こんにちは!
小机の自然療法院 てつやさんんちの手嶋哲也です。
手嶋哲也とはどんな人間なのか?
自己紹介も兼ねて、今までの半生を簡単に振り返ってみたいと思います。
もう手嶋哲也という人間を知っているよ~という方も、何故、手嶋哲也が出来たのかルーツが分かるかも?
それでは、始めます。
1970年10月12日朝6時半頃、岡山県倉敷市内の病院で、手嶋家の長男として生まれました。
この頃の記憶は特に有りません。

初めての端午の節句
母も子育ては初めてであり、母乳は足りているのか?
と不安なことから、ミルクも与えていたそうで太めの赤ちゃんでした。
翌1971年10月に弟誕生。
更に1973年11月には妹誕生。
親父は仕事優先で育児への協力は少なく、殆ど母親1人で子育てをしていたため
(この時代はこれが当たり前だった)
弟が生まれた時点で、長男ということもあり甘えは許されなくなりました。
1歳の時点で1人、別の部屋で寝かされてたらしく、その後も親と一緒に寝た記憶は有りません。
「長男・・・」を地で行く生活の始まり。
家で甘えれない分、外で甘えれそうな時は甘えようとして、
でも、その加減が分からず変に失敗してた様な気もします。
(ひょっとしたら今も?)
中でも一番覚えているのが3歳から4歳の頃、何度かお灸をされたこと。
やめて~って泣き叫んでも、手足を親父と母親にがっちり押さえられ逃げることも出来ず、本当に熱いし怖かった。
今でもお尻とおへその下には跡が残ってます。
よく出来た映画なんかでは、
「世界中があなたを責めても、私だけは味方よ」
って親が言うシーンがあるけど、この時は
「自分には味方はいない」
って本気で思ったような・・・
そして、今でもその気持ちは多少残ってるかな?
心底から誰かを信用出来ないというか、ちょっと怖いので距離を置く、
みたいなところはあると思う。
え?
何でお灸されたのか?
それは・・・・
うんちを漏らしていたから(笑)
それも1回や2回ではなく何回も。
何で漏らしてたか?
それは、トイレが怖かったから。
水洗の洋式トイレと違い、和式のドッポン便所だったので、落ちそうで凄く怖くて、
漏れると分かっていてもトイレに入れないことが度々。
「何で漏らしたのか?」
と親に聞かれても
「分からない。知らないうちに漏れてた」
と言い続けたので、
「じゃぁ分かる様にお灸をしてやる」
って事になりました。
(虐待ではなく、躾の一環で行われたのです)
今にして思えば、
「トイレが怖くて行けない」
と言えれば良かったと思うけど、当時は
「男は強くあるべき」
みたいな思い込みがすごくあって、
「怖いから」
とは言えませんでした。
どんなに感動する場面であっても、男が泣くのは恥ずかしいことだとず~っと思ってたし。
(未だにだけど)
では、強い子だったのか?
というと、そうでもない。
どちらかというと、
ヌボ~っとして頭が少し足りない感じ?
だったようです。
母親から聞いた話だけど、弟はおやつを貰ったら直ぐ食べるのに対し、私はゆっくり大事に食べるんだって。
食べ終わった弟は「ちょうだい」と言う。
私は半分、弟にあげて2人仲良く食べてたそうです。
それを見た母親は
「この子、バカじゃなかろうか?」
と真剣に心配したらしいです。
この話を聞いた時(大人になってから)は、
こんな良い話で「バカ」って思うなんて、そっちの方が変だろっ
て思ったけど、いざ自分が親になってみて、母親の心配も分かる気がします。
もちろん、優しい子に育ってほしいって気持ちはありますよ。
でも、どこかに(それ以上に???)、
損させたくない、
傷ついてほしくない、
ズルは良くないかもしれないけど
ギリギリのラインで賢く立ち回ってほしいって気持ち、
エゴだらけだけど間違いなくありますね(笑)
続きはこちら⇒ストーリー②
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