経済の実体とは生産です。
お金は経済の実体ではありません。
お金は、モノを売り買いする上で、便利な媒介物に過ぎません。
その証拠に、何もモノが無い社会に、お金だけあっても、そのお金は、全然役に立ちません。1万円札は、ただの紙切れ同然でしょう。

社会に、生産されたものが、たくさんあるから、これらを売買する上で、お金が必要になるのです。
したがって、経済の実体は、生産です。
以上は、ものすごく簡単で、当たり前のことですが、次の段階に入ると、もう多くの人々には、わからなくなるようです。

世の中全体の、生産量は、常に一定であるわけではありません。
戦後日本は、著しい経済成長を、成し遂げました。
年々、生産量(GDP)は、拡大し、60倍以上にもなりました。ものすごい増え方です。
そして、生産量が増えた以上、お金の量もそれに合わせて、増やさなければなりません。
そうしなければ、取引、売買ができなくなって、経済は成長できません。
そこで、やはり、現実においても、世の中全体のお金の量は、132倍に増えました。GDP以上に増えています。

それでは、何の問題もないではないかと、思うでしょうが、大いに違うのです。
お金の量を増やしたのは、中央銀行である、日本銀行です。
ここで重要な事は、日本銀行は、お金を増やすことができない仕組みになっていると言うことです。

そんなはずはないだろう。日銀がお金を刷って、世の中に送り込んだから、現実にお金の量は増えたのではないか。
何をおかしなことを言うのかと、反論するでしょう。
しかし、どうしても、日銀はお金を増やすことができないのです。
その証拠を、ここに示しましょう。

[日本銀行法第32条]に、「日本銀行は銀行券発行高に対し同額の保証を保有することを要す」とあります。
保証とは、手形や債券などの金融資産のことです。

この条文がある以上、日銀はどうしても、お金を増やすことができないのです。
なぜなら、日銀は、手形や債券を買い取ったときには、世の中にお金を送り込むことができるが、手形や債券は、いずれ返済されるからです。
返済されれば、せっかく世の中に送り込んだお金は、また、日銀に戻ってきます。

という事は、日銀は、世の中にお金を送り込んでは、それが返済され、送り込んでは返済されると言うことが、繰り返されるばかりで、世の中のお金は、増えようがないからです。

以上が、日銀には、世の中のお金を増やすことができないと言う証拠です。
なぜ、日銀は、このような法律によって、縛られているのかと言うと、インフレを防止するためです。

しかし、それでは、なぜ日銀は、現実においてお金を大量に増やすことができたのかと言うと、ここに政府と言う協力者がいたからです。
政府は、巨額の債券、すなわち国債を毎年発行し、それを日銀は、間接的に買い取ることによって、大量のお金を増やすことができたのです。

しかも政府は、発行した国債を、ほとんど返済していません。返済しないから、いいのです。
返済したら、せっかく出したお金が、日銀に戻ってしまって何にもなりません。

昔、強力なインフレ防止機能を、日銀に持たせてしまったため、これが災いして、経済が成長し、お金の量が増えなければならない現代において、国債残高と言う、偽りの借金証文が、巨額になってしまったのです。

経済が発展するのなら、政府が直接お金を刷って、使えばよかったのです。
そうすれば、国債残高など生まれなかったのです。

結論として、お金の出し方を間違えたために、巨大な国の借金が生まれただけなのです。

最初にいいましたが、経済の実体は生産です。お金は、生産物を取引する上での、媒介物に過ぎません。
国債は、一国の生産が急激に大きくなったために、生まれた見かけ上の借金に過ぎないのです。

現在、日本が持つ生産力に、お金のほうを合わせればいいのです。
すなわち、日本国に借金などありません。
世の中に存在する、巨額の国債は、もはや返済する必要のない、立派な金融資産として、流通しているのです。

前回のブログで述べたように、国債は企業が発行する株と同じものになった、と考えればいいのです。

以上は、経済の実体は生産であり、お金はその生産物に合わせて、作り出された、単なる媒介物であるということに気づけば、容易に理解できることです。

 参考図書: 「日本国債は国の借金ではなく通貨発行益であることを証明する」岩崎真治