前回の記事はこちら⇒ストーリー②

 

 

小さい頃から友達を作るのは苦手だったように思う。

 

 

それでも学校に通うと、それなりに友達は出来た。

 

いろんな友達が出来た中で、今でも(今だから?)ちょっと気になる2人の話をしようと思う。

 

 

小学校4年生の頃の話です。

 

 

1人目はJ君。

 

 

両親は岩国の街中で電気屋を営むんでおり、家には不在がちだったようです。

 

我が家も、その頃は母親が働きに出ていて、夕飯時も不在ってことが時々あり、そういう意味では少し似た様な環境だった。

 

家が近かったせいもあって、一度も同じクラスになったことはなかったけどよく遊んだ。

 

J君はお小遣いを貰っていた。

 

両親が働きに出ているいので夏休みや土日などは、そのお小遣いで何か買って食べるという生活スタイル。

 

当時、お小遣いを貰っていない私にとっては、自分の好きな物を買えるJ君がすごく羨ましかった。

 

我が家も母親が働きに出ていたので、夏休みや土日は、子供達だけで食べる日も多かったが、残念なことにお金を貰えることはなく、全て現物支給(それが当たり前だと思ってた)。

 

昼は自分達で作れるうどんやそうめん、焼き飯にラーメン(インスタント含む)が多かったかな。

 

おやつも決まったところに入ってた。

 

夜も遅くなる時は、ご飯を作って出ていってた。

 

そして、嬉しかったのが一時期だけどJ君の分も用意してあったこと。

 

J君は弟や妹とも仲が良く、結構楽しかったと記憶している。

 

 

J君とは、中学も含め一度も同じクラスになることはなかったんだけど、中学の時に気が付けば、どっちかって言うと「不良グループ」みたいなところに所属していた。

 

ぐれることが一概に悪いわけではないのだろうけど、それでも「???」だった。

 

それで、よくよく考えてみるとそのグループの共通点のひとつには、親が不在がちってのがあったと思う。

 

私はいわゆる不良とは余り縁のない生活を送っていたわけだが(不良がカッコ良い時代だけど)、親が不在がちってだけなら、私も少しは当てはまる。

 

元々ケンカとか苦手でそういう素養は余り持ってなかったてのはあるけど、それはJ君も同じだった。

 

 

では、J君と私で何が違ってたのかっていうと、上手く言えないんだけど親の接し方ではなかろうか?

 

うちの母親、はっきりいって料理が下手です。

 

インスタントの時もあったけど、それでも手作りのものが多かったし、美味しくはないけど身体のためという味付けが多かった。

 

かたやJ君はお金を貰って、お店で好きなものを買っておわり。

 

もちろん、これが全てではないと思うが、でも無関係でもないのではないか?

 

と思いながら、ただ今、子育てに挑戦中です。

 

 

 

 

 

 

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写真は、記事とは関係なく、奥穂高から富士山を望む

 

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