分類不能な資産と大相撲の年寄株

-営業権(のれん)のちょっといい話3-

(内容を精査して再掲)

 

これは、『M&Aと営業権(のれん)の税務』(税務研究会出版局 2000年)に掲載したものを、2024年3月に改めて書き直したものです。

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日本の税務では内容の分析が困難な資産、内容がよくわからない資産を全て「のれん」勘定で処理する傾向があり、それは今も続いているようです。仮に無形固定資産の営業権に分類されれば、取得した側は減価償却することが可能な無形固定資産として帳簿に計上し、5年間で均等に減価償却することになりますが、世の中には減価償却できない無形資産も当然ながら存在します。

 

移転価格税制上の無形資産、「顧客リスト、ノウハウ、特許で保護されていない技術、データベース」を営業権(のれん)に区分するという暴論も実際にありますから、今でもその傾向は続いているのかもしれません。

 

高瀬荘太郎は『暖簾の研究』(森山書店  1930年)の中で、4つの独占的条件(超過収益力の源泉)を提示し、のれん(暖簾)とは、独占的条件による超過収益力の生成と将来の超過利益獲得の機会の所有であることを示しました。

 

その4つの独占的条件とは、①人的条件又は技術的条件(経営者や使用人の才能、技術、性格)、②法的条件(法令による独占権)、③自然的条件(営業所や製造工場の地域)、④資本家的条件又は経済的条件(合同、連合、コンツェルン)ですから、移転価格税制上の無形資産が営業権(のれん)に該当することを議論するのであれば、①人的条件又は技術的条件、②法的条件の譲渡(移転)可能性を絡めて話をする必要があります。

 

 

貴乃花と若乃花の人気で大きなブームを作った大相撲ですが、その大相撲年寄株は大鵬、北の湖、貴乃花の一代年寄株を入れても108しかありません。部屋を開いて後進の指導にあたるためには年寄株の取得が条件になります。この年寄株にプレミアムがついて、数億円で取り引きされていると巷間噂されていますが、内容の分析が困難な資産、内容がよくわからない資産、得体が知れない価値という意味ではまさに「のれん」そのものです。

 

 

私が時々お付き合いさせていただいていた間垣親方 (元横綱二代目若乃花幹士。きれいなお相撲さんでした!)は、「部屋経営はお金が湯水の如く出ていく決して儲からない商売、年寄には巷間噂されるような数億円の価値はない。しかし、部屋を持って弟子を育てたいという思いは相撲取りの本能のようなもので、力士の誰もが持っている。その結果、値が上がることはあるかもしれない。」と生前お話されていました。しかしながら、それを否定する報道が複数出ているのも事実です。

 

間垣親方は個性が非常に強く、自分の気持ちに本当に正直で、封建的な相撲界ではずいぶんと損な生き方を強いられてきました。でも私は、自分に与えられた運命の中でまっすぐに生きようとした間垣親方が大好きでした。間垣親方は2022年7月6日に亡くなりましたが、当時の間垣部屋所属力士、若三矢晋作さんや若天狼啓介関、青垣山正之さんとは今も交流が続いています。

 

 

巷間噂される大相撲年寄株の交換価値、2、3億円が本当ならば、2、3億円の価値の中身は一体何なのでしょうか。その昔、年寄株を借金の担保に入れて相撲界から追放され、 プロレスラーになった親方、輪島大士も実際にいましたから、金融業にも年寄株の客観的交換価値、すなわち年寄株の「のれん」は認められていることは確実です。

 

 

亡くなった間垣親方も大相撲年寄株の証書を大相撲協会に提出することができず、大相撲年寄株取得時の数億円の借金が噂されました。2013年12月19日、年寄名跡の一括管理を進めている大相撲協会はこの日までに年寄名跡証書の提出を求めていて、間垣親方はそれを提出することができず、大相撲協会を去ることになったのです。間垣の年寄名跡証書は金融業者に担保として提供され、現役モンゴル人力士のスポンサーが買い取ったと噂されました。

 

大相撲年寄株は相撲界に親方として残ることなく、廃業していった元力士達の無念の思い、情念の塊なのでしょうか。それとも世間が抱いている相撲界に対する漠然たる憧れの現在価値なのでしょうか。

 

ところで、親方として後進の指導にあたることを「引退」、相撲界から身 を引いてちゃんこ屋等他の商売を始めることを「廃業」と明確に区別しているのも相撲界の特徴ではないかと思います。例えば、野球界ではあえて廃業という言葉は使用しません。

 

いずれにしても、大相撲の年寄株抜きにしては日本の営業権 (のれん)を語ることはできませんね。

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