トンネルを抜けると そこは雪国だった
うちのこの家の玄関のドアを開けると、
そこには雪国のような冷え切った空間が待っているのだろうか
いやそんなことはない
きっと、
「ごめんねオレが悪かったよ ごめんね」って
笑って、ただでさえ細かった目がもうどこにあるか分からなくなるくらいの
とびきりの笑顔で夫が出迎えてくれるはず!きっとそうだ!!
慌ててドアを開けたその先は
目を覆うような惨劇であった・・
およそ半畳の玄関土間からその先には
犬のウンチがところどころに散乱していたのだった
彼女は絶句したまま抱いた犬を下ろすこともかなわず
まずは右足をうまく使って左足のヒールを脱ぎ
逆の要領で今度は右足のヒールを脱いだ
靴を揃えることもそこそこに
そのかりんとう型をした地雷をつま先立ちでうまく避けながら
30秒かけてリビングまでようやくたどり着いた
リビングと廊下の間のドアを閉めたところでようやく犬を下ろすことができた
騒ぎまとわりつく犬をとりあえずケージに追いやり閉じ込めた
ほっとひと息ついたところで新たな不安を思い出した
はたして、、夫はどこに居るのだろう・・
ティッシュを数枚引っ張り出し、小さなビニール袋とその大きな不安を抱えたまま
廊下の地雷処理に向かった
兵隊長の怒号にも近い命令指示が飛ぶ
『今回貴様らが行う作業はぁ!ここに住む民たちのいわば命がかかっておると言っても過言ではなぁーい!』
『貴様らが地雷の処理にもし、失敗した場合はぁーー・・・分かっておるなぁーー!!』
『健闘を祈るっ!』
一同皆、敬礼で応え各地へ散っていった・・
彼女は自分の持ち場である戦地(廊下)へ向かった
ここで補足をすると
彼女は多数存在する地雷処理チームの中でも
特段、選り抜きのスペシャリストたちで編成されたUMM(うんこ・まったく・もんだいなし)という
国家機密クラスのチームに属し早や(結婚)3年、
更にその中でも抜群の処理能力を持ったメンバーとして実績も残しており、
他のメンバーや上部からの信頼も厚かった
『いつも冷静にティッシュと小さなビニール袋だけでたんたんと作業を行い成功させる秘訣は?』
と問われると、彼女はきまっていつもこう答えるのだった
「一生懸命 頑張るだけです」
力士かお前は!(しかも古い)
もとい、こう答えている
「確かに作業を成功させるのにそれなりのツールは必要です」
「でも決してそれだけではないんです!」
「冷静な作業を行う為には、、心に不安を持ったまま戦地には行かないこと」
「地雷を処理するには、微妙な手先の技術が必要です」
「心に不安を抱えたまま行う作業、それがどんなに危険だか、皆さんにも少しは理解できるのではないでしょうか」
戦地の状況は考えていた以上にひどかった
通称「かりんとう」と呼ばれるその地雷型の爆弾は
栄養バランスが満点の時にお犬様工場で製造される「KB-01型」と、
少しカラダの調子が悪いときに製造される「KH-01型」の2種類が存在し、
KBとはかりんとう・ブロックタイプ、KHはかりんとう・半生タイプと、
それぞれの略称から型番名が名づけられている
KB-01型の方はその名の通りブロックタイプで大体5~10センチほどの大きさで
ドライに割り切れるというか噛みきれる感じで
キバのある肉食系の女子には軒並み好評を博している
KH-01型の方は少し違い、一見外観からは極めて判断し辛いのだが中身は半生タイプ
少し柔らかい感じが歯に衣を着せてばかりの草食系男子からはこちらが人気がある
ただ、お犬様のお腹の調子やその他があまりよくない時、
という体調不良の際にのみお犬様工場で限定生産されている状況下なことも手伝って
通例、戦地にはシェア的にはおそらく数パーセント程度しか存在していない
いわば、レアでかつプレミアムで、そして困ったことに粘着度も匂いもKB-01型のおそらく何十倍もの威力!!
処理もヘタをすると床上に薄く残ってしまい、
そこを犬や夫が通ってしまう度に他の部屋にもウイルス(匂い)の被害が広がっていってしまうという
恐ろしい兵器なのである
彼女が戦地で行ったことは、まずはいつも通り現地状況の調査とそこからの処理方法の判断であった
イチニィ サン・・
大小合わせ、その数およそ8コ
以前、とある外国の『ベランダ』という戦地に赴いた別働隊スペシャリストチームたちが
わずか4コのKH-01型かりんとうに手も足も出ずに壊滅状態に追い込まれたことがあるという
その時に国家上層部から一部の組織内の間で情報が行き来し、
KH-01型の脅威が知らしめられた事件『ベランダの惨劇』として騒然となったのは彼女の記憶にもまだ新しい
そのいたたましい惨劇の情報の記憶が、
夫が見当たらない不安をさらに加速させ彼女を追い詰めていく・・
彼女は意を決して『さっと取る法』で地雷処理を行うことを決定した
それは、今存在する数々の処理員の中でも、おそらく彼女にしか行えない方法で
少しのティッシュでかりんとうの右サイドからすくい上げるようにして回収する方法
ゼロ-100方式とも呼ばれ、
さっと取ることによって見た目もさることながら外面をソフトに包み決して傷つけず
中身の半生には一切触れることもないので床面はおろかティッシュ内にも全くブツが広がらない
まさに100パーセント片思い的な画期的な処理システムといえる
しかし、ティッシュの進入角度や親指・人差し指・中指の力のバランスを間違えてしまった時などは
見るも無残な状況で地雷は爆発してしまう
そうなってしまうと、そこには何も残らない・・・ゼロだ!!
この方式はあまりにリスクが高すぎて
彼女の他に誰も行えない、、、ぃゃ、、、行わない方式なのだ!
一つ目の処理はまさに電光石化の出来事であった!
さっと取って、袋に入れた
単純な作業を完璧な進入角度と3つの指への力の配分で何も考えずに迅速に行った
二つ目の処理に対しても、
何も考えずにすぐに行うのが理想であった
しかし、抱える二つの不安が彼女の指先を微妙に狂わせた
わずかほんの少し、そう1ミリとかその程度の角度のズレではなかったか
通常の地雷処理ならばこれでも99パーセントは大丈夫であろう
しかし相手はあのKH-01型、しかも生まれたてのほやほやだ!
彼女も歴戦の勇者
なんとか床面からはすくい上げ、放り込むように袋へそのティッシュごと投げ込んだ!
(よし!イケたか!?・・・)
床面は完璧に被害なし!
袋にも完璧にねじ込んだ!! はずだった・・・
12センチはあるオオモノだった
わずか2センチにも及ばない右端の部分に元々亀裂が入っていたのだ
その部分が袋に入る寸前!
空中下で引きちぎれ、小さな放物線をえがき廊下の中央付近にあるトイレのドアの前辺りにポトリと落ちた
彼女は動かなかった・・ぃゃ・・動けなかった・・・
動いたらやられる!!
本能的に察知するあたりはやはり実戦経験が豊富なことによる恩恵であろう
事後処理の方法を判断する時間が必要だった
しかし、夫と喧嘩をしたことが彼女の精神の核となる部分を見えないところで少しづつ蝕んでいた
ぁ・・・立ちくらみ・・・
まずい!
今倒れたら、下には大量のKH-01型が待っている!!
体勢を立て直せないまま、床面がせまってくる!!
彼女は覚悟を決めた!!
その時!思ってもいなかった方向から、夫の優しい声が聞こえた!
「ボクはここにいるよ 諦めないで!あなたのお肌・・・」
倒れ行く中で聞いた懐かしく優しい声は彼女を奮い立たせた
つづく