書評 

土井 高徳 著 青少年の治療・教育的援助と自立支援 

              

龍谷大学 金子龍太郎

 

 本書は稀有な学術書であり、土井氏の人生そのものだといえよう。土井氏のライフワークを博士論文としてまとめて、学術書として出版されたのが本書なのである。30年以上もの間、里親型グループホーム(ファミリーホーム)として数多くの青少年を守り育成し、最近では被虐待に加えて、深刻な発達障害を有し、非行・犯罪を繰り返した養育困難な青年たちを治療的専門里親として受け入れてきた。こうした実践を行うためには、社会福祉学のみならず、児童精神医学や臨床心理学、そして法学や行政学などの多岐にわたる領域への深い造詣が不可欠である。土井氏は持続する情熱と深い愛情を抱きつつ、社会福祉の理論と実践の両輪を併せ持つ類まれな研究者といえよう。

 さて、今回私が書評を担当する理由は、以下の私の経歴の中に土井氏と共通する点がいくつかあるからだろう。①乳幼児の発達心理学を学んだ。②乳児院・児童養護施設の職員だった。③施設での研究により博士の学位を取得した。④養育里親制度に基づく新たな家庭養育の場の研究を行っている。

こうした経歴を持つ評者は、我が国の児童福祉の現状を深く憂慮している。児童福祉法が制定されてから60年以上経過したが、その間施設基準の改善や施設職員の尽力はあるものの、日本の児童福祉は基本的には何ら進展していないという認識である。子どもを守る姿勢がこの国では根本的に欠如していると主張する研究者も存在する。私も同感である。実際、2010年6月に公開された国連の子どもの権利委員会の第3回総括所見においても、家庭や学校、および児童福祉施設で子どもへの暴力や体罰が明確に否定されていないという法律上の問題や体罰を容認する日本社会に対して、大きな懸念を表明している。その上で、虐待やネグレクトなどによって、実親の養育を受けていない子どもを対象とする、家族を基盤とした代替的養育、つまり里親に関する実効性のある政策が存在せず、小集団の家庭型養育の場が質量共に不十分であると勧告しているのである。

公的支援の乏しい我が国にありながら、土井氏は家族の全面的な協力に支えられて、土井ホームでの困難な養育に果敢に挑戦してきた。重複的な問題を抱えた複数の青年との生活がいかに厳しいものかを示すために、本書で紹介されているF男(委託時年齢17歳で、土井ホームで3年2か月生活している)の成育歴を下記に記す。

 

母親は中学卒業後、頻回に転職し、2年ごとに結婚と離婚を3回くり返している。22歳当時、C男とF男の兄弟の父親と再々婚したが、母親が29歳のとき父親が失踪し、母親のギャンブルによる自己破産、生活保護廃止を契機に困窮化の一途をたどり、「スーパーの賞味期限切れ直前の弁当を万引きしていたが、店員が目をつぶってたらしい」(中学担任)、「三男がコンビニのゴミ箱から食べ物をあさっていたと連絡を受けたことがある」(中学校長)という生活であった。F男の兄のC男は、「電気、水道、ガス、電話が止められ、近所の公園で水を汲んで自室まで運び、飢えをしのいでいた」と当時の状況を語っている。実際、この頃、「子どもたちだけでロウソクの生活をしている」などの近所からの通報が関係機関に相ついだ。

後に家裁に係属したF男は、「帰宅時間が遅くなったことで母親に叱られ、棒で頭を打たれてぱっくりと割れたことがあった。出血がひどくタオルで押さえて止血し、病院には行かなかった」と当時のことを調査官に述べている。しかし、母親は「げんこつで殴ったところ頭が割れた」としか認めなかった。

この後、家賃滞納で市営住宅を強制退去させられ、行き場を失った家族は、母親のパチンコ店の寮、長男・C男は児童自立支援施設、次男・F男は窃盗により少年院、三男と四男は児童養護施設での生活を始めることとなった。

(中略)

13歳の折、同級生宅への住居侵入、窃盗未遂で児童相談所に一時保護されたのを皮切りに、以後4回、計300万円を窃取した。このため家裁に送致され、観護措置がとられた。家裁調査官に対して、F男は「実母から金をもってこいと言われ、盗みで得た金の一部(2030万円)を渡したことがある」と述べているが、母親は「そうした事実はない」と否定、真相は不明であると記録されている。

 

16歳で少年院に入り、退院後は母親のもとに帰ったが、母との生活がままならず、17歳で土井ホームに入所した。その後も、母親に対しては「自宅に戻れば保険金をかけられて殺されるのではないか」という被害妄想をいだき、母親との通信や面会を拒絶している。

このような劣悪な成育環境において、F男のアスペルガー障害は家族にも周囲の人たちにも理解されることはなく、発達障害と被虐待の後遺症が相まって、コミュニケーション能力の問題をはじめとして、多くの障害を抱えてしまい、その上に窃盗を犯したのだった。

土井ホームには、このような青年が5、6名も生活しているのである。いかに困難な取り組みなのかを理解いただけただろう。彼らが年長になるまでに、何度もの救済機会があったはずであるが・・・。

次に、彼らの養育にあたって、土井ホームでは次のような治療・教育実践課題を設定している。

  安全でかつ強固な限界設定をもった構造化された生活環境の保障

  視覚的構造化とそれに基づく指導-主に発達障害児に対して

  社会の中で生きていくために必要不可欠な生活スキルの学習とモデリング

  集団内での相互作用や自治活動による社会的スキルの獲得

  自分の体験とそれに伴う感情の言語化と修復的司法の取組み

  自己形成モデルの取り組みを通じた社会的スキルの学習

  社会的自立を支援するための就労と家族生活への支援

以上の実践を行うためには、広範で深い学際的知識や治療技能を必要とし、多くの関係者の支援を得ながら、何年も忍耐強く青年たちと生活を共にしなければならないのである。土井ホームでは特に、「安全で安心感のある生活環境」を保障し、土井夫婦が「青年の自立を支援するための大人のモデル」として生活を共にして、決して青年たちを見捨てない。

さて、20歳になったF男は、様々な問題行動を克服して、残された課題は社会的自立だけとなっている。将来の家庭構築や就職のために求められるのが、異性との恋愛や結婚生活、そして会社の同僚たちとの対人関係能力を高めていくことなのである。F男を含めて、本書で取り上げられた青年は17名に及ぶ。そのうち10名は処遇効果良好、2名は処遇効果普通、そして5名は処遇効果不良と判断されている。

この結果から導き出されることとして、まず10名に処遇効果があったという結果は特筆すべきである。様々な問題を抱えた青少年を養育・治療している専門家諸氏の意見も同様であろう。そして、処遇効果が不良なケースを分析した結果、被虐待と発達障害の二次障害が重複している青年たちが最も処遇困難であり、非行・犯罪で補導されたケースが成績不良だった。そして、20歳に近い年長少年で非行が顕著な場合では処遇効果があがらず、土井ホームでの対応は非常に困難だったと土井氏は考察している。

今回、「社会福祉学」に書評を書くにあたって、私が社会福祉学会員に伝えたいのは、本書は過去数十年間、例がほとんどない貴重な実践の学術書であり、今後も後に続く著作はまず出てこないという見解である。児童福祉学専攻の学会員のみならず、我が国の福祉の現状を憂いておられる方々に是非お勧めしたい。その際、本書の実践を知識として吸収するのみならず、読者が土井氏の志を共有して、それぞれの立場から、不幸な星の下に産まれざるを得ず、救済の手が差し伸べられない人々を救う行動に取り組んでいただきたい。様々な形態の社会的発信もその一方策である。土井氏は、学術論文、著書、新聞の連載記事、そしてインターネットでの発信を続け、氏の取り組みは何度もテレビで紹介されている。

また、社会福祉学会という学術組織が、土井氏の著書が提起した諸問題、つまり国連の子どもの権利委員会から10数年勧告され続けている諸問題を解決すべく、学会員の英知を集めて行動していただきたいと願う。