太田哲三の暖簾の議論(再考)-データベースやノウハウは本当に営業権(のれん)なのか-

 

太田哲三(1959)の暖簾の議論に依拠して法律的営業権(のれん)と経済的営業権(のれん)の区分を考えます。

 

そしてこの話は、データベースやノウハウは無形資産であることは明かですが、本当に営業権(のれん)に区分されるのかという話にも直結します。

 

太田哲三『新訂 会計学』(千倉書房 1959年)に暖簾の議論が詳しくされています。高瀬荘太郎『暖簾の研究』(森山書店 1930年)と高瀬荘太郎『グッドウヰルの研究』(森山書店 1933年)の議論を基礎にしていますが、暖簾の特徴である超過収益力の源泉である独占的条件はより詳細に分析されています。

 

太田哲三の暖簾の議論は高瀬荘太郎に依拠していて法律的営業権(のれん)と経済的営業権(のれん)を区分する資料となり得ます。

 

そして、法律的営業権は「純粋に法律的な」と「法律に準ずる」に分けられますが、これは細川健(ほそかわ たけし)の独自の分類です。

 

<無形資産の種類>

太田哲三は「無形固定資産とは具体的な物財ではないが、経営上有用であり、しかもそれは引き続き経営に利用されるものである。無形資産には特許権、実用新案権、水利権、漁業権などの法律上の権利と事実に基づく財産として暖簾が挙げられている。」(77頁)

 

 当時の企画院・財務諸表準則に依拠して、法律上の権利(特権)と暖簾に分けて無形固定資産を説明し、法律上の無形固定資産をさらに⑴工業所有権と⑵その他の特権に分けて説明しています。

 

<無形固定資産はⅠ.法律上の権利(特権)とⅡ.暖簾とに区分されること>

 

無形固定資産

・・・・Ⅰ.法律上の権利(特権)とⅡ.暖簾とに区分

法律上の権利(特権)

・・・・⑴工業所有権と⑵その他の特権とに区分

 

「⑴工業所有権-(イ)特許権、(ロ)実用新案権、(ハ)商標権、(ニ)商号権

 ⑵その他の特権-(イ)地上権、(ロ)漁業権、(ハ)鉱業権、(ニ)入漁権、(ホ)水利権、(へ)電話加入権、(ト)側線専用権」(77頁)

 

太田哲三(1959)は、無形固定資産であることについて議論の余地がない法律上の権利(特権)と暖簾に分けて説明するが、暖簾に議論の重点を置いていることは明かです。

 

<暖簾の資産性>

「暖簾とは既設事業の成績が良好であって、その収益が一般事業のことに同種事業の平準収益力に比べて超過している場合、その超過収益力の原因になるものを指すのである。暖簾の字義は商号を意味し、英語のGoodwillは取引関係の好意を示すものであるが、今日ではその本来の字義を失って超過収益の源泉を指すものと認められる。」(下線と強調は筆者)(77・78頁)

 

<超過収益の発生する原因>

「こうした超過収益力の発生する原因は次の事項に分析することができる。

(イ)商号または商標が特殊な印象を与え顧客に与え、製品または商品の販売を容易にさせること。

(ロ)営業所の場所が便利な地位に存在すること。小売は特にこの点が重視される。

(ハ)従業員の人格または技術が特に優秀であること。

(ニ)仕入先金融関係など取引先と特殊関係が存在すること。

(ホ)法律的・経済的に何らかの独占的利益を享受すること。

「以上の特色は分離して独立の特権となることがある。」「暖簾は上記のような事業収益力につき総合した観念であり、個々に分立した特権の単なる集合体ではない。暖簾価値の原因となすべきものは地上権その他の法律上の特権として分離して無形資産となりうるが、法律上の権利でないものでも分離させることがある」(脚注4)。場所の便宜が地上権の対価となるのがこれである。けれども、暖簾の価値としてはこれらの原因が相総合して事業の特色になり超過収益力を発揮するものである。」(78頁)

 

太田哲三(1959)には、法律的な権利(特権)と暖簾の関係について極めて興味深い記述があります。

 

「地上権、商標権、商号権のように法律的な特権(純粋に法律的な営業権(のれん))として分離できる場合もあれば、法律上の権利でないものでも分離させることがある(脚注4)。」(78頁)(細川健(ほそかわ たけし)の分類では法律に準ずる営業権(のれん))。

 

つまり、法律的営業権(のれん)には法律的な特権(純粋に法律的な営業権(のれん))と(法律に準ずる営業権(のれん))の2つがあり、経済的営業権と区分されます

 

<高瀬荘太郎と太田哲三との対比>

太田哲三の示した5つの超過収益力の源泉となる独占的条件を高瀬荘太郎『グッドウヰルの研究』と高瀬荘太郎『暖簾の研究』が示した4つに照らして考えると次のように整理できる。

 

(イ)<法律的独占条件>「商号または商標が特殊な印象を与え顧客に与え、製品または商品の販売を容易にさせること。」商号権、商標権は法律的な特権(純粋に法律的な営業権(のれん))として分立することも可能である。

(ロ)<自然的独占要件>「営業所の場所が便利な地位に存在すること。」小売は特にこの点が重視される。地上権は法律的な特権(純粋に法律的な営業権(のれん))として分立することも可能である。

(ハ)<人的独占条件>「従業員の人格または技術が特に優秀であること。」経営者の特別な能力と才能も併せて議論される場合が多いが、譲渡(移転)可能性は従業員を前提に議論される。

(ニ)<経済的独占条件>「仕入先金融関係など取引先と特殊関係が存在すること。」得意先も併せて、得意先、仕入先、金融機関との特殊関係と議論される場合が多い。

(ホ)<経済的独占条件>法律的・経済的に何らかの独占的利益を享受すること。「その他の独占的条件」として議論される場合が多い。