ぐぅぅ
夫との再会を無事果たした彼女は安心したのかお腹をぐぅと一度鳴らすと恥ずかしそうに下を向いた
『お腹減ってんだろ』
彼女はうつむき加減のまま更にこくりと頷くような仕草でそれを認めた
夫に会えた嬉しさよりも今は恥ずかしさが先に立ってしまい
逃げ去るように居間へ向かった
幸いテーブルの上には昨日近くの量販店で購入したソイジョイ自然薯味と、ハッピーターンしそおろしにんにく が未開封のまま置いてあったので、
彼女は無造作にそれらを開封し
自分は空腹だけど大丈夫!
ということをまずアピールしようとした
ところが夫が次にとった行動は意外なもので、
ソイジョイとハッピーターンを彼女から取り上げこう告げた
そんなものは必要ないさ
君と仲直りしたくて
君に食べさせたくて
地球上から核兵器を無くしたくて
この料理を君に捧げるよ
実は昨晩遅くからずっとコトコト煮込んでいた料理がたった今完成したところだよ
「・・・あなた昨日の夜はあたしとずっとうたた寝してたでしょ(-。-;)」
『ふふふ、まぁそれくらいの意気込みでぐつぐつ煮込んだっていうことよ』
『寒い廊下での任務、カラダも冷え切っているだろうに』
『ささ、くだらん能書きはいいから召し上がれ』
『昨晩から冷え切っていた ボクラの関係もあったまると思うんだ』
嬉しかった
ただ ただその気持ちが嬉しかった
夫はめったに料理の腕などふるわない
また、決して女性にも手をあげない
曲がったことは認めない
融通が効かない
自分の趣味に没頭しているときは 彼女のコトバに耳を傾けない
この年になっても筋トレをやめない
シイタケを食べられるくせに彼女がつっこまないと自分からは食べない
嬉しいがひとつに
称賛がふたつ
個人的な不満がよっつ
プラス域がみっつに マイナス域がよっつと
マイナスが少しリード?
かと思われたが、嬉しい気持ちが強すぎて
結局は大幅なプラス域に落ち着いた
とにもかくにも彼女はその気持ちが嬉しかった
くぅぅ
気がつくとやはりお腹がペコペコだったので
夫に見つめられたまま、1人食事をとるのは
なんとなく気恥ずかしかったが、
運ばれてきた料理の食器に目をやった
フタつきの少し深さのあるグラタン皿だった
ヵ、
(カレーだ!!!)
声に出しそうになったのを彼女は慌てて自制し、心の中でそう叫んだ!!!
彼女はカレーに対して大きな思い入れがあり、ある種特別な感情さえも抱いていた
思い入れ
それは夫と初めて出会った日のエピソードのことだった
初めて会ったのは彼女が生まれ育った街だった
「私が案内するわっ」
得意げに彼女はそういって夫の先に立ち街を案内してくれた
『少し、、買い物がしたいな』
そういう夫の要望に応えるかのように
彼女はこの街で一番の繁華街に夫を案内した
「結構都会ですよね~ この街は」
そう言いながら
この時、実は夫はとてつもない不安に襲われていることを彼女は知るよしもなかった
この街は日本でいう
大都会>都会>それなりに>いろいろあるよ>コンビニあるよ>自給自足
この図式のいわゆる『都会』に少なからず当てはまる
しかし夫の住む街並みは、
いろいろあるよ>コンビニあるよ
のどちらの部分にも当てはまる
彼女の住む街並み、
行きゆく人たちの約8割程度の人間が赤いキャップをかぶっていること
トゥクトゥクが道路を走っていないこと
クルマのナンバーの約8割程度が山口ナンバーではないこと
これらの情景は、夫にとって新鮮さを通り越してもはや異端であった
(なんかえらいブランドシティっぽい場所に連れてこられたな・・・)
手持ちの財布に現金は200万ウォンほど入ってはいるものの
何かオレにねだって買ってもらおうとでも考えているのだろうか?
結構そういうタイプなんかな この娘は
そんな夫の心配もおかまいなしに
彼女は繁華街のショッピング通りをどんどん突き進んでいく
やがてだんだんと人通りも少なくなり
二人の目前にはなんとなく緑が広がってきた
どうやら完全に繁華街は抜けたように思える
夫は恐る恐る彼女に聞いてみた
『あのー・・・まだ歩くんですか?』
彼女はすぐにこう答えた
「この先に公園があるんです!そこは桜も咲いてて気持ちいいか・・・」
「ん なんかいい匂いしますね」
そう言って彼女が後ろを振り返った先には一軒のカレー屋さんがあり
独特の芳醇な香りが辺り一帯に広がっていた
「わぁ美味しそうな匂いしますね カレー大好きなんですよ」
『えっ!?そうなんですか?実はボクもカレー大好きなんですよ』
後にも先にも
プロポーズに近いコトバはこれだけだったと彼女は記憶している
そのカレーを
彼女だけではなく
おそらく夫にとっても大きな思い入れのあるカレーを
夫は今、私に作ってくれて食べさせようとしてくれているんだわ
その気持ちが嬉しかった
彼女の二重の瞳が二度三度とまばたきをし、
その度に涙の粒が食器のフタの上にこぼれ落ち『ジュウジュウ』と音をたてた
『ほら!早く食べないと冷めてしまうよ』
そうね
「私たちの愛が冷めないうちにいただくわね」
彼女はその涙が蒸発しかかり、泡状にまだ踊っている食器のフタをすっと持ち上げた
中には美味しそうなボルシチがアツアツの様相で煮立っていた
つづく