広島への日帰り旅行顛末記⑤(終) | 貴和尚のブログ

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皆様、おはこんばんちわ。
管理人の貴和尚です。50を超えたおじさんです。
ゲームやアイドル、アニメ、天文、料理、風景写真など趣味や好きなことが多い人間ですが、いろいろと投稿するつもりです。
亀投稿な人間ですが、気長にお付き合いください。

(④から続く)

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そこから相生橋方向に川沿いを歩き、近くのベンチに腰を下ろす。
ふと、目の前に流れる川を挟みほぼ真正面に原爆ドームが見える

場所だと気づく。
ベンチに座って、様々な思いがよぎり、思索の海に入っていく。



2週間程前に衆議院の解散総選挙が行われ、自民党が圧勝。
時の首相は、自分を信任すれば国論を二分する事に着手すると

言っていた。
一部のメディアなどでは、非核三原則を変えるのでないか、と

いう話も聞かれた。

その方が就任した早々にも武器の輸出を可能としようとする動

きを見せていたし、一部の人達は、日本も核武装をすべきだと

の言説も飛び交うようになっていた。

何一つ、権力や力もないただの壮年が、これを留めることはで

きるわけもなく、核兵器を消せるわけでもない。

ただの人だから。
だが、核兵器を持ち、それで均衡が保たれると言うのであれば

それは本末転倒だと思う。
 

突き合わせたナイフ同士の先端は、少しでも均衡が破れてしま

えば、どちらか一方、もしくは、両方とも傷つき、ひどければ、

死傷さえする。

現在の核兵器の破壊力と殺傷力は広島や長崎の原爆とは異なる

という。

それこそ、大地を死と絶望の光景をもたらすものであり、その

爆発により誰か分からない骸が無数に大地にあふれ、空気には

核の置き土産とも言うべき放射線が残り、恐るべき荒野となる

のは火を見るより明らかだ。
 

地球という限られた空間で、死と地獄を生み出す兵器によって

破壊された大地の再生には、気の遠くなるような長遠の時間が

必要だろうし、また、再生できたとしてもおそらく元に戻りき

らないことは想像に難くない。

こうして、失われた場所がどんどん大きくなれば 地球上の大地

はいずれ失われ、生命あふれる星が死の星に変わることは間違

いなく、太陽が爆発し失われる日まで、生命のない死と絶望の

大地と化したかつての水の星となって宇宙をただ無機質に漂い、

生命の痕跡があったとは信じられないものとなっているだろう。

平和は生み出すのは容易いが、維持することは難しいと、何か

の作品で読んだか聞いたかの記憶がある。命持つ者には欲とい

う命の働きがある
ただ、欲そのものに善悪はなく、その命を持つ者の振る舞いと

行為の結果によって、善悪の質がついて回るのではないかと思

う。

これも過去に読んだ本の中に書いてあったが、、長所と短所の差

について尋ねられた人が、徐ろに半紙を広げ、墨汁を染み込ませ

た筆で紙上にスッと横に1本の線を引いて、長所と短所の差は、

この半紙で書いた線の上下のわずかなものだと言った。
これを通して例えばせっかちという短所は変じれば行動力にも通

じ、臆病という短所は変じれば慎重さにも通ずるものだとも。

この例から考えれば、欲の善悪の変化も僅かな差になるのでは

思った。

例えば、物が欲しいという場合、働いてお金をためて手に入れる

か、販売している者や所有者を騙したり、奪ってでも手に入れる

とでは、前者は程度の差はあってもどちらかといえば善で、後者

は明らかに悪の行為になると思う。
少し極端な気もしなくはないけれど、そう思った。

原爆ドームをジッと見つめ、平和という時がいかに有り難く、ま

た、多くの先人達の犠牲を経たことにも思い致せば、感謝も一入

である。
自分にできることで、平和に寄与できることをしようと決意した

のは言うまでもない。
それは、大海に落とした小さな小さな滴であり、潮目すら変えら

れない微々たるものだろうし、時代の表にすら表れないと思う。
だが、自分達が生きるこの星を死と地獄の星にはしたくはないし、

未来の尽きるまで、命輝く星であってほしいと願うのは必然では

ないだろうか。


今日から臨終の日まで、何ができるかはわからないが、微々たる

ものだが、平和を維持することに寄与していければ幸いである。
失敗や痛く苦しい思いをするかもしれないが、やる前から逃げて

も何も変わらない。
他人(ひと)に笑われ、嘲られ、蔑まれても、進みたい。
馬鹿はバカでいい。
下らないと言われても、とことん取り組みたい。
そう決意した、53回目の誕生日である。

しばらく、周囲を眺め、川の流れる音、船のエンジン音、人々が

行きかう足音や会話、カラスが時折じゃれているのか喧嘩してい

るのかわからないが忙しなく飛び交う様子などを見ながら、時間

(とき)の流れに身を任せること30分ほど座り、思索していた。
 

深い思索ができたことに喜びを感じて、その場から広島駅へ路面

電車で移動することにした。


路面電車は、厳密には異なるが、地元神奈川の江ノ電で一般道を

走行する区間は町中なので、初めてという訳ではないが、始終一

般道を走るのは経験にないと思う。

路面電車は案外混雑していたし、また、普通の信号が赤だと出発

しないことも驚いたりしたが、10数分ほどで、広島駅にたどり着

く。

路電の広島駅が高架化したというのは昨年ニュースで聞いたと思

うが、高架へ至る道筋で本当に高架駅なんだと少し嬉しく感じた

のはここだけの話。

電車を降りて、周囲を見回す。
土地勘もないので、さてどうするかと思案する。
実は、予定よりも早く移動した。
これは、原爆資料館が臨時休館していたためだ。
実は、原爆資料館の日程を確認する前に、新幹線の往復予約をし

てしまっていたことと、平日に訪れたいと思っていたために、先

に移動手段を決めてしまい、その後、館のWebページを確認して

やってしまった、となった。

このため、予定の時間よりも早く広島駅に戻ってきたのである。

こうなれば、お土産を購入して、少し時間をつぶそうと、お土産

物屋を探す。
慣れない土地で、目的を達成するのは苦ではない。
知らない土地を歩くのは楽しいと思う性質だからで、いろいろ歩

いてみたのは言うまでもなく、10分ほどすると、お土産物屋を見

つけて、そこを見て歩いた。

会社の方へのお土産を購入しようと、人数を思い出しながら、

売っている個数を確認。

しかし、うまい組み合わせがなかなかないことと、詰め合わせで

はなく、1種類のもので購入しようとしたところ、箱数だけが多

くなる結果となってしまった。
しかも、間抜けなことに、部にいる派遣メンバーを失念している

ことを家に帰ってから思い出すという失態をしていた。これは、

翌日に気づき慌てたのは言うまでもない。

とにかく、箱数が多く、買いたいと目星をつけていたものは購入

せず、帰りの新幹線を待つことにした。

1時間ほど時間をつぶして、帰りの新幹線に乗車。

 

飲み物を飲みながら、あらかじめ持っていた書籍を読みふける。
途中、すぐ下の弟から、私の誕生日におめでとうメッセージを

送ってきた。、
それ以外のやり取りもしないのに、この日だけはなぜかメールを

送ってくる。
なんとなく、魂胆が見えていたので、盛大な溜息が出てしまうの

はご愛敬。
毎年、当たり障りのない言葉を羅列してきて、ご機嫌伺いしてく

るから、頗る性質が悪い。

しかし、今回の内容を読んだら、怒ることはおろか、呆れすらも

通り越して無味無臭のような感覚になった。
何だか、疲れた…。
これまでしたことないような、皮肉を込めて返信をしていた。
こんな無の感情で返信をしたのは初めてで、人ってここまで無に

なるんだと実感した。

とにかく、広島へ行ったことを少し思い返しながら、高速で流れ

る車窓の光景を見ていた。
厳島と平和記念公園。
自然と人が建造した厳かな建築物との融合、人の過ちによって倒

壊した建物と平和を祈る心が結集した場所。
それぞれのことを思いながら、帰宅の途についた。

日帰りの慌ただしい旅だったけれど、本当に良い経験をしたと思

う。
次は、もう一方で原爆の被害を受けた長崎にも行きたいと強く

思ったが、その場合、日帰りでは厳しそうな気がするので、1泊

を含めた計画をすべきかと思った。

また、広島にも再度訪れて、今度こそ原爆資料館に行き、かつ、

広島を堪能してみたい。
これも1泊で検討したほうがいいかなと思うのは言うまでもない。

日本もまだまだ、見てみたい、訪れたい地があることに喜びを感

じた、そんな1日になり充実感を感じながら、帰宅し、倒れこむ

ように寝てしまうのであった。
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(顛末記 終)

 

ここまで拙い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
この旅行で、とにかく平和は本当に大切と思いましたし、小さい

けれど、その一助になることができればと思ったのは言うまでも

ありません。
残りの人生、充実した良いものにできれば、価値あるものとでき

るのでは、と思います。

とにかく、ここまで読んでいただき、深く感謝いたします。

では、またの機会に。