存在しない自分(自覚なき存在)
札幌、大通りのホワイトイルミネーション




今回の腎結石・尿路結石による疝痛発作の

経緯を振りかえってみると、


12月14日・・・・起床時、疝痛発作始まる。

          日中は鎮痛剤なしで、何とか乗り切る。

          しかし、睡眠が妨げられると判断し、就寝前に座薬(ボルタレン)を入れる。


12月15日・・・・右腰の重さ、膀胱の違和感が間歇的に起こるが、

          問題なし。


12月16日・・・・苦痛無しに過ごす。


12月17日・・・・起床時、再び14日以上の苦しい痛みに襲われる。

          今回も痛みが同じエリアに出たため、これはおかしいと疑問がわく。

          何をしても痛みが軽減せず、通勤もできないので座薬(ボルタレン)を入れる(2回目)。

          座薬を入れて40分後、オフィスにたどり着けたことに安堵。

          施術時間には支障ないレベルに痛みが軽減。


          しかし、今回は、間歇的に襲ってくる痛みのレベルが

          強くて日中、時々顔をしかめる。

          

          

          座薬のストックが残り1個のため、年末年始を乗り切れるかどうか不安。

          PCで泌尿器科を検索して、話を聞いてくれそうな医師を探し、

          施術終了後にそのクリニックを訪れて、鎮痛剤の処方をしてもらう。

          


12月18日・・・・腰の重さ、膀胱の違和感あり。

12月19日・・・・朝のトイレで排石、2個確認。

          2個も石が輩出されたにもかかわらず、

          腰の重さ膀胱の違和感が消えなかったことから

         再び疑問が浮上。

          帰宅後、さらに1個の排石確認で疑問に対する予想が確信に変わる。

          その後も尿意、便意が平時より多い。





存在しない自分(自覚なき存在)



そこで、

痛みのエリアから想像できることを

考えてみる。




自分の経験上、

痛みが膀胱に限局してきたら、

この痛みとの戦いも終盤戦に来ていると

考えてよいと想っている。




最初の膀胱と腰の疝痛発作の後の

2回目にも膀胱と腰に疝痛発作を認めた。

しかも初回よりもかなり強い。


このとき、尿管内に

石が複数存在することを意味していると

直感した。



これまでは、このようなケースの

経験はなかったように記憶している。




しかし、

石が尿管を逆流することは、まずないだろうし、

5年前の発作時の

エックス線検査で


確か右の腎臓には4個の影、

左腎には1個の影を認めていたから

その直感は確信に限りなく近かった。





2個の石の排出後も

便意、尿意が正常に戻らなかったことからも

そのことを裏付けていると考えた。



さらに、2回目の発作のほうが

痛みが強かったことから推察して

石の大きさも

最初に排出されたものより

大きいはずだ。






期待と不安が入り混じった

複雑な心境。


5年前の検査の記憶が正しければ、

さらに腎臓から

2個排出される可能性があるからだ。



身体から不必要なものが

排泄されること自体は、歓迎されるべきいよいことだが、

体力が持つかどうかがちょっと

気がかりだ。




今回、初めて試したことが、

複数の石の排出を促す一番の大きな要因であると

考えてはいるものの、


幾度も、

この手法が適切なのかかどうか!?

迷いは生じ、


ここら辺で一旦、

治療を中止すべきかも知れない、

その判断に迫られた。





結局は、

自分の身体を使った臨床実験でもあったし、

体力的にも過去のいずれより、

余裕を感じていたので、


そのまま治療を継続する決意をして、

結果的に1日に3個の石の排出となった。



予想通り、3個目の石が

一番大きかった。




最初に排出された結石。

2番目の結石は、石というより、硬いゴム様。

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3個目の結石、

これは球に近く一番大きい。

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