アイアンクロー、消された末弟


アイアンクローを観て、一番の違和感は末弟クリスの存在が抹消されていたことである。そういう意味では、アイアンクローはドキュメンタリーと呼ぶには相応しくないし、史実に忠実に描かれているとは言い難い。


エリック一家の特殊性、異常性を語る上で、170cmにも満たないクリスを無理矢理にデビューさせて、リング上で相手にボコボコにされるという演出を繰り返していたことは避けて通れないのではないか。


クリスも他の兄弟と同様にコカインとステロイドに溺れてピストル自殺している。


映画の中ではコカインとステロイドについては描写が徹底的に避けられていた。日本遠征で急性腸炎により客死するデビットが、その直前に腹痛に耐えかねて鎮痛剤を注射する場面のみである。


エリック一家のスキャンダルに焦点を当てるのがこの映画の狙いではないことは理解できる。しかしながら、なぜ、兄弟の多くが自殺に追い込まれたかを説明するには、コカインとステロイドがもたらす副作用、精神的な不安定には触れざるを得なかったのではないかと思う。


そして、末弟クリスのデビューは、恐ろしい結末を迎える物語のプロローグを飾る意味で外せない要素だったと思う。