料亭の駐車場は薄暗く、僅かに照らす敷地内の照明と、店の入り口から漏れる明かりとで逆光となり、人の姿が影のようなシルエットとなる。
ハイエースから降車した2つのシルエット。
それでも、そのシルエットから性別の判別は困難でない。
明らかに、〝女〟だ。
見たところ、駐車場には十分な駐車スペースが空いている。店は県道に面しているので、敷地外からの監視も容易にできるが、これからの動きを踏まえると、とりあえず、店から出て、ハイエースに乗り込む場面の画像が欲しいところだ。
報告書には、こういった些細な時系列の流れが、〝行動確認〟にとっては重要となる。
よし…。
駐車場内に入り、光源を背後に取った。光源を背後に取る事で逆光を防げる。
(写真はイメージです。実際のお店ではありません)
エンジンを切り、いつ出てくるのかわからない2人の出待ち。
1時間くらいして、店の前の県道沿いに怪しげな車両が現れた。
店の前を通り過ぎると、Uターンして再び店の前を通り過ぎる。
何て事はない。
スタッフのF君が、私の車のGPSの位置を探していたのだ。
彼の携帯に電話した。「もしもし。奥だよ、奥。」
するとF君の車が通りの反対側の路地に入り、店の正面が見える位置に停車してライトを切った。
「ああ。そこなんですね。」F君は言う。「僕は、どうしたら良いですかね?」
「車、一台の方が良いからさ。この県道の先にコンビニの広い駐車場があるので、そこに一時駐車してこっち来てくれる?」
「了解です!」
車が二台あるのは、尾行で有利と言えば有利なのだけど、撮影や相手の動きによっては邪魔になる事がある。
F君が車をコンビに置いて、私の車に乗り込んだ。
「女と一緒ですか?」
「うん。間違いないね。」私は言った。「こんな料亭みたいな店に来るなんてね。問題はこの後だね。」
2人が店に入って2時間が経ったが、未だ出てこない。
「どこから出るんですかね?」F君は言って、「正面から出ればあっちだけど…これ。ほら、この駐車場の脇に暖簾みたいのがあるでしょう。ここからも出れるんじゃないですか?」
と、暖簾がかかってる通用口のような入口を指差した。
「確かに…。」
その時、その暖簾の出入口から人影が現れた。
「でた!」
と思ったが、それは別のカップルだった。
「あれ…。やっぱり、ここから出てきたね。」
「入った時は、どこから入ったんです?」
「入ったのは」私は指差して言った。「車を降りて、あっちの県道沿い側の正面入口だよ。」
「どうなんだろう?」F君は言った。「ふつうに考えれば、入ったところから出ると思うけど…。さっきのカップルは、ここから出ましたもんね。」
料亭なんて、行った事がないから、中の作りや出入りの仕組み?なんざ、全く見当もつかない。
ファミレスならわかるけど…
「こうしよう。」私は言った。「こっちは正面に集中するよ。F君は暖簾の出入口を見ててくれる?」
「ですね。そうしましょう。」
そんなこんなで、私たちは各々の持ち場を決めて対応する事にした。
2時間半が経とうという時、暖簾の出入口付近が俄かに賑わいだ。
男女2人とともに、従業員らしき男性2人が頭を下げて出てきたのだ。
「こっちです、こっち!」
F君に言われて、私もカメラの向きを変えた。
薄暗いため、私たちの車内は見えないはず。エンジンも切ってるし、気がつかない。
けど。ふと思った。従業員からしたら、私たちの車をどう思うのだろう。
もし店内に客がいなければ、従業員の車以外は不法駐車という事になる。
そんな不安をよそに、お父さんと女性はゆっくりとハイエースに近寄った。
その間も従業員が見送っている。
チラリと、私の車を見たような気もする…。
けど、今は撮影。
困った事に、女性が後ろ姿で後部スライドドアから乗り込んでしまった。
顔が撮れない…。
その時、お父さんが助手席から何かを取り出して、後部スライドドアを開けた。すると、車内に乗った女性が、お父さんから何かを受け取るために顔を覗かせたのだ。
今だ。
お父さんは後ろ姿となっているが、こちら側を向いている女性の姿を顔を撮影できた。
そのままスライドドアが閉められると、お父さんは運転席側に回り、ハイエースに乗車した。
チラリと後ろを見てやると、そこに先ほどから頭を下げていた従業員の姿はなかった。
ハイエースはライトを点灯させて、駐車場を出て行く。
さて。ここからが、本番だ!
Vol.5 につづく