【今日の学び】●親は「硬質のゴム」のつもりで子どもに接する

 子どもは、親の「価値観」をそのまま自分の中にとりこんで育っていきます。教育というのは、必ずしも学校で行うものではありません。

 家庭で親が「これはいいことだよ」「それはいけないことだよ」と子どもに向かい合って教えること、また直接ではなくても親が働く姿を見たり、いっしょにお風呂に入ってくれたりすることを経験しながら、そこからなにかを学び取って育っていくこと。これも大切な教育です。

 子どもは、まず親を自己形成モデルとして、自分が生きていくための「物差し」にします。

 たとえばウチの場合は、雨が降ると他人の傘をさして帰ってきてしまう子がいます(全然珍しくありません)。「こらこら、人の傘を持ってきちゃダメだろ」というと「でも親にはほめられていた」と答える。

 ところが、人のものを持ってきても平気なのに、友だちに傘をとられたりするとカッとなって怒り狂ってしまう。

 明らかに行動が矛盾しているのですが、親の価値観をモデルにしているために、子どもの価値観が断裂し、混乱しているしまっているのです。

 私たちは何度も時間をかけて「いいこと」「悪いこと」の明確な物差しを示し、応答を繰り返しながら混乱した価値観を切り替えていきます。矛盾のない、1本の価値観に統一していく。

 それには常に変わらない姿勢で、応答を繰り返していく必要があります。変わらない姿勢というのは、いわば「硬質のゴム」のような姿勢、と言ってもいいかもしれません。

 つまりこちらが「石」だと硬すぎて相手がぶつかってきたときに、まったく受け付けずに跳ね返してしまう。かといって柔らかすぎるとグニャリとなって応答ができなない。硬質のゴムぐらいの意識でいると、子どもがぶつかってきても怪我はさせずにすむし、しっかり受け止めて、それをきちんと返すこともできる。 

 反抗期、思春期の子どもは、誰でも親に反発し、怒りをぶつけてくる。こうしたときにも、親が「硬質のゴム」ぐらいの意識で「受け止める」「ちゃんと返す」という姿勢を保っていることがとても大事だと思います。