【今日のひとこと】「自分は価値がある存在だ」と思えるように
そのために必要なことがさきほど書いた「環境」と、そして「親子の応答」ということになります。
人との関係性を健全に保つことは、子どもの成長や発達にとって非常に大切な要素ですが、基軸になるのが親子関係です。
柔軟で弾力性のあるしなやかなたくましい心は、親子の応答の中で育っていきます。
お母さんが「ママはこう思うよ」と投げかけて、子どもは「なるほどそうなんだ」と応じる。
ところが、本来ならなにがあっても自分を守ってくれるはずの親から虐待を受けると、子どもは親はもちろんすべての大人に対して非常に深い不信感を抱きます。大人というのは自分の安全を脅かす存在なのだと感じ、それが固定化してしまいます。
私たちは、彼らに安全な場所を用意し、繰り返し、繰り返し、母親が小さい子どもにするような応答をし続けることで、少しずつ柔軟な心を取り戻させてやろうとしています。それによって認知が柔軟になり、被害を受けた傷の後遺症が少しずついやされていっていくようです。
そしてもうひとつ、子どもの発達にとって大切なのが「自尊感情」です。自尊感情というのは、自分で自分を「価値ある存在だ」と感じる感情で、自分自身を尊重できる感情のことです。自己愛=ナルシシズムとはまた違い、自分の存在そのものに、価値を見いだせるということです。
この感情は、他者から大切にされた経験がないとちゃんと育ちません。ここでも、まず大切なのは親子の関係なのです。
子どもは生まれたときからすぐに、親から見つめられたり、声をかけらたりして育ちます。生後すぐの子どもはまだ視力も弱く、視野も狭く、視界はぼーっとしていますがそれでも同じ顔がしょっちゅう近寄ってきて、同じような声が何度も繰り返されていると、「あ、おなかの中で聞いていたあの声だ」とわかるようなのです。胎内で聞いていた懐かしい声、心臓の音を子どもはどこかでおぼえているようです。
生まれてからぼーっとした視野のなかでも、親に抱かれれば「知っている」という感覚を持つのですね。ずっと胎内で聞いていた心音に安心するのでしょう。だからこそ「自分はここでも安心だ」と感じ、守られ、親から保護され、尊重されているという基本的な信頼感を形成していきます。それが根底にあるから、叱られて泣いても、反抗する時期があっても、それが「傷」にはなりません。
それが「普通」なのですが、私たちのわが家に来る子どもはそうではない。生まれてくるなり親からないがしろにされ、殴られたりしてきている。子どもは「自分の価値」をちゃんと自覚できていないのです。尊重され、大事に保護されたことがないから「自分の価値」に気づくことがない。自分に価値があることを知らない。
つまり自分に対する基本的な信頼感がなく、「自尊感情」が育たないのです。
自尊感情がないと、他者を信頼することができません。 これは裏腹の関係なのです。まず親に保護され大事にされることで自分を尊重することを知り、それがあって初めて他者を信じることができます。