ちょうど30年前、taxmania55の人生、大転換あり(^_^)(^_^)(^_^)

 

私が国税を退職したのは1996年2月末、そして、ようやく資格を取得した税理士登録をしたのは1996年5月でした。

 

ちょうど、30年前になるのですが、世の中はM&Aブームの真っ只中で、その主役は外資系の銀行や生保、そして、製薬会社でした。

 

私が日本の税法に精通しているだけでなく、当時は非常に珍しかった英語がしゃべれるOB税理士であることを知ったGTは、私にたくさんの仕事をくれたのです。

 

1996年、それは、受験にも、就職にも大失敗して低空飛行していたtaxmania55の大転換点でした。

 

香港と東京の短期間の8往復、宝塚の富裕層のタックスプランニング、M&Aに係る意見書の作成等仕事は山のようにありましが、全く苦にはなりませんでした。

 

そのGTと国際会議で久々の再会、もう一度原点に戻って頑張りたいと、心から思いました。

 

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「ミカンがいっぱいなってるよ」(^_^)(^_^)(^_^)

父親と母親の不仲の大きな原因の一つに、父親が母親に、意味不明なことを繰り返し言うという悪癖があったことにあります。

父親が母親に、「〇〇の家には、ミカンがいっぱいなってるよ」と自慢げに何度も、何度も壊れたテープレコーダーのように話していました。

その度に母親は父親に、「別に田舎からみかんが送られてくるわけでもないんだから、余計なことは言うな!」と強く反発するのでした。

実際、父親の田舎から何か美味しいものが送られてきたことは一度もありませんでしたし、良い話があったことは一度もありません。

父親は母親に「俺の家はこんなに裕福なんだよ」と自慢したかったのでしょうが、極端に仲の悪い親兄弟の家を自慢し続ける父親が本当に不思議で、不思議でなりませんでした。

同じように薄気味が悪い父親の一言は他にもありました。一度気になり出すと、それを口にしてしまうというtaxmania55の父親の悪癖があったのです。

「中村屋のカレーは美味いんだよ」とカレー好きの私、taxmania55に何度も、何度も自慢げに呟くのですが、結局一度も連れて行ってくれたことはありませんでした。母親が「いい加減にしなさいよ!」と激怒してからはこの話は止みましたが、「本当に不愉快で変な奴だな」という印象は、今も私の心に強く残っています。

 

 

父と母、不仲の原因(^_^)(^_^)(^_^)

 

私、taxmania55の父と母は極端な不仲でした。

 

それが加速したのは、私の高校時代にあります。私の受験の大失敗の原因は担任教師の酷い嫌がらせにあったのですが、私の愚かな母親は、教師を神のように崇めていて、それに100%同調してしまったのでした。それを後日知った父親は担任教師と母親に激怒することになります。

 

その話は別項に詳しくまとめました。

 

それ以外にも大きな原因はもう一つありました。taxmania55の家には謎が多いのです(^_^)(^_^)(^_^)

 

それは、私の父親の本籍問題です。

 

私の父親は親や兄弟仲も不仲、しかも、四男だったので田舎を追われるように東京に出てきたのですが、何故か、本籍を田舎の〇〇県のままにしておいたのです。田舎から東京に出てきたのなら、本籍も東京に移して頑張ろうとするのが普通の感覚でしょう。

 

今でも子供心に鮮明に覚えているのですが、私の父親は、何か仕事で気に食わないことがあると、「もう、〇〇に帰る。」と口癖のように呟いていました。そのたびに私の母親は「だらしがない」「最低の奴だ」と陰で、場合によっては面と向かって父親を罵倒していたのです。

 

別にお金持ちでもなく、当然ながら田舎に帰る家もないのに、私の父親が、なぜ、「もう、〇〇に帰る。」を繰り返し呟いていたのかは、未だに謎のままです。そして、当然ながら、年老いた母親の本籍も〇〇県のままです。

 

taxmania55が婚姻手続きをしようとしたときに、〇〇県からの戸籍謄本送付が遅れて大騒ぎになったことがありました。その事件の後、何とかして戸籍を東京に移すように説得したのですが、意地になった両親はそれに大大大激怒、本籍を〇〇県のまま移さなかったのでした。

 

結局のところ、本籍をそのままにしている理由も聞けずじまいでした(^_^)(^_^)(^_^)

 

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