今日もブログへのご訪問ありがとうございます。
今回は前回の「京都へ帰京(1) 往路」 に続き、
滋賀県から京都市の相方の実家につくまでに
ついてのお話をします。
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滋賀県の道の駅マキノ追坂峠でトイレ休憩をして、
再び国道161号線を進みます。
滋賀県高島市のマキノ地区は
標高が高く、スキー場があるんですね。
滋賀県にもスキー場があるんだぁ…
と感心してしまいました(笑)。
富山は雪国でスキー場があって当たり前なので、
ここでも雪が積もるんだなあとしみじみと
想像しました。
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家を出発してから、
ずっとihoneの全力案内ナビアプリを
つけっぱなしにしてナビしてもらって
いました。
家を出る前日にも、
京都へ行くルートの確認を
パソコンで行っていました。
国道161号をずっと行って、
「琵琶湖だー!わーい!!」
と感激しながらジムニーを走らせるつもりが…
私のきまぐれナビで、
国道161号を降りてしまいました。
ここからがハプニングの始まりです(笑)。
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マキノ地区よりもさらに山奥の朽木地区に
突入し、森の中の山道を疾走することに…。
民家もなく、途中で止まれるような所もなく、
台風12号の悪天候の中ジムニーが走ります。
「方向感覚わからんへんようなった…
一度ルートから外れると方向感覚なくすねん。
今どこ走ってるのか分からん…」
相方ごめんよ、えーん(泣)。
私はかろうじて東西南北は分かるのですが、
相方は方向感覚が分からないまま、
ひたすら山道を運転しました。
どうも天台宗延暦寺のある比叡山に向かう
道路を疾走しているようです。
こういうルートで走っちゃったようです。
これはまずい、遠回りしても
なんとか161号に戻らないと…
iphoneのナビアプリをフル活用して、
161号に戻るルートを探しました。
そしてなんとか左折して
161号に戻ることができました。
いや~、悪いことしましたねえ(^^;。
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そして161号を南へと走ります。
琵琶湖は遠くに見えました。
帰りこそ琵琶湖畔を走ろうね!と
固く?決意しました。
161号をずーっと行くと、
国道1号線にぶつかり、
そのまま1号線に乗りました。
やーーーっと京都市内に入ることに。
山科区から入ることになりました。
「まさか山科から入るとは
思わへんかったわ」
えーん、ごめんよ~><。
そこから北へ北へと向かいます。
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京都市に33年住んでた相方は、
京都市内の道路はほぼ知り尽くしています。
「ここの道路は混むから、こっち行くわ」
と京都市内の住宅地の狭い道路をスイスイ
駆け抜けていきます。
住宅地の道路は・・・狭いですね。
面積が狭い中に家やらアパートやらが
たーくさん建っています。
都会にきたなと思いました。
なんでこんな狭い道路でもいいんだろう?と
ふと疑問に思いましたが、
「そっか、ここ雪降らんから
道路を整備しなくてもいいんだ」
雪が1メートルも積もるところだと、
こんなに住宅が密集していては、
大変だと容易に想像がつきます。
生え抜きの京都市民しか知らない
であろう道をかけぬけるのは
面白かったです(笑)。
観光しにきた人はぜったいこんなところを
見ないだろうというところを走りました。
京都の現実は住宅地にあるんですよね。
観光地は点在しています。
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左京区にある実家につくまで、
道を走りながら色々教えてくれました。
ランニングしている人がいる京都御所周辺や
圧巻の京都大学のキャンパスたち。
人であふれかえっていました。
富山にいると人が少なくて寂しいのですが、
京都は常に誰かが道を歩いています。
人と人とのつながりはないかもしれないけど、
人がいるだけで孤独を感じなくてすむのは
私にとっては大きなことです。
私は富山にいてすごく寂しかったんだと
見つめなおすことができました。
はい、寂しかったです。
それと都会のゴミゴミしてるのはどうかな?
と思っていたのですが、意外と大丈夫でした。
一人だったら分からないですが、
土地勘ありまくりの相方といると大丈夫です。
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しかも
京都大学周辺というと若い人が多いです。
今私が住んでるところはご高齢の方が多くて、
申し訳ないけど覇気がないのですが、
若い人が多いと見てるだけでエネルギーを
もらいます。
若い人が多いだけで安心してしまう自分を
発見することができました。
日本全体が超高齢化しているけれど、
場所によるんでしょうね。
どうして超高齢化した地域から
若者が出て行ってしまうのか?
高齢者とは世代ギャップがありすぎて、
話が通じないんです。
素で話すことができません。
経験上、農村部ほどひどいです。
高齢者ばかりで若者は自分だけという環境は、
こちらも経験上、精神衛生的によくないです。
高齢者を建前で立てずに本音で話すには、
もっと若い人と接触する必要があります。
地方の批判をしているように聞こえるでしょう。
でも
私のような性同一性障害という属性、
よりよい精神医療を求めるならば、
都会の方が充実しています。
地方はマイノリティに厳しいです。
その厳しさをこらえて生きてきました。
もう厳しいのは嫌です。我慢の限界です。
京都市内は新鮮で、人が多くて、
若い人たちがいっぱいいて、
とても刺激的です。
ここではマイノリティでいても大丈夫、
素でいても大丈夫と肌で感じました。
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いろいろなことを感じるうちに
あっという間に相方の実家につきました。
相方のお母様にごあいさつをして
お土産を渡し、くつろぎました。
この続きは次の記事でお話します。
お読みくださり、ありがとうございます。