7 私は叩かれるためだけの犬だった
「ぼくは犬ぞりの一番後ろの犬。たたかれるためだけに存在する。なんで世界はこんなふうに回るのだろうと恨みながら走る犬だったんです」。
良雄(仮名・以下同)は激しい被虐待体験を新聞記者のインタビューでそう語った。兄を使って良雄を殴らせていた母親は、タバコをくゆらせながら兄に言った。「クジラの潮吹きにしなさんなよ」。激しく棒で殴りすぎて、クジラが潮を吹くように鮮血が飛んで部屋を汚すな、そういう意味だと良雄は苦渋と怒りに満ちた表情で説明した。
良雄に限らない。背中一面にヤケドの跡がある子。ゴルフクラブで殴られ、意識を失った子。一日1食、ラーメンにキャベツが1枚浮かんでいればごちそうであったと語る子。電気も水道もガスも止まり、人気のない深夜、兄弟で団地の公園に向かい、公園の水道で水を汲み、1週間その水で生き延びた子ども。そうした子どもたちが次々とホームにやってくる。
家庭だけでなく、さまざまな児童福祉施設からも子どもたちはやってくる。耕治は養護施設で暮らしていた。耕治は、毎週のように泊まりに来ていた。施設に帰る時間が迫ると、窓際に立って、「おじいさんになるまで、ここにいたいナァー」「死ぬならここで死にたいな」と、独り言のようにつぶやく。「また来週ね」「絶対だよ、約束してね」。別れ際の表情に、わたしは引き取りを決意した。耕治の表情に、何かただならぬものを感じたからだ。その後も、「不適応」という名のもと子どもが次々とやってきた。いずれも施設内で身体的・性的虐待を受けていた事実がのちに判明した。
このように本来守ってくれるべき親からの虐待、度重なる養育者の変更、家庭を失い、家族や友だちとの絆を断たれ、保護された施設でさらに虐待を経験するなど、子どもの内面に抱える傷つき と悲しみは深い。


