ねんまつでございまつ
コンポから思いもよらぬ曲が流れてきて、思いもよらぬ気分になる夜。
ならば、思いもよらぬ文がかけるやも!
と思い、ブラインドタッチ(風)なタイピングでツラツラと何やら
書き連ねてみよう。
めくるめく日々は一段落し、あまりにも変化の大きすぎた2011年が
「じゃ、あとよろしく~」的な感じで、あっさりと2012年と入れ替
わろうとしている、まさに年末。
年末と言えば、一年を振り返らなくてはならない。
振り返ればヤツがいるとしても、振り返り、そして、来年への
一歩に繋げねばならない。
さて…
「いや、とんだ一年間であった!
来年はいい年であればいいなあ!」
などと、ありがちで、あっさりまとめて
切って捨てるワケにはいかず、
「なんだかんだ充実してたヨネ!ハッピー♪」
などと、イイトコどりで済ます訳にもいかない。
何しろ、2011年はスペシャルであった。
大げさに言うなれば、人生を変えるような出来事が
目白プッシュな一年…。
人生で、なくてはならない重要な一年であったのだ。
俺年表によると。
まあ、大げさに言ってる訳だから、実際はほぼ
例年通りの生活をしていたとしても…だ。
その一年の集大成が…!
コチラ!
今回は一部分だけ公開!
思う事は色々あれど、こういう形でやれてよかった!
てか、振り返ってない!
展開もいつもと同じ!
むう!
ちなみに、さっきコンポから流れてたのは、こんな曲。
らしくない!
らしくないから、残った2011も疾走だ!
だから、風邪なおれーー!
ならば、思いもよらぬ文がかけるやも!
と思い、ブラインドタッチ(風)なタイピングでツラツラと何やら
書き連ねてみよう。
めくるめく日々は一段落し、あまりにも変化の大きすぎた2011年が
「じゃ、あとよろしく~」的な感じで、あっさりと2012年と入れ替
わろうとしている、まさに年末。
年末と言えば、一年を振り返らなくてはならない。
振り返ればヤツがいるとしても、振り返り、そして、来年への
一歩に繋げねばならない。
さて…
「いや、とんだ一年間であった!
来年はいい年であればいいなあ!」
などと、ありがちで、あっさりまとめて
切って捨てるワケにはいかず、
「なんだかんだ充実してたヨネ!ハッピー♪」
などと、イイトコどりで済ます訳にもいかない。
何しろ、2011年はスペシャルであった。
大げさに言うなれば、人生を変えるような出来事が
目白プッシュな一年…。
人生で、なくてはならない重要な一年であったのだ。
俺年表によると。
まあ、大げさに言ってる訳だから、実際はほぼ
例年通りの生活をしていたとしても…だ。
その一年の集大成が…!
コチラ!
今回は一部分だけ公開!
思う事は色々あれど、こういう形でやれてよかった!
てか、振り返ってない!
展開もいつもと同じ!
むう!
ちなみに、さっきコンポから流れてたのは、こんな曲。
らしくない!
らしくないから、残った2011も疾走だ!
だから、風邪なおれーー!
クリスマスである!
世の中、クリスマスでございます。
ジングルベルの鈴はなり、ツリーはキラキラ輝いて、
道行く人々(の半分は)にっこにことわらい、
子供は欲望の限りを親にぶつけ、
若き男女の目は怪しく光り、
大量に食品化された鳥類は店頭に並び
小麦粉を加工して作成された大量の糖と脂肪で出来た
物体が投げ売りされサンタ狩りだと称す輩が町を徘徊し
ピザ屋はサンタの格好で事故にあい悲しい思いをする…
クリスマスですね。
しかも、先ほどまでは、クリスマス・イブと言われる、
若き男女のための一大イベントの日でしたね。
メインの前日という立場でありながら、堂々と年間重要
イベントのトップに踊り出たクリスマス・イブ。
聞けば、浮かれるものと、落ち込むものの差も
年間トップクラスという噂。
リア充的格差社会を目の当たりにする、恐るべき日でございます。
そんな事より、イブさんとしてはそれでいいのか!
と、私は問いたい。
本当に大切な日の前日という立場でありながら
みなイブの方を大事にしてすぎやしないか?
と、思う訳です。
「違うんです!周りがかってにやった事なんです!私は…!」
と、イブさんは言うかもしれない。
だが本当にそうか?
そりゃあ、イブさんだって昔はそんなにメジャーじゃなかった。
クリスマスさんと二人三脚で
「この国じゃ、こういうイベントは受け入れてもらえないかな…」
なんて、二人三脚で細々がんばってた。
だが、どっかの悪いヤツが
「イブさんだけやったら、有名にしたりまっせ!」
などと、耳打ちしたからいけない。
誰だって、オイシイは話には弱いもの。
イブさんも
「じゃあ…ちょっとだけ…」
となってしまったんだな。
悪気は無かったかもしれない…
だけど、今やイブさんは、メインのクリスマスさんより
もメジャーになってしまった。
もはや、クリスマスとか関係なく単独で
「12月24日は何の日か良く解らないけど特別な日」
くらいの勢いだ。
もはや、メインになりすぎて、
イブさんがどんなにいい子で
「わたし、普通の平日に戻りたいの!!」
といっても、無理なレベル。
かわいそうにイブ!
そして、もう、クリスマスさんは、主役をはれないのか?
このまま、イブの脇役という立場に…?
否!
あるよ!
そういう場所が、あるよ!
メインのイベントはクリスマスっしょ!!!
lalala presents♪
Happy Xmas LIVE!
副題:Revenge of Xmas
(クリスマスの逆襲)
主演:アラキン・スカイウォーカー
場所
渋谷wasted time
http://www.wastedtime.jp/
出演
菅谷藍子&バセルバジョン
ヨースケ@HOME
lalala
FOOD
南青山野菜基地
前売り2500円
当日3000円
まだ、若干前売りありますよー!!
明日はみんなも主役!!!
※正しいクリスマスの事はぐーぐる先生に聞いてください。
メリークリスマス!!
ジングルベルの鈴はなり、ツリーはキラキラ輝いて、
道行く人々(の半分は)にっこにことわらい、
子供は欲望の限りを親にぶつけ、
若き男女の目は怪しく光り、
大量に食品化された鳥類は店頭に並び
小麦粉を加工して作成された大量の糖と脂肪で出来た
物体が投げ売りされサンタ狩りだと称す輩が町を徘徊し
ピザ屋はサンタの格好で事故にあい悲しい思いをする…
クリスマスですね。
しかも、先ほどまでは、クリスマス・イブと言われる、
若き男女のための一大イベントの日でしたね。
メインの前日という立場でありながら、堂々と年間重要
イベントのトップに踊り出たクリスマス・イブ。
聞けば、浮かれるものと、落ち込むものの差も
年間トップクラスという噂。
リア充的格差社会を目の当たりにする、恐るべき日でございます。
そんな事より、イブさんとしてはそれでいいのか!
と、私は問いたい。
本当に大切な日の前日という立場でありながら
みなイブの方を大事にしてすぎやしないか?
と、思う訳です。
「違うんです!周りがかってにやった事なんです!私は…!」
と、イブさんは言うかもしれない。
だが本当にそうか?
そりゃあ、イブさんだって昔はそんなにメジャーじゃなかった。
クリスマスさんと二人三脚で
「この国じゃ、こういうイベントは受け入れてもらえないかな…」
なんて、二人三脚で細々がんばってた。
だが、どっかの悪いヤツが
「イブさんだけやったら、有名にしたりまっせ!」
などと、耳打ちしたからいけない。
誰だって、オイシイは話には弱いもの。
イブさんも
「じゃあ…ちょっとだけ…」
となってしまったんだな。
悪気は無かったかもしれない…
だけど、今やイブさんは、メインのクリスマスさんより
もメジャーになってしまった。
もはや、クリスマスとか関係なく単独で
「12月24日は何の日か良く解らないけど特別な日」
くらいの勢いだ。
もはや、メインになりすぎて、
イブさんがどんなにいい子で
「わたし、普通の平日に戻りたいの!!」
といっても、無理なレベル。
かわいそうにイブ!
そして、もう、クリスマスさんは、主役をはれないのか?
このまま、イブの脇役という立場に…?
否!
あるよ!
そういう場所が、あるよ!
メインのイベントはクリスマスっしょ!!!
lalala presents♪
Happy Xmas LIVE!
副題:Revenge of Xmas
(クリスマスの逆襲)
主演:アラキン・スカイウォーカー
場所
渋谷wasted time
http://www.wastedtime.jp/
出演
菅谷藍子&バセルバジョン
ヨースケ@HOME
lalala
FOOD
南青山野菜基地
前売り2500円
当日3000円
まだ、若干前売りありますよー!!
明日はみんなも主役!!!
※正しいクリスマスの事はぐーぐる先生に聞いてください。
メリークリスマス!!
長い長い片思い
ずいぶん長い片思いであった。
ずっと惹かれていたし、気になっていたのだが…。
初めて見たのは、ストーミーウェザーでのニコラス・ブラザース。
なんの番組だったかしらないが、母親が
「すごいタップをする黒人がテレビに出てるよ。面白いから観てごらん。」
的な事を言われて観たのだと思う。
うそ。
「すごい黒人がでとるけえみてみんさい。あんた好きじゃろこういうの」
だった。多分。
とりあえず、何だか凄すぎて、タップだとは思わなかった。
母も何を思って俺にこの映画のシーンを観せたのか解らないが、
当時マイケル・ジャクソンが大好き(むろん今でも)だったのと、
後でわかった事だが、母がかなりのジャズ好きだったのが理由のようだ。
なにしろ、有名なアーティストが来た時は、学校をサボってライブを見に行った
事もあったとか。アツいぞ!母!
ちなみに
「jazzの何がええん?」と聞いたら、
「ようわからんけど、ええ音楽じゃと思う」といっていた。
親子だな。と思う。
余談ではあるが、父は趣味でバンドをやっていたそうで、本人曰く、デビュー直前の実力派
だったそうだ。確かに、唄は上手いが。。。あと、やたらギターを弾いていたが…
まあ、それはちょっと何とも言えないが、意外と音楽に縁のある両親なのだった。
残念な事に、ストーミーウェザーの衝撃は、その後あっさりとブレイクダンス
の衝撃に打ち消されてしまい、タップを始めよう!という気持ちにはいたらなかった。
2度目の出会い。
深夜にグレゴリーハインズのタップをやっていた。
たまたまつけたら、やっていた。
最初のタップシーンと、「チャレーンジ」のシーンが気に入って、なんども見た。
当時、中学生。体育の時間はほぼウィンドミルに費やしていた頃。
確かに感動したのだが、まだB-BOY至上主義。
タップを、始めるきっかけにはいたらなかった。
ただし、タップダンスというものがある!という事は、
この映画で認識できたのだと思う。
3度目の出会い。
大学ダンス部時代。
独りだけタップをやっている先輩がいた。
いいな~タップ。
と思いつつ、習わなかった。
当時、全力b-boy時代。
日本一のフットワークを目指していたころ。(後にあっさり挫折する)
気になっても、やはりタップは始めなかった。
そして、習っても皆挫折していた気がする。
4度目の出会い。
下北沢のスタジオにハウスダンスのレッスンを見学にいった際
隣のクラスがタップダンスのクラスだった。
「レッスン着レオタードか…」
とショックを受けたものの、なんかカッコいいと感じたのを覚えている。
あれは、誰のクラスだったのか…下北沢、スタジオルウだったとおもうが…。
5度目以降
lalala結成前後。
この辺りから、出会いが込み合ってくる。
なぜなら、クラブシーンへのタップダンサー進出が増え始めたからだ。
と思う。
当時の私はb-boyシーンからUK Jazz dance シーン(とかいうとかっこいい!)
へと活動の拠点を移していたので、UK Jazz dance シーンといえば
某チーム!の某氏がタップダンサーとして活動を始めた事も関係があるだろう。
タップダンスを見かける機会は増えるものの、見れば見るほど出来る気がしない。
しかし、ちょっと真似はしてみるという関係には進展した。
もちろん、観てるだけでは出来ない。
仲間内でも、「タップってなんか気になるよね」的な会話もあったり
無かったりしたのだが、その淡い思いは、フライングしてタップを習いに
いった某氏がレッスンについていけなすぎて、半ギレで「二度と習うか!」
と感想を伝えてくれた事も手伝い静かに気持ちが醒めていく。
(ちなみに現在、彼は練習は再開しているようだ。)
そして、ビッグイベント。
本来なら、ここが分岐点だったはず。
「ノイズ・アンド・ファンク」を見に行く。
初セビアン。
すごかった!
でも何故か
「俺達は違う路線で頑張ろう!」
って事になる。
なぜ始めなかったのか…。謎であるが、当時はひねくれ過ぎな性格だったからなあ…
しかも、演目の中では、ポリバケツパーカッションに一番の興味を示してしまうという
まさかの反応をみせる俺とD氏。
D氏、タップシューズではなく、ドラムスティックを購入。
みたいな感じで、一向にタップに向かわないまま時は流れる。
転換期。
クラブイベントのスタッフをやっている時に出会った某タップダンサー
お二人に初めてタップを習う。代々木公園で。
シャッフルとパドルロールを。
この、ちょっと習って、意外と出来そうな気がした事(おだてられてそんな気がしていただけだが)
が、思いっきり後のダンス人生を左右する。
今思えば、タップ、がんばれば出来るかも!と思わせていただいてありがとうございます。
である。
そうはいっても、メインの活動はストリートダンスであるため、また、当時は
「ダンスが本業」といっても差し支えない生き方だったため、そこまで練習には身が
入らず。
あと、シューズが高くて。挫折する。
そこからは2年くらい、タップは気になるものの、
特に何もしない日々が続く。
で!
もうダメだ!
このままじゃ、一生タップしない!
と、何がダメなのか解らないが、一年発起したのが、約4年前。
某スタジオの門を叩き、ついにタップダンサーへの道を歩み始めるのだった。
長い!長かった、そこまで!
この文章も!ながいよ!
しかし、ここからも長いのだろうな。
そう考えると、まあ、楽しみではないか!
今回はプチ自分史。
練習の帰り道に話した事をまとめてみたくて。
まとまってはいないか。
末永く、おつきあいしたいゼ!
ずっと惹かれていたし、気になっていたのだが…。
初めて見たのは、ストーミーウェザーでのニコラス・ブラザース。
なんの番組だったかしらないが、母親が
「すごいタップをする黒人がテレビに出てるよ。面白いから観てごらん。」
的な事を言われて観たのだと思う。
うそ。
「すごい黒人がでとるけえみてみんさい。あんた好きじゃろこういうの」
だった。多分。
とりあえず、何だか凄すぎて、タップだとは思わなかった。
母も何を思って俺にこの映画のシーンを観せたのか解らないが、
当時マイケル・ジャクソンが大好き(むろん今でも)だったのと、
後でわかった事だが、母がかなりのジャズ好きだったのが理由のようだ。
なにしろ、有名なアーティストが来た時は、学校をサボってライブを見に行った
事もあったとか。アツいぞ!母!
ちなみに
「jazzの何がええん?」と聞いたら、
「ようわからんけど、ええ音楽じゃと思う」といっていた。
親子だな。と思う。
余談ではあるが、父は趣味でバンドをやっていたそうで、本人曰く、デビュー直前の実力派
だったそうだ。確かに、唄は上手いが。。。あと、やたらギターを弾いていたが…
まあ、それはちょっと何とも言えないが、意外と音楽に縁のある両親なのだった。
残念な事に、ストーミーウェザーの衝撃は、その後あっさりとブレイクダンス
の衝撃に打ち消されてしまい、タップを始めよう!という気持ちにはいたらなかった。
2度目の出会い。
深夜にグレゴリーハインズのタップをやっていた。
たまたまつけたら、やっていた。
最初のタップシーンと、「チャレーンジ」のシーンが気に入って、なんども見た。
当時、中学生。体育の時間はほぼウィンドミルに費やしていた頃。
確かに感動したのだが、まだB-BOY至上主義。
タップを、始めるきっかけにはいたらなかった。
ただし、タップダンスというものがある!という事は、
この映画で認識できたのだと思う。
3度目の出会い。
大学ダンス部時代。
独りだけタップをやっている先輩がいた。
いいな~タップ。
と思いつつ、習わなかった。
当時、全力b-boy時代。
日本一のフットワークを目指していたころ。(後にあっさり挫折する)
気になっても、やはりタップは始めなかった。
そして、習っても皆挫折していた気がする。
4度目の出会い。
下北沢のスタジオにハウスダンスのレッスンを見学にいった際
隣のクラスがタップダンスのクラスだった。
「レッスン着レオタードか…」
とショックを受けたものの、なんかカッコいいと感じたのを覚えている。
あれは、誰のクラスだったのか…下北沢、スタジオルウだったとおもうが…。
5度目以降
lalala結成前後。
この辺りから、出会いが込み合ってくる。
なぜなら、クラブシーンへのタップダンサー進出が増え始めたからだ。
と思う。
当時の私はb-boyシーンからUK Jazz dance シーン(とかいうとかっこいい!)
へと活動の拠点を移していたので、UK Jazz dance シーンといえば
某チーム!の某氏がタップダンサーとして活動を始めた事も関係があるだろう。
タップダンスを見かける機会は増えるものの、見れば見るほど出来る気がしない。
しかし、ちょっと真似はしてみるという関係には進展した。
もちろん、観てるだけでは出来ない。
仲間内でも、「タップってなんか気になるよね」的な会話もあったり
無かったりしたのだが、その淡い思いは、フライングしてタップを習いに
いった某氏がレッスンについていけなすぎて、半ギレで「二度と習うか!」
と感想を伝えてくれた事も手伝い静かに気持ちが醒めていく。
(ちなみに現在、彼は練習は再開しているようだ。)
そして、ビッグイベント。
本来なら、ここが分岐点だったはず。
「ノイズ・アンド・ファンク」を見に行く。
初セビアン。
すごかった!
でも何故か
「俺達は違う路線で頑張ろう!」
って事になる。
なぜ始めなかったのか…。謎であるが、当時はひねくれ過ぎな性格だったからなあ…
しかも、演目の中では、ポリバケツパーカッションに一番の興味を示してしまうという
まさかの反応をみせる俺とD氏。
D氏、タップシューズではなく、ドラムスティックを購入。
みたいな感じで、一向にタップに向かわないまま時は流れる。
転換期。
クラブイベントのスタッフをやっている時に出会った某タップダンサー
お二人に初めてタップを習う。代々木公園で。
シャッフルとパドルロールを。
この、ちょっと習って、意外と出来そうな気がした事(おだてられてそんな気がしていただけだが)
が、思いっきり後のダンス人生を左右する。
今思えば、タップ、がんばれば出来るかも!と思わせていただいてありがとうございます。
である。
そうはいっても、メインの活動はストリートダンスであるため、また、当時は
「ダンスが本業」といっても差し支えない生き方だったため、そこまで練習には身が
入らず。
あと、シューズが高くて。挫折する。
そこからは2年くらい、タップは気になるものの、
特に何もしない日々が続く。
で!
もうダメだ!
このままじゃ、一生タップしない!
と、何がダメなのか解らないが、一年発起したのが、約4年前。
某スタジオの門を叩き、ついにタップダンサーへの道を歩み始めるのだった。
長い!長かった、そこまで!
この文章も!ながいよ!
しかし、ここからも長いのだろうな。
そう考えると、まあ、楽しみではないか!
今回はプチ自分史。
練習の帰り道に話した事をまとめてみたくて。
まとまってはいないか。
末永く、おつきあいしたいゼ!