存在しない自分(自覚なき存在)
2011年 札幌雪まつり ほえる!



余命の見立て


実のところ、

30年以上医者をしてきて、

しかもたぶん

平均的な医者よりもたくさんの患者さんを

看取ってきた私にも、


どれくらいの予後かというのは

なかなかわかりませんし、

予測しても当たりません。


・・・・・


正直いって、

患者さんにどんなに

重い病気があっても、


食事をちゃんと取って

歩けているうちの


予後診断は

なかなかあてにならないものです。




「自宅で死にたい」

老人往診3万回の医師が見つめる命


川人 明著

祥伝社新書



余命を

告知することは基本的には

反対です。



例外は本人が

申し出た場合のときで


そのときは、

十分な配慮をもって慎重に


かつ、

断定的な表現にならないように

行われるべきだ!

という意味です。





病名を

告知することは、


余命を告げることとは

同列には

考えられません。



余命というものは、

川人医師が述べているように

ベテランの医者でも

予測不能であり、


人間が

判断するべき範疇のものではなく、


宇宙の法則、または神でもいいのですが、

そういうものに委ねるものではないか、

と思えてきます。



病名は

診断学をもとに

決められる学問の範疇にあって、


人によってレベルの差はあるにせよ、

信憑性は、

ある程度得られる。


だから告知ということは

ありえる。







余命を

ある程度正しく予測できる人が

仮に

いるとすれば


直観力、

いや

それ以上の何かを持っている人、

そんな人に

限られるのではないか。



一般の医師のみならず

人間に

余命の告知なぞ、

すべきではない!



そう

感じています。