・・』と。

 

切羽詰まった瞬間、誰もが過ちを犯す可能性を持つ・・そんな愚かさを持って

いる・・そんな状況に追い込まれることがないとはいえない・・・、でも、

助け合えるなら、助けられるなら、、、お互い、助け合おう・・・。

許しあおう・・・。

 

 

~ 了 ~ 

 

ブッククラブ代わりの、シリーズメモでした。

 『不機嫌な人々』

興味のある方、ぜひ、このドラマ、ご覧ください。

高福祉社会と言われるスウェーデンでも、自由平等福祉が行き届いていると言わ

れる社会にあっても、スウェーデン人だって、日々、悩み、迷い、必死に生きよ

うとしている、そんな姿が描かれています。

 

読んでくださってありがとうございました~。