私の亡父が
東北山形出身なので・・・
私は 東北に縁がある
9年前の 今日
東北に暮らす あたたかい人たちへ
その携帯電話に
夢中で電源の切れるまで
回線をつなごうとしたことを
その愚かさを 思い出す
安否確認 状況確認
できることは なにもないのに
知りたがる 知って なにができるのか
北国の人たちは みな 寡黙で遠慮深い
自分よりも 大変な目に遭った人を
自分よりも 若い幼い人たちへ 譲り
自分よりも 老いた人たちを敬い 守る
ずっと 前から そうだったから・・・
つながらない携帯
その後・・・すぐに
パニックになる大都会
帰宅難民となった 姪っ子たち
遠く離れた 私の実家の暮らし・・・・
発送できない荷物 どうにもできない現実に
ため息だらけだった 9年前
あれから・・・・
不謹慎と思われるかな・・・・
私がしたこと
しっぽの家族たちに マイクロチップを挿入した
その後
熊本の震災を経験し
しっぽの家族たちを
クレートで待機させることを習慣づけた
首輪に迷子札それを 家の中でも
常時 24時間装着し続けることにした
人と犬の命の重さの話ではなく
家族を守るために・・・・
家族だから しなくてはならないことを
大きな悲しみや 恐怖の中で 体得していく
人は わが身に降りかからなければ
行動に移せないものだと思う
わが身より 誰かを想い
涙の枯れるまで泣き
この9年を過ごした方々に・・・・
私が 遠く離れた場所でできること・・・・
他人事でも構わない
その代わり。。。。
なにかを どんな小さなことでも
しっかりと 備えていくということ
忘れないということ
今年の震災の深い悲しみの日を
どんな思いで 過ごしているのでしょうか・・・
東北の その時の声を あの時の気持ちを
あの夜の空を 伝えてくださった
伊集院静氏の ご回復と 復帰を祈って・・・
そして 今日・・・ 虹が大きくかかった空に
そのニュースに
大好きな 大好きな ばばちゃんが
今年からは その空にいることを想い・・・
改めて 悲しくなった・・・
ばばちゃん また 会いにいぐから
楽しみに 待っててけろなっ