こういう考え方を捨て、天皇の下に、みんなあ集まって統一国家を作るべきだという考え方、まさに明治新政府の考え方ですね。

 

私が言いたいのは、こういう先進的な考え方が、すでに、徳川政権側にあり、明治維新が、

長州や、薩摩の考え方が新しかったから、できたというのは間違っているのではないかという事ですね。

 

長州などは、この尊王攘夷の考え方を勝手に違うように解釈して、あちこち暴れまわったのですね、そして、都合よく開国論へ、豹変する。

 

長州、薩摩が政権を取った、あと、100年間くらい、つまり太平洋戦争が終わるまで、

陸軍、海軍は、この長州と、薩摩藩出身者に占領されて、戦争しまくったのですね。

 

戊辰戦争などは、各地方での略奪戦争だったようです。長州は、やくざのような暴れ者を雇い、地方都市を破壊しまくったというのが

戊辰戦争のようです。

 

そういう話が地方に行けばまだ残っていて、

高齢者の中では、聞き伝えでまだ、長州、薩摩に恨みを持っておられる方も、いるそうです。

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