NonBRMとは何かという方は、こちらをご覧いただくことにして、これまた新たにコースを引いたNonBRM天の川200を走ってきましたので、その様子を綴っていきまっしょい!

 

コースは、中頓別町知駒峠〜中頓別町市街地〜枝幸町歌登市街地〜美深町仁宇布〜美深町市街地〜音威子府村市街地を巡る205.7km。発着地はセイコーマートで、コース上にはそれぞれの町村の市街地にPCとなるコンビニが合計5軒あります。スタート地点がコンビニというのはブルベ向きとは言えませんので、場所を変えればBRMのコースになりうるものとなっています。獲得標高が不思議で、Ride with GPSだと2,103m、ガーミンコネクトだと1,654mと、ずいぶんと差があります。どちらもトンネルが考慮されておらず、同じように妙な断面図なのですけれど。

5:30頃に目が覚めましたので、朝食を摂り、6:00にスタートしました。

 

スタート時の気温は7度。夏用ジャージの上にウインドベスト、レインジャケットを着てスタートしましたけれど、さすがに寒いです。

6:31、10.5km、知駒峠に向かう道中でいつも見かける丘の上のカントリーサインを眺めつつ、幌延町に突入。

 

朝日を浴びると少し暖かく感じますけれど、防寒着を脱ぐには、まだ気温が低く、11度くらい。

7:08、22.4km、知駒峠麓のパーキングに到着。レインジャケットを脱ぎ、ウインドベストは着たまま登坂開始。

 

7:53、30.0km、今年29回目の知駒峠頂上のパーキングに到着。中頓別町側に下ります。

 

スノーシェルターを抜け、中頓別町側から見る知駒岳のアンテナ群。

 

8:28、45.4km、PC1セイコーマートなかとんべつ店に到着し、トイレと補給を済ませます。

8:43、停車時間15分でリスタート(仮想クローズ9:02)。貯金が少ない。

 

8:49、気温はようやく16度。寒さが苦手な私は、日陰や谷間に入ると寒く感じますので、ウインドベストの前を閉じて旅を続けます。約20km先の小さな峠までは緩い上りが続きます。

 

8:59、ペーチャン川砂金掘体験場への取付道路を通過。最近アマプラで観始めたゴールデンカムイでは、直接的にはここの砂金は出てきませんでしたけれど、◯◯◯に隠されていた金の中にはここの砂金が含まれていることでしょう、きっと多分、知らんけど。

 

秋晴れの空は青く澄んで、路面はきれいで、クルマの往来は少なく、快適な旅が続きます。

 

黄葉には早いですけれど、日光を浴びた木々は黄葉したように黄金色に輝いています。体感2%ほどの緩い上りが続き、ときどき勾配が上がったかと思うと平坦になる、変化のある上りが続きます。

 

9:41、64.3km、小さな峠の頂上で枝幸町に突入し、歌登市街地へ下っていきます。ここまでの上りがそれほどきつくなかったので、下り勾配もそこそこ。歌登側の路面は横溝のギャップが大きめでした。

 

10:07、75.4km、PC2セイコーマート歌登店に到着。ここにはホットシェフがあり、弁当はもちろん、パンが充実していて、レジ前の広いスペースに店舗で焼いた多くの種類のパンが並んでいましたので、思わず手に取りました。次のコンビニは約70km先ですので、3つの補給食はサドルバッグにしまって道中食べることにしました。

 

店舗そばの木が隙間から建物に入り込んでいますけれど大丈夫なのか心配になります。木が成長したら建物を壊しそうです。

店の外に腰掛けてパンを食べていたところ、高齢女性買い物客に声をかけられました、「どこから来たの?」と。ブルベ中にたまに起こるこの問いへの答え方にはブルベ民の民度が問われます。

まず、最悪の回答は「中川町から2つの峠を越えて来て、この後美深町へ行って中川町へ帰る200kmライドの途中です」と、ドヤ顔で正直に答えるもの。言葉のコミュニケーションは、互いが共通の言語を理解し、共通の概念を持っている必要があります。この回答のどこが最悪かというと、非ブルベ民が自転車で走る距離の認識はどんなに長くても数kmくらいなので、3桁kmという距離の暴力を振りかざし、それがさも素晴らしいことであるという含みを持っている点です。我々がブルベやロングライドの素晴らしさを語れば語るほど、それを聞かされる非ブルベ民は理解が追いつかず、「こんな変な人に声をかけなければよかった」と後悔の念を抱き、視線は虚ろに泳ぎ、「あぁそうなの、気をつけてね・・・」と言い残し、そそくさとその場を離れることでしょう。

なので、私は口に入れていたパンを飲み込み、「中頓別からです」と、ある意味では正直に答えました。すると女性は「峠越えは大変だったでしょう、どちらから来たの?」と続けます。瞬時に、中頓別から歌登へのルートは私が来た峠越えのほかに、中頓別町小頓別地区を経由する平坦基調の道もあることを思い出し、「ペーチャンからです」と答えました。女性は「ご苦労さま」と続け、店に入っていきました。

ブルベ中の「どこから来たの?」という問いに対する私が考える模範回答は、ここへ来る直前に通った市町村名を答えることだと考えています。この場合、その距離は長くても30kmほどでしょうから、非ブルベ民の常識と照らし合わせた場合、なんとか理解が及ぶ範囲でしょう。さらに「どこまで行くの?」と尋ねられた場合は、先程答えた市町村へ帰る、と答えられればバッチリです。

反対に、ブルベ中に絶対にしてはいけない答え方は、「◯◯◯(ブルベ主催クラブ)の長距離サイクリングイベントに参加していて、周りの自転車の方はみんな同じ参加者です」と、ブルベであることを説明してしまうことです。我々はブルベの魅力に取り憑かれており、世間的にブルベ民は少数派であることを理解しているがゆえに、無意識にブルベの素晴らしさを語ろうとしてしまうのですけれど、コレが一番いけません。公道を集団で走るランドヌール(ズ)、PCのコンビニの正面外壁に当たり前のように自慢の愛車を立てかけ、他のお客さんの来店の邪魔になるほどに集団で飲食や談笑する、ボディラインが浮き出たピチピチのウェア姿のランドヌール(ズ)に対して、世間の目がどれほど冷たいかを我々は知る必要があると考えています。クルマのドライバーが走行中のランドヌール(ズ)を撮影した写真をSNSに投稿しチャリカスと邪魔者呼ばわりする事例は枚挙にいとまがないですし、PCとなったコンビニでの我々の愚行が原因で次からPCとして使えなくなったコンビニがあることをクラブのスタッフさんから聞いたことがあります。

このように世間の我々への目は非常に冷たく、ときに悪意に満ちていることもありますので、我々に話しかけてくる非ブルベ民への対応は細心の注意をもってなされるべきです。主催クラブの名前を出そうものなら、あらゆる手段を使ってクラブへの苦情を申し立てることになるかもしれません。

BRM/AJ規則第5条には「ブルベ開催中、それぞれの走者は私的な走行を行っていると見なされる。(中略)主催クラブは、ブルベのコースにおけるいかなる事故についてもその責任を負うことは不可能であり、また、責任を負わない。」と規定されています。我々は、ブルベというサイクリングイベントに参加しているわけではなく、それぞれが勝手に走っているだけなのです。主催クラブに迷惑がかかるような言動は、ブルベという楽しみを自ら奪うことになりますので、慎むべきです。

長くなりましたけれど、今後も我々がブルベやロングライドを楽しめる環境を維持向上するために、「どこから来たの?」と尋ねられたら「そのへんから」、どこへ行くの?」と尋ねられたら「ちょっとそこまで」、「同じような格好の周りの人達はお仲間?」と尋ねられたら「いえ、知りません」と答えつつ、自転車文化の発展普及に向けて地道に活動したいものです。

閑話休題。気温が上がってきましたので、脱いだウインドベストをサドルバッグにしまい、10:33、停車時間26分でリスタート(仮想クローズ11:02)

 

相変わらずの青い空、広い道路、少ないクルマの往来という最高のライド環境に、補給直後ということもあり、脚は軽やかに回ります。

 

11:28、95.9km、デスモスチルス化石発掘跡看板。記載内容は

 

デスモスの里

デスモスチルスの化石発掘跡

デスモスチルス<Desmostylus>

束柱目の哺乳動物。北太平洋をとりまく地域(北緯55°以北)の後期漸新世から中期鮮新世の海成層から産出する化石として知られ、この時代の示準化石でもある。

体長2.4m体高1.2m位の大きさで、頑丈な四肢骨をもつ、水陸両生の植物食の海獣で、1,900〜600万年前の中新世に最も繁栄したが、その分類上の位置や系統関係については不明な点が多い。

名の由来は、Desmos=束とStylus=柱の合成で、柱を束ねたような臼歯をもっており、その歯は象などの歯のように水平にぬけ変る水平交換であった。

発達した、吻と小さな耳、大きな目をもって、アザラシのような毛皮をつけ、指の間には多少とも水かきのような膜をもって水中生活をし、時には陸上歩行もしたものと推定される。

全身骨格化石の産出は世界で4体のみであるが、3体は日本で、その1つは旧日本領の樺太(気屯)であり、現在の国内産は2体(岐阜と歌登)のみである。

歌登町上徳志別はその産出数が、部分化石未発表分も含めて11体と、おどろくばかりの多さであり、特に・・・されたものは、完全に近い全身骨格で世界の注目をあびているとともに学術上、非常に貴重な存在でもある。

・・・どのような動物であったかは、わが国の学者のみが研究しうるところである。

 

グーグルマップで看板写真を見ることができますけれど、文字がどんどん消えていっていますので、記載してみました。デスモスチルスの化石は、この看板のそばにある寿橋下流の徳志別川で見つかりました。

 

その後も緩い上りをゆるゆると上り、11:46、101.2km、牽牛駐車公園に到着。牽牛なんてしゃれた名前だと思ったところ、公園内の説明看板を見て、納得。そういや、駐車公園のすぐ手前にコンクリートでできたおしゃれなモチーフの橋があったことを思い出し、あれが牽牛橋だったんだと。

 

右の看板は、七夕の伝説を説明したものなのでいいとして、左の天の川トンネルの説明看板は文字が消えつつありましたので、記載内容を記録しておきます。

 

牽牛橋と織姫橋を結ぶ

天の川トンネル

主要道道美深中頓別線は美深町を起点とし、歌登町を経て、中頓別町を終点とする全長71.9kmの路線で、南宗谷と旭川・道央圏を結ぶ新たな幹線道路です。この路線の山岳ルートの難所となっている通称大曲峠の9.3kmのみ改良区間の道路改良にあたり、検討を重ねた結果、旧国鉄美幸線の第2大曲トンネルを拡幅利用し峠越えをしない約3.8kmの新たなルートを開設することとなりました。旧国鉄美幸線は昭和32年に着工し、48年には最大の難工事である第2大曲トンネルが貫通、52年の開業予定に向け工事は進められていましたが、開業は繰り延べされ、昭和52年12月、国鉄再建法公布により建設予定が凍結、レールが敷かれないまま昭和60年に廃止となった経緯をもつ、いわば幻の鉄道です。この新たなルートの両側には牽牛橋・織姫橋があることから、第2大曲トンネルはこの2つの橋を結ぶ、天の川トンネル(延長1,353m)として蘇ることとなったのです。

 

というわけで、天の川トンネル牽牛橋側入口にてタイトル回収。抗口の左右には牽牛をモチーフにした浮き彫りがあります。トンネル内は、照明がLEDで明るく、走りやすかったです。

 

反対側には織姫の彫刻。

 

トンネルすぐそばには織姫駐車公園。いずれの公園にもトイレの建物がありますけれど、今は使えないのが玉に瑕。

 

そのまたすぐそばには織姫橋。牽牛橋と同じく、橋の欄干両側にはコンクリートの特徴的なモチーフがあります。デザインが牽牛橋とは異なっているのがしゃれています。

 

その後もゆるく上り、12:32、113.2km、峠頂上で美深町に突入。グーグルマップでは西尾峠と記載がありましたけれど、現地には峠らしい風情はなく、枝幸町側からは美深町のカントリーサインもなく、拍子抜けです。

 

第2話に続きます。