taVeiki 〜食べることは 生きること〜 摂食障害(過食嘔吐)からの 回復応援ブログ
  • 03Aug
    • エアアジア で夜にチェンマイ空港に着いたら

      とっても久しぶりの投稿!今回、チネイザン(氣内臓療法)の修行のために、チェンマイにきています。チネイザンの勉強は明日からはじまるので、それは追い追いレポートするとして、昨日の夜(22時半) に、エアアジア でチェンマイ 空港に着いたときの話をレポートします!ちょっとしたハプニングがあったので、今後だれかの参考になったら嬉しいです!昨日私は、成田 14:25 発 のバンコク行き に乗り、ドムアン空港 に19時頃到着。「Transfer」 → 「Domestic Transfer(国内線 乗り換え)」 の矢印をおいかけて、無事に21:25発の チェンマイ 行きのフライトに搭乗。22時半過ぎに、チェンマイ空港に到着後、なんの疑問も持たずに「Domestic Arrival(国内線 到着)」の矢印の方へ。荷物を受け取るターンテーブルまで来たのですが、表示を見てみると、私が乗ってきたエアアジアは「Table 4」 とのこと。あれ? Table 3までしかないんですけど、どういうこと??と思って、係のお兄さんに聞いてみたら、その人もよく分かってなくて、2人目に聞いたら「Table 4は国際線だから、外に出てから右へ行け」と。ん? 外出ちゃって、いいの?よくわかんないけど、右の方へ歩いていくと エアアジアのカウンターがあり、スタッフさんに尋ねると、国際線のターンテーブルの方まで、ずっとアテンドして行ってくれました。(ふつう、一度出ちゃったら入れないゾーンに、逆から入る)するとそこには、ポツンと1つ 寂しそうに待つ 私のスーツケースが!発見!!スタッフの人に「なんでこうなっちゃったの?」と聞くと、私、成田のエアアジア カウンターで、「チェンマイ に着くとき、このシール(International baggage claim) を身につけておいて下さい」って言われて、ちゃんと貼っておいたんだけど、ふつうは、飛行機を降りたところで、このシールを見たら スタッフの人が声をかけて、国際線のターンテーブルの方へ誘導してくれるらしい。だけど今回は、見落とされちゃった? 私が気づかなかった? スタッフが帰っちゃってた? か何かで、ちょっと遠回りになりました。荷物が国際線の方に仕分けされてしまう理由は、税関チェックを通らなくちゃいけないかららしい。(バンコクてチェック受けてないから)だけど、スタッフのみなさん、夜中なのにみんな優しく親切で、助かりました〜◎同じルートでチェンマイ に入る予定の方、荷物の受け取り、気をつけてみてくださいね!

  • 03Sep
    • 摂食障害(過食症)回復プログラム 2泊3日 in 千葉 やります!

      摂食障害(過食嘔吐)を19年間してきて、今年の4月に「私にはもう過食も嘔吐も必要ない」と自分なりの"卒業"を経験しました。これまでの、自分の経験を全部詰め込んで、2泊3日の摂食障害 回復プログラム を提案したいと思います。摂食障害でツライ時 「どうせ誰もわかってくれない!」と、心の扉を閉じたくなると思います。もしかしたら、治った奴の話なんか、聞きたくないかもしれません。だけど、もしもあなたが ひとり で苦しんでいるのなら、悩んでいるのなら、ひとり で抱え込む必要はないんです。安心して、心を開ける場所を用意します。もしも、ちょっとでも ピン ときたら、是非いらしてください。一緒に、ゆっくり話しましょう。 ほっ とする時間を過ごしましょう。お待ちしております。********************************✳︎ シェア 歓迎 ✳︎●摂食障害の わたし のための3日間 ●◾️期間2018年10月30日 〜 11月1日 (2泊3日)◾️コンセプト◯ひとりでは、なかなか抜け出せない 過食嘔吐の∞ループからのエスケープ 。一日でも「わたし、過食しなかった!吐かなかった!」という成功体験を。 ◯日常から離れて、自然豊かな環境の中で、自分自身と、食べ物と、向き合いなおすチャンス。◯「過食嘔吐」という症状に加えて、精神面でも摂食障害から卒業するためのターニングポイント。 ◯摂食障害から回復するための、日常生活の送り方を学ぶ。 ◯参加者間の交流の中で、‟摂食障害を通した気づき”をシェアし合い、学ぶ。 ◾️対象〇摂食障害の方(今回は過食症に限定させていただきます。) 〇摂食障害(過食症)の「症状」はなくなったけれど、精神面で本当の意味での「卒業」を望む方◾️参加条件※ 参加者全員に、安心して参加してもらえる場を確保するため、以下の条件をお守りください。 ◎自分の意志で、この合宿への参加を希望すること 〇3日間、自分自身と向き合う決意、覚悟があること 〇他の参加者と、自分の経験談や心の内面を分かち合えること 〇合宿でシェアされたプライベートな内容は、口外しないこと。〇他の人を決して批判しないこと。 〇自立した個として参加し、主催者や他の参加者に依存しないこと。 〇自分の身の回りのことは、自分でできること〇プログラム中、休みたいときに 「休みたい」といえること。 〇無理をしないこと。 ◾️場所ゲストハウス わとや千葉県夷隅郡大多喜町筒森810  http://watoya.com◾️集合10月30日(火) 13時40分 いすみ鉄道 大多喜駅 ロータリー※ 東京駅から高速バスで、乗り換えなしで行けます。東京駅 12:15発 にご乗車ください。http://www.kominato-bus.com/highway/high/katsuura-tokyo.html可愛らしい いすみ鉄道 での電車旅もおススメです。お車でお越しの方は、その旨をお知らせ下さい。◾️募集人数 6名 (最少催行人数 2名)◾️参加費 36,000円(費用に含まれるもの: 宿泊費、食事 1日目 夜/ 2日目 朝昼夜/ 3日目 朝、ワークショップ)(費用に含まれないもの: 大多喜までの交通費、温泉の入湯料、その他)※振込みが完了した時点で、予約が確定になります。基本的には一括払いをお願いしておりますが、分割をご希望の場合は、ご相談ください。※期間中の一切の事故等は、責任を負いかねます。心配な方は、国内旅行保険にご加入ください。(各社 2泊3日 500円程度で加入することができます。)◾️ キャンセルポリシー1ヶ月前〜 20%1週間前 〜 3日前 50%3日前(10月27日)以降 100%◾️申込み & 問い合わせ以下のメールアドレスに参加希望の旨を連絡下さい。折り返し、いくつかの確認事項を送らせて頂きます。citta.tomoko@gmail.com※参加を迷われている場合、事前にZoom (webを利用した通話ソフト)でお話することも可能です。お気軽にご相談ください。***************◾️開催理由主催させていただく私自身、中学3年の頃から34歳まで、過食嘔吐と共に人生を歩んできました。 最も症状がひどかった学生時代は、半日ですら、過食しない、吐かないことが難しく、 夜中までコンビニと自宅を往復しながら、「自分は野獣だ」 「自分は最低な人間だ」 と、泣いた日々がありました。 いつ抜け出せるのかわからない無限のループ。 「誰か、この手を止めてほしい・・・」 何度そう願ったことか。 いくつかのターニングポイントを経て、食(マクロビオティック)や瞑想、チネイザン(内臓のケア)などを通して 自分自身と向き合う中で、2018年に入ってから「私はもう大丈夫。これ以上、過食嘔吐する必要はない」と、自分なりの‟卒業”を経験しました。振り返ってみると、摂食障害を通して、多くのことを学び、たくさんのご縁をいただきました。 あんなに、死ぬほどツライと思った経験でしたが、摂食障害がなければ、今のわたしはいないのだと思うと、摂食障害に対して、感謝の気持ちが湧いてきます。 そして今、今度は私が、あの時 手を差し伸べてくれた 友 や 恩師 のように、摂食障害に苦しむ方へ、私にできるサポートさせていただく番だと思い、今回の合宿を企画させていただきました。 プログラムの内容は、「一番苦しかったころの自分」が、「こんな時間を持てたら、救われただろうなぁ」ということを想像しながら組み立てています。 摂食障害から抜け出したい方へ、少しでもお力になれれば幸いです。 ◾️主催者プロフィール岡田 朋子2016年に大手企業を退職後、食事(マクロビオティック)やNVC、瞑想、チネイザンを通して、自分自身と向き合う。10代の頃から約19年間、人生を共に歩んだ摂食障害(過食嘔吐)を自ら克服した経験から、摂食障害の人向けの回復サポートプログラムを提案する。その他、日常から離れて自然のリズムを取り戻す 各種リトリート合宿を企画運営。日本チネイザン協会 認定プラクティショナーマクロビオティック クッキングスクール リマ 師範科卒業Blog: 『taVeiki 〜食べることは生きること〜 摂食障害(過食嘔吐) からの回復応援ブログ』https://ameblo.jp/taveikiHP: https://www.citta-cnt.comFacebook: https://www.facebook.com/profile.php?id=1186687233***************必要な人に、この情報が届きますように。

  • 16Jul
    • 私の過食症歴 ⑦症状に改善の兆し(マクロビ編)

      私の過食症歴⑥で書いたように、ピン!ときたものに、黙々と取り組む日々。すべては、自分と向き合うために。今世での生き方を見直すために。その中でも、過食嘔吐の克服に、すごく貢献してくれたものは、次の3つかな。1.マクロビオティック(玄米菜食)2.瞑想(ヴィパッサナー瞑想)3.チネイザン(氣内臓セラピー)~・~・~・~・~・~・~・~1.マクロビオティックこれも直感で通いはじめたマクロビオティックの元祖!リマ マクロビオティック クッキングスクール(新宿・池尻大橋)もともと お肉はそんなに好きじゃなかったんだけど、これを機に玄米菜食へシフト。…といっても、過食嘔吐は続いていたので、料理教室で、体に良い料理を作って、食べて、教室の終了直後に吐いてしまう…という日もあって、「あ~もったいない。何をしてるんだろう私は。」と、残念な気持ちになることもあった。だけど、とにかく、可能な限り、マクロビ食にこだわる!マクロビ食というか、「本物の食べ物」の探究 & 探求。・玄米は自然栽培のものを取り寄せ・調味料は昔ながらの製法のもの・添加物の入っていないもの・白砂糖はなるべく避ける・発酵食品や乾物も積極的に・野菜もなるべくオーガニックや自然栽培などなど、とにかく、自分の身体に取り入れるものを、入国審査のように、チェックして、自覚する。だから、「あ~過食したい!」という衝動が起きても、店で商品の裏をチェックして、なるべく添加物の入っていないものを選ぶように。そして、食べて、吐く…wwなので、一時的には、一回分の過食嘔吐の単価は上がってたかも。だけど、「たとえ吸収したとしても、これは身体に悪さしない」というのは、頭で理解しているから、「絶対に吐かないと!落ち着かない!」という強迫観念のようなものは薄れたし、「まぁ、吐いちゃっても大丈夫だよ~」(自分、いい子、いい子)と、過食嘔吐に対する罪悪感も消えていった。そして、玄米って、ちゃんと土鍋で炊くと1時間半もかかるんだけど、「その玄米が炊ける時間を待てる私、スゴイ!!」と、食にありつくまで、落ち着いていられる自分に感動する日も増えていった。食を変える → 細胞が変わる → 心身に変化!これを本当に実感した。ジャンクなものを食べ続けていた頃は、心身もジャンクになっていた気がする。思考が雑。行動が雑。でも、丁寧に育てられた野菜、心をこめて調理された料理を食べていると、いつまでも満たされないような渇望感が消えて、心に余裕が生まれ、自他に対して優しくなれる気がした。(具体的に、どんな食べ物・食べ方がおススメかは、このblogで少しずつ紹介していきたいと思います。)要は、自律神経なのだな。ジャンクなもの(添加物・白砂糖)を摂取すると、『過食スイッチ』が入りやすいことを発見!!!あっという間に自律神経をコントロールできなくなって、狂ったように食べはじめてしまう。そして、ジャンクなものには中毒性があるから、食べて吐くのはシンドイって頭ではわかってるのに、「過食スイッチ、入れたい! 入れなきゃ死ぬ!」みたいな、アルコール中毒等と同じようなことが、身体の中で起こっていたのではないかと思う。マクロビを始めて、食への意識を変えて、半年・・・1年・・・1年半・・・少しずつ、でも確実に症状は軽くなっていった。それでもまだ、1日に1回(大抵は夜)は吐いていたのだけれど、『過食スイッチ』が入る回数が、明らかに減った。気持ちとしては、「うーーーん、食べなくても良いんだけどなぁ。あぁーーー吐かなくても良いんだけどなぁ。でも、吐いておいた方が、安心して寝られるから、ちょっと食べよう。ちょっと吐こう。」そんな感じ。だから、「過食」というほどの過食ではなくて、「吐こう」と決めてから、パン一つ 食べて、パン一つ分 吐いたら終了。みたいな感じ。『過食スイッチ入って、制御不能!』ではなくて、『吐こうと自覚して、食べて、吐く』この違いが、とてつもなく大きい。(たまーに、ビュッフェとか行くと、爆発してしまったんだけどね。)なので、過食嘔吐用の出費も、時間も、ピーク時に比べて、すごく減った。1日 何千円も → 数百円以下に。1日 何時間も → 30分くらいに。だけどね、その最後の1本が、なかなか止められないのです。たぶん、喫煙する人が、以前は1日に 20本 たばこ吸ってて、1日に 1本 までは減らせたんだけど、なかなかその、最後の1本はやめられない。そんな状況と似ているのかなぁ~と、たばこは吸ったことないけど、思ってました。頭では、「もう過食する必要も、嘔吐する必要も、ない」と、わかっちゃいるけど、止められない。だって、途中約5年間、症状が止まっていた時もあるから、吐かなくっても太らないし、大丈夫だって知っているのに。摂食障害の、最後の火を消すには、完全に卒業するには、あともうちょっと、あともうちょっと、何かが必要でした。→ 私の過食症歴⑧へ続く

  • 27Nov
    • 摂食障害 克服作戦③ 『摂食障害 克服までの地図(マップ) を手に入れる』

      「過食症 (摂食障害) を完全に克服するって、どういうことなんだろう??」吐かなければ OK ??それとも、それ以上の意味を含めるものなのだろうか?この問いは、今まで 何度も 何度も自分自身に問うてきたもの。みなさんは、どんな風に定義しますか?うーーーん、難しい問いなんだけれども、今のところの私の答えは、" 完全な克服" が、「 = 吐かなければ良い 」って意味だとすると、ちょっと勿体無いような気がしています。だって、こんなに身体を酷使して、こんなに心もすり減らして、身体と心がバラバラになるほど辛くて、こんなにお金も時間もかけてきたのに、そこから「吐かなくなった」以上に得られるものがないなんて?!自己啓発系の投資よりも、よーーーーーーーーーーーーーーっぽどお金かけてますけど?!?!って、今、書きながら思いました(笑)あ、いやいや、今日はお金の話をしたいんじゃなかった σ(^_^;)じゃあ、仮に、摂食障害の克服 = 吐かないではないとしたら?私はそこに、心(魂) の成長があると思ってます。ほんとーーーーーに、色んなことを学ばせてもらいました。昔、完璧主義だった私は、摂食障害の経験によって、痛みや苦しみを持つ人の気持ちが、分かるようになりました。自分をコントロール出来なくなる人の(アルコール依存症など)気持ちを想像できるようになりました。人は思いがけないところで、失敗を犯す、ということを知りました。(実はそれは"失敗" では、ないのだけれども)きっとこれからも、たくさんの気づきや学びを私に与えてくれると思っています。でも、摂食障害が一番ひどい時、「なんで私だけこんな辛い思いをしなくちゃいけないの?!」って思って、先が見えない時、まずは、とりあえず、この症状(過食嘔吐など)だけでも、止めたい!! 誰が止めて欲しい!!って、思ってました。そこらから、色んな出会いや、助け船があって、ここまで辿り着くことが出来ました。いまは、本当に、すべての経験に感謝しています。そして、過去を振り返った時、自分の辿ってきた道は、こんな風になっていたんじゃないかな?と思って、紙に表現してみました。スタート地点、摂食障害になった中学生の頃は、三角形の底辺の方です。自分が摂食障害であることを、受け止められなくて、一番ツラかった時。自分サイテー!!って、自分が本当に嫌で、「摂食障害である自分」を受容出来ていませんでした。それから、『生きがいの創造』飯田史彦 著という、一冊の本を人から紹介してもらって、自分の人生に対する考え方が、180度、転換しました。[自己受容]へSTEP UP!!そして、そこで初めて、摂食障害である自分を受けとめ、「この人生で摂食障害になったことには、何か意味があるはず」「この経験から学べることは何だろう?」と考えるようになりました。それからも、数々の助け船が私の元へやってきて、色んなヒントを与えてくれました。そして、31歳の時(今から3年前)当時の旦那さんが、「私はこの摂食障害の経験を生かして、人の役に立てるようになりたい!」と思うきっかけを与えてくれました。[自己信頼の回復]へSTEP UP!!自分の中ですこーーん!と壁を越えたような感覚というか。図では「自己信頼の回復」って、ちょっと難しい言葉で書いちゃったんですけど、「自己肯定」では、物足りない感覚。改めて自分を信頼して、真っすぐと愛し直しはじめた、という表現が合うかもしれません。「自分の人生、経験を、もっとソーシャルなものにしていきたい」「私が経験を話すことで、楽になる人がいるならば、どんどんオープンに話していこう」と思って、この時から人に「私、実は摂食障害の経験があります」と話せるようになりました。すると、意外にも、「実は私、昔パニック障害だったの」「今まで誰にも言えなかったけど、実は私も…」「私、親友を摂食障害で亡くした経験があるの」などと、心のうちを話してくれることが沢山あって、「あぁ、みんな、そんな風に見えないけど、色んな悩みを抱えて生きているんだなぁ。」って、知ることが沢山ありました。ダラダラと長く書いてしまいましたが・・・自分は今もまだ吐くことがあるし、まだ摂食障害の「完全克服」までは、もうちょっと時間がかかりそうだけれども、でも、自分、今の方向性でイイ感じだと思てるんです。だから、まだ症状はあるけれども、メンタル面では、ある程度、クリア出来ているのかなと。だから、吐いてしまうことがあっても、「ま、そんな日もあるよね。」と、自分をいい子、いい子して、責めないでいられてます。すると、毎日がとても穏やかで、ほんわかと幸せです。こんな私の『じぶん物語』だけど、参考になると嬉しいです。「完全克服」までの地図を持って、道のりを知ってしまえば、迷子になることはないです。今、自分がどの辺にいるのかわからなくなったら、この三角形を思い出してみてください。時には、せっかく三角形の上の方まで登ったのに、ちょっと下に下がっちゃうこともあるかもしれません。でも、自分が地図のどこにいるのか、穏やかに見つめて、受けとめて、深呼吸して、また歩きはじめたら、きっと大丈夫です^ ^最後まで読んでいただき、ありがとうございました♡

  • 12Oct
    • 摂食障害 克服作戦 ② 『 人から薦められたモノを手に取ってみる』

      摂食障害 克服作戦 ②『 人から薦められたモノを手に取ってみる』一番ツラい時って、早くこのツラさから抜け出したいんだけど、「みんな、どうせわかってくれない」とか思って、人にも言えないし、人に打ち明けて、その人からアドバイスもらっても、素直に受け入れられなかったり、キラキラした人が言ってることは「ウザいな〜」とか、思ったりしてました。だけど、大学一年生の時に履修した『スポーツ科学 なんちゃら』の講義で、「この先生なら信頼できる!」と初めて思えて、授業の後に、その先生の研究室を訪ねに行きました。そこで自分が過食症であることを打ち明けたところ、先生は、「大丈夫、上から出すか、下から出すかの違いだけだ」と、冗談まじりに、あっけらかんと言ってくれました。そして、薦めてくれたのが、飯田史彦先生の『生きがいの創造 〜PHP新書〜』でした。(当時は、ただの『生きがいの創造』でしたが、今は『(完全版) 生きがいの創造』も出版されています。)内容は、「死後の生命」や「生まれ変わり」に関する科学的な研究から、人生のしくみを明らかにする、というもの。スピリチュアルな人生論なんだけど、根拠はすごく科学的、という、当時の私には全く新しいジャンルの本でした。この本で私は、摂食障害 克服作戦①『 この人生で摂食障害になったのには、理由(ワケ)がある。と考えてみる。』にも繋がるんだけど…私は、この人生で、過食症を通して学ぶべきものがあるのかな?と、初めて思うことが出来ました。すごくツラいけど、自分の魂が、この経験を選択しているって。そう信じられたら、自分の人生にも価値があるように思えてきて、ちょっとずつ、自分のことを肯定できるようになりました。本の内容が、本当なのか嘘なのか、それは死んでみないと分からないんだけど、そこはあまり重要ではなくて、当時の私にはまぎれもなく、生きる希望を与えてくれた一冊でした。…信じるものは、救われる?だから、今日のブログで書きたかったのは、ちょっと勇気を出して…「いまの自分の中にはない考え方や価値観を取り入れてみる」ってことでした。そしたら、「自分は出口の見えないトンネルの中にいる」と思っていたけど、実は、飛行機でその上空を飛んで、トンネルの中にいる自分を客観的に見ることも可能なんだって、思えるかもしれません。そして、本だけじゃなくて、色んなところにヒントは転がっているのかもしれません♡

  • 06Oct
    • 摂食障害 克服作戦 ① 『私が摂食障害になった理由(ワケ)』

      摂食障害 克服作戦 ①『 この人生で摂食障害になったのには、、理由(ワケ)がある。と考えてみる。』今日から始める、このシリーズ。名付けて<摂食障害 克服大作戦> (笑)!!私もまだまだ過食嘔吐しちゃってるんだけど、一時期( 約5年間 ) は過食も嘔吐もしなかった時期があるわけで。今までに、過食嘔吐から抜け出すため試してみた、ありとあらゆる小さな“トライ”を書き出したら、それなりのアイデア集になるのではないかな〜?と思って…とりあえず、やってみます!初回の今日は、『 この人生で摂食障害になったのには、理由(ワケ)がある。と考えてみる。』ということ。昔を振り返ってみて、過食症でいっちばん辛かった時期って、けっこう初期の方の「自分は過食症だ」って自分で自分を認められない頃だった気がしています。みなさんは、どうですか?私は、吐いちゃう自分が嫌で、すっごくヒドイ人間に思えて、「やめられない私なんて、最低だ!」「なんて醜いんだ!」って思ってた時期が、一番辛かったです。そして、「なんで、こんなツライ思いをしなくちゃいけないの?!」「こんな経験に、なんの意味があるの?」と思って、一刻も早く、この状況から抜け出したかったです。そんな時に、『 今はよく分からないけど、この人生で摂食障害になったのには、理由(ワケ)がある。』と、とりあえず思ってみます。そうすると、ちょっと救われる気がしませんか。無駄じゃないんだ、って。その時は、わからなくて良いんです。でも、きっと後で、「あぁ、これを学ぶためだったのか」とか、「ここにつながる道の途中だったのね」とか、振り返った時に、わかるものがあったりするかも知れません。私もまだ、道の途中だけど、摂食障害には感謝してるんです。摂食障害がきっかけで、前よりも自分のことがわかるようになったし、勉強する気が起きたものもあるし、(マクロビ料理とか、チネイザンとか)こうやってブログを書くきっかけにもなったし。だから、とりあえず、これで良いのね、って。そのまんま、受けとめてみる。その理由がわかる日を、楽しみにして、この経験を味わうことにします。そうすると…辛いんだけど、価値のある辛さ、というか。この経験をしている自分、ちょっとすごいなって思います。

  • 29Sep
    • 食を見つめなおすきっかけになる映画 『いただきます』

      試写会のチケットを頂いて、『 いただきます 〜 みそをつくるこどもたち〜』を、観てきました。とっても、とっても、良かったです。(公式HPから画像を拝借)お話は、福岡にある高取保育園の食育を、1年を通して見つめるというもの。園長先生の、「知育、体育、徳育の根源に食育がある」との理念のもと、給食には玄米と、伝統的な和食を子どもたちへ提供しています。そして、そのお味噌汁に使うお味噌は、毎月、年長さんが、全園児200人分のお味噌 100kgを、自分達の手で仕込んでいます。健康的な精神は、健康的な身体に宿る映画の中の子ども達を見ていて、こんなフレーズが思い浮かびました。よく聞く言葉だけど、You are what you eat→ I am what I eat自分は、自分が食べたもので出来ている!そうなんだよな。過食症の私は、私が食べてきたもので過食症になってるんだよなぁ。過食症になり始めの頃、白砂糖たっぷりの菓子パンを5個とか食べるくせに、太りたくないからって、天ぷらの衣をはがして食べたり、ある日には海藻ばっかり食べたり…自分の身体と精神を作っている「食」が乱れたのが、そもそものはじまりだったのだと思う。毎日、裸足で飛んだり跳ねたり、遊びまくって、お腹ペコペコにして、美味しいお米と味噌汁を食べる子ども達。こんな生活をしていたら、きっと摂食障害にはならないよね。去年から、自分もマクロビ(玄米菜食)の料理を勉強してて、朝はなるべく玄米と味噌汁をいただくようにしてます。夜は過食しちゃうとしても、それは、とりあえず、OKってことにしています。だけど、それだけでも、やっぱり身体は応えてくれる、というか。前よりは自律神経が整ってきている、そんな感じがしています。I am what I eatこれを、もう一度、見直してみようって思いました。映画の後に監督さんや出演者の方のトークイベントがあって、そこで印象的だったのは、「社会とか大人が決めた正解(こうあるべき、すべき)は、子ども達の成長にとって、毒 or 邪魔なだけだ。」ということ。摂食障害の自分、私たち、これで相当苦しんでません?子ども達を見守る大人達へのメッセージだったけど、大人になった私達にとっても、同じだなぁって思います。本当は、「何が正解か」なんて、ないんだ。「こうすべき」なんて、ないんだ。そんな重圧で、自分のことを苦しめるのは、もうやめようって、思いました。そして、私の周りにいる人に対しても、私が在りたい姿で、接することができるようになりたいな。『いただきます』は10月7日から、渋谷のアップリンクで上映されるみたいですよ。とっても、オススメですよ!

  • 04Sep
    • 私の過食症歴 ⑥やっと自分に向き合う

      離婚して、あたまグチャグチャ…後悔と反省と寂しさが毎日毎日襲ってくる。でも、心はボロボロだったけど、離婚前から「必ずやろう」と決めていたマクロビオティックの料理教室に通いはじめた。今思うと、あんな状態で、よく通えたなと思う。…そして、通いはじめた自分に今は感謝したいと思う。今までずっと私を悩ませてきた「食べ物」にきちんと向き合うチャンスをもらった気がする。それから、前に人から聞いて気になっていた"ヴィパッサナー瞑想"に参加した。ヴィパッサナー瞑想は、10日間の合宿形式で、他の参加者とは一切言葉を交わさず、1日10時間、自分自身を観察し続ける瞑想。自分と向き合ううちに、自分の嫌なところが全部見えてきて、途中で逃げ出したいくらい、本当に辛かった。いや、本当に辛かった・・・だけど、この10日間で、「自分の心の主」になるきっかけを、やっと得られたと思っている。ものすごく大きな気づきを、ギフトとしてもらいました。そこからは、一つ一つの新しい出会いや、再び確かめた大切な友人たちとのつながりを大切にして、一日一日を感謝の気持ちで丁寧に過ごしていたら、自然と、スルスル~と、目の前に道が出来はじめた。毎日、自分の中の、奥の奥の方から聞こえてくる、本当に願うことだけをやる。◎やりたくないことは、やらない。◎「すべき」「しなくちゃ」の判断基準では、(なるべく)動かない。◎何事も「良い」「悪い」でジャッジしない。◎この人生に必要なことしか起きない◎全て良い方向に向かっているこんな考えを、大切にしてきた1年だったなぁ。(こんなプー太郎な私を許して、実家に置いてくれる両親に感謝。)今、離婚から約1年が経って、本当に色々なことを学ばせてもらっている。マクロビオティック、ヨガ、NVC(非暴力的コミュニケーション)、瞑想、靈氣、チャネリング、野草料理、雑穀料理・・・その中でも、一番大きな学びは、「チ ネ イ ザ ン」!!チネイザンって、ほとんど知られていないと思うんだけど、聞いたことある人、いるかな・・・簡単にいうと、「内臓のマッサージ」(正確に言うと、マッサージではない)ある雑誌を読んでいたら、たまたま取り上げられていて、目が釘付けになったんだけど、「内臓と感情は、深いつながりがある」というタオの考え。その教えに基づいている。内臓と感情??と思うかもしれないけれど、緊張したときは、お腹がキリキリしたり、便秘の時は、頭がスッキリしなかったり、確かに、身体(内臓)と心(感情)は、分解することは出来ないんだなぁって。じゃあ、心がギュッと硬くなって不調の時に、内臓をほぐしてあげたら、心もホッと緩むんじゃないかなぁ?そして私が、惹きつけられた最大の理由は、「今まで散々、過食嘔吐で胃腸をいじめてきたから、さぞ内臓さんたちは私に対して言いたい文句があるでしょう」と思って、それを自分の手で癒してあげたいと思ったということ。今まで過食嘔吐に付き合ってくれた、内臓さんたちへの感謝のプレゼント。「胃腸さん、今までどうもありがとう。」そして、今、摂食障害に向き合って頑張っている、まだ見ぬ多くの友人たちへいつか届けたいと思っています。チネイザンを習って半年。正直、まだ時々、過食嘔吐しています。だけど、「何か」は確実に変化しています。まだまだ、私は学びの途中。でも、確信しているのは、チネイザン以外の学びも含めて、必要としてくれる誰かに届けられる日は、一日一日と近づいているということ。そう信じて、日々精進するのみですー!必ず、良い方向に進んでます。そう信じて、一日を大切に過ごします。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。そして、これからもお付き合いいただけると嬉しいです♡私の摂食障害歴 おわり

  • 12Jul
    • 摂食障害をテーマにした映画『空(から) の味』

      今日、渋谷のアップリンクで、監督の摂食障害の実体験をもとに制作した『空(から)の味』を観てきました。(画像は、公式ページから拝借)高校生の女の子が、摂食障害(過食嘔吐)になり、家族や友人、恩人との間で揺れ動いていく 心を映した作品でした。上映後には、塚田監督とマキさん役の林田さんのトークショーもありました。たまたま映画サイトを眺めていて見つけた映画だったのですが、自分の今のタイミングで出会えたことに、すごく意味があるんじゃないかと思います。ピンときて、すぐ観に行って、本当に良かった。主役の高校生のサトコは、まるで昔の自分を見ているかのようで…コンビニでパンをいくつもカゴに入れたり、(もう思考は停止していて、目は虚ろ)夜中に黙々とスナック菓子を食べ続けて、足りなくなったらコンビニへ行ったり、家族と食卓で一緒にごはん食べて、すぐにトイレに吐きに行って、「バレてないかな?」って気持ちで席に戻ったり、ずっと、胸とか胃のあたりが、その頃の記憶を思い出して、ギュッとか、ムカムカと、してました。今はだいぶ回復して、摂食障害になったことに感謝しているけれども、当時は、自分のことが全然わからなくて、頭がグチャグチャで、どうしたいのかも、よく分からなくて。「自分サイテー!」「誰か助けて」「治したいのに、どうしたらイイの?!」って思ってるくせに、「どうせ分かってもらえない」って、どこかで決めつけていたり、人が言うことがキレイゴトに思えて、腹が立って、素直に受け入れられなかったり。(たぶん、自分が今書いてるブログの内容みたいなことにもムカついてた)そんな感情を、ぶわっと全身に思い出しました。トークショーで、監督とマキさんが話していたことが、印象的すぎて、少し書き出してみたいと思います。(うまく表現できるかな?)「お母さん(役)は、サトコのために思考錯誤して、でもサトコにとっては腹が立つことを言って。だけどそれは、サトコを愛して、心配してるってことに変わりない。マキさんの話が途中で二転三転したとしても、マキさんが優しい人であることに変わりはない。サトコが今日は治りたいって思って、次の日には母親をムカついたとしても、サトコがその時の感情を味わって、心が動いて、前進していることに変わりはない。」その表面じゃなくて、奥にあるもの。「大丈夫とか、大丈夫じゃないとか、頑張るとか、頑張らないとか、良いとか、悪いとかじゃなくて、なんでも、そのままでOKみたいな大丈夫じゃなくても、生きているだけで良い。」その瞬間を切り取って、ジャッジするんじゃなくて、その時の自分を、ただそのまま、味わえば良いんじゃないかって。またもう一度、いや、何度でも見たいな。こうやって、夜中にブログ書いてるのには理由があって、実は、東京での『空(から)の味』上映は、明後日の7月14日(金)までなんですよ!!!!だから、一人でも多くの人に見てもらいたいなと思って、焦って書きました。もし、誰にも相談できなくて、だけど今の苦しみから距離を置きたい人がいたら、心からおすすめしたいと思います。塚田監督、スタッフのみなさん、素晴らしい作品をこの世に産み出してくれて、どうもありがとうございました!

  • 11Jul
    • 私の過食症歴 ⑤結婚して克服…離婚して再発

      会社に入って2年目に、好きな人ができた。同じ会社の先輩で、包み込んでくれるような優しさの人だった。同じ国へ海外出張へ行き、一緒に過ごすうちに仲良くなって、付き合うようになった。考えることがとても似ていて、シンクロすることも多くて、「こんなのどうかな?」と提案すると、「ええやん、ええやん」といつもポジティブに受けとめてくれた。自然と「結婚したいな」と思えるようになって、付き合いはじめてから2年目に結婚の話が前へ進んだ。でも、自分が過食症であることは、なかなか打ち明けられなくて、言うべきか、隠し通すべきか、迷っているうちに、入籍の日を迎えてしまった。だけど、自分の中で、“ある思い” が大きくなるのを感じていて、ついに彼に全てを話すことにした。「実は私…ずっと過食症だったの。でも、どうしても、過食症を克服してから、赤ちゃんを授かりたいと思ってる。」その頃の私は、有難いことに、毎日吐いていても、正常な生理が定期的にあった。身体も健康だった。だけど、お腹に赤ちゃんがいる状態で、食べ物を吐くことは、絶対にしたくないと思っていた。赤ちゃんに申し訳ない、恥ずかしい・・・そんな気持ちでいたから。だから、今度こそは、この過食症とおさらばしなければと、固い決意を打ち明けた。すると彼は、泣きながら、「協力するよ。一緒に治そう。」と言ってくれた。こんな私を受け入れてくれる彼に、心から感謝した。本当に素敵な人と結婚したと思った。すごく、すごく嬉しかった。それから大きなカレンダーを用意して、毎日食べた内容と、吐かなかった日は花マルを書いた。過食の衝動が起きても、口の中でチューイングして、飲み込まずに吐き出すのは、OKにした。どんどん花マルの日が増えていって、過食の衝動にも、勝てるようになっていった。そして、記録カレンダーを始めてから約半年後に、嬉しい嬉しい妊娠の陽性反応が出た。やったーーーーー!!!本当に、本当に嬉しかった。「私、過食症を治して、お母さんになれる!!!」その後も過食せずに、2012年5月に無事に男の子を出産。授乳期は、食べても食べても、太るどころか、どんどんと栄養が子どもに行くから今までで一番痩せて、食べることが楽しくて仕方がなかった。子育ても楽しいし、優しくて協力的な旦那さんと一緒で、最高に幸せな毎日だった。この3人なら、この幸せの絶頂は、いつまでも、いつまでも続くと思った。お互いが仕事のストレスや悩みで心が折れそうになった時、何度も何度も、支え合って乗り越えた。2人で共通の夢も抱いた。その夢とは…家族で自然が美しい田舎に引っ越して、彼が畑を耕し、私がその美味しい野菜を料理して振舞うリトリートを作ること。そのリトリートは、都会から摂食障害の人が来て、安心して食べられる“本物”の食べ物に向き合い、「やった! 私、今日一日吐かなかった!」と、小さな成功体験と自信を得ることが出来る、そんな場所にしたいと思っていた。それに向けて2人で準備するのは、とても楽しいことだった。夫婦でケンカすることはほとんどなくて、友人や同僚からも羨ましがられる仲良し夫婦だった。…だけど、結婚5年目に、2人の夢の実現に向けて生活を大きく変えていく途中、私は相手を労わり、感謝する気持ちを忘れてしまった。私の自我はどんどん大きくなって、ワガママで、自己中心的な妻であり母になってしまった。私が幸せだと思っていた結婚生活は、彼がたくさんのことを我慢してくれていた上に成り立っていたと知った。どんどん、どんどん、色んなことが上手くいかなくなって、思い描く夫婦像とは、かけ離れていってしまった。…私は一旦、思い込んだら、極端に視野が狭くなってしまう人間だ。気付いた時には、彼に親権を渡して、離婚してしまっていた。正気に戻った時には、もう、自分のことが嫌になりすぎて、身体と心がバラバラに崩れて、解体してしまいそうだった。自分のことを、うまくコントロール出来ない。これは、摂食障害の過食スイッチと同じことなのかもしれない。別れ際にも、私は彼に「摂食障害の人たちの役に立てるように、もっと勉強したい」と言ったけれども、「今のような人間のまま、何かしたって、傷つく人を増やすだけだ」と言われたことが、頭から離れない。離婚のストレスから、いつの間にか、食べては吐く生活に戻ってしまっていた。5年半もの間、自分は過食症を克服したと思っていたのに、過食→嘔吐は、あっさりと私の元へと戻って来た。食べている間の何も考えられなくなる感じや、胃から食道にかけての懐かしい感覚が蘇った。吐き終えた時に少しホッとするあの感覚を、私は再び求めてしまった。だけど、今度は自分、このままじゃ、イケないんだよ!今まで、旦那さんや友達に支えられて摂食障害を乗り越えてきたけれども、今度は自分自身の力で、乗り越えなくちゃ。深い、深いところで、自分自身と向き合って、つながって、本気で自分を変えなくちゃ。今度こそ、本当の意味で、自分の身体と心の主にならなくちゃ。自分のことを、心から「大好き!!」って胸を張って言えるようになりたい。もうこれ以上、大切な人たちを傷つけたくない。自分は、変わりたい。前進していく自分自身へ、そして、同じように摂食障害に苦しむ人たちへ、応援のエールを送り続けたい。…そんな思いから、今、このブログが、ここにある。離婚から、この記事を書けるようになるまで、約10ヶ月かかった。その間に、私に関わってくれた全ての人々、私に起こった全ての出来事に、感謝したい。本当にどうもありがとう。(誰にもまだ、このブログの存在を教えていないけれども)→ 私の過食症歴 ⑥へ

  • 08Jul
    • ファスティングは、終わったあとが大切みたい…σ^_^;

      ファスティングを終えてから2日目、ひょんなことからビュッフェランチをすることになりました。(それ以外、選択肢がなくて…涙)ファスティングすると、お腹はすっごく「今の自分の最適量」を把握しているっぽくて。食べはじめから、「もうワタシ、いらないんですけどー」と、話しかけてくるのを感じつつ、「いやいや、せっかくビュッフェなんだから」と胃腸さん達をなだめつつ食べてました。だけど途中で、もう胃が「ツ、ツラい…」と泣きはじめて。もう、消化拒否!! みたいな感覚。なんか、人生初のバケーション後の新人さんに「ほら、やれよー!!」と、大量の仕事を与える鬼上司のような気分です。トイレに行って、久しぶりにリバースしました。そしたらちょっと落ち着いて、心拍数も元に戻っていく感じ。ごめんね、胃腸くん。この経験で、ファスティングは、終わった後が大切だなぁと学びました。良い学びを与えてくれて、ありがとう今度はもっと計画的に、ファスティングを終えた後も、数日間は外食の予定は入れないように気をつけます!

  • 06Jul
    • 人生初! ファスティングできたよ〜!!

      う、う、うれしい人生初!ファスティング(半断食) 出来ました1日半の短い時間だったけど、食べたい衝動にも襲われず、自分の身体に起こる変化をゆっくり観察することができて、とても良い時間を過ごすことが出来ました。オギャーとこの世に生まれた33年前から、たぶん1日たりとも、食欲を手放せた日はなかったでしょう。特に、中学生で過食症になってからは、一日たりとも、自分の内臓を、お休みさせてあげられたことはなかったでしょう。去年、マクロビオティックの勉強を始めてから、ずっとファスティングには興味があったんだけど、「まだ私には難しいだろうな…」って、思ってました。だけど、食べ物を変えていくうちに、心が整っていくうちに、「あ、今の私なら出来るかも」という思いが強くなり、周りの人からの良い刺激もあって、今回、実行することが出来ました!!今回は「絶食」「断食」ではなくて、1日半で⇩のものは摂取しました。*具なしの味噌汁*高キビの甘酒入り寒天*黒焼き玄米茶*梅干し*梅酢ドリンク*酵素ジュース (思いがけず、当日に頂いたパワー溢れるもの!)*スイカの汁*水あ、意外と色んなものを口に入れている(笑)1日目はヨガとグループ瞑想会に参加して、2日目は家で過ごしました。2日目の朝は、好転反応なのか?グッタリして、少し頭痛もしました。本当はあと数日続けて、様子を観察したかったけれど、翌日は外食することになってしまったので、2日目の夜には回復食を作って食べました* 柔らかく炊いた玄米 150回噛み* カブのポタージュ* たくあん2日終わって、心なしか肌がキレイになったような。ファスティングって、みんな健康のためとか、ダイエットのためとか、色々な目的があると思うけど、摂食障害の経験者にとっては、今まで頑張ってきた自分の内臓さんを、愛でてあげる。自分の内臓さんへ、感謝を送る。そんな時間なのかなとも思いました。また少し間を置いて、今度はもう少し長く挑戦してみたいと思います!!最後まで読んでくださって、ありがとうございます

  • 20Jun
    • 私の過食症歴 ④人に支えてもらった回復~停滞期

      神奈川県の大学を卒業後、地方の国立大学の大学院へ進学。初めて関東を離れて、全く知り合いのいない土地への引越し。大学院の研究室では、毎日朝から晩まで一人で机に向かう。「あれ?わたし今日、声を発したっけ?」なんて日もあるほど。それまで、毎日たくさんの友達に囲まれて、忙しく動き回ってきた生活。そこから一転、急に静けさが自分の周りを包む。今までは、ごちゃごちゃっと、自分と向き合うことを誤魔化して、避けていたことが、すごくよく分かるようになる。関東で自分の周りにいてくれた友達は、「私は正しい!!」「世界は私を中心に回っている!!」という私の傲慢な部分を、許して、付き合ってくれていたことに気づく。大学院の先輩たちも、当時自分が持っていた変な自信をへし折ってくれた。「あぁ、自分って本当に嫌なヤツだな。」「私、このままじゃダメだ。」「変わらなくっちゃ」22年間、生きてきた中で、初めて、そう思えた時間だった。それからは、大学院に入って出来た唯一の友達に、自分が過食症であることを打ち明けた。その友達は、毎日毎日、朝昼晩とどんなものを食べたか、メールで報告し合うことに付き合ってくれた。それでも、ほぼ毎日、食べては吐いてしまっていたけれど、確実に食べる量と吐く回数は減っていった。そして当時、私をすごく勇気づけてくれた映画、『ヘアスプレー』(アメリカ / 2007年) 内容は、ぽっちゃりして、めちゃくちゃ明るい高校生の女の子が、「人は見た目じゃないのよ」「大切なのはハート」「ありのままの、あなたが最高!!!」って、ひたすらポジティブ & ハッピーにメッセージを伝えてくれているミュージカル映画。体重が増えることがが怖くて、怖くて、自分では決して太れないけれど、そのぽっちゃりした女の子がかわいくて、魅力的で、すごく愛おしく思えた。「いいなぁ。私もあんな風に、体型を気にせず、キラキラして生きていきたい。」そんな憧れというか、目標というか。修士論文を書いていて精神疲労と、過食症との戦いで辛くなった時、何度もモーニングショーで見に行ったなぁ。懐かしい・・・そんな大学院での2年間を終え、千葉の会社に就職した。一番ひどい頃よりもマシだけど、毎日のように、食べては吐く。罪悪感もなく、淡々と。それが日常、それが普通、そんな数年間が流れていった。過食症歴 ⑤ へ続く→

  • 08Jun
    • 私の過食症歴 ③どうしてもやめられない最悪期

      神奈川の大学まで、片道2時間の通学がしんどくて、大学2年の途中から、一人暮らしをさせてもらった。生まれて初めての一人暮らし。生活のすべてを自分の思い描くものにできる一人暮らし。だけど、過食症のおかげで、自分をコントロールする力を完全に失っていた私は、どんどん泥沼にはまっていった。食べては吐くの、365日 永遠のループ。おしゃれなイタリアンレストランでのバイト。バイト仲間と楽しくまかない料理を食べた後、閉店間際のスーパーにかけこんで、値引きされた商品をスーパーの袋2つ分、いっぱいに買って、アパートに帰って、全部食べて、全部吐く。スーパーに入った時点から、もうスイッチが入ってしまっているから、スーパーを出た時には、何を買ったのか覚えていない。食べ終えた時には、何を食べたのか、覚えていない。そして吐きながら、「あぁ、これ食べたな」なんて思い出したりする。大学の図書館で勉強してても、こそこそ隠れながらお菓子を食べて、図書館のトイレでも吐く。休日は、近所のホカ弁屋さん、コンビニ、スーパーと家の往復。一日に何回食べて、何回吐いて、何錠下剤を飲んで、何回体重計に乗って、何回食べ物を求めて外に出かけたことか。どんな食べ物が吐きやすいのか、完全に把握している。クッキーとか、プリンとか、カステラ系、良いよね。ジャンクフードも胃の中でドロッとするから・・・牛乳があると、なお吐きやすい。とか。出かけても、どこにトイレがあるのか、どこのトイレなら長居できるのか、どんなトイレが吐きやすいのかも把握している。そんなことが日常になりすぎて、「私は、今、この人生に必要なことを学んでいる。経験しているんだ…」なんて思いながらも、やめられない自分が醜すぎて、辛すぎて、むなしすぎて、悲しすぎて、鏡に映るパンパンにむくんだ自分の顔を見て、「まるで野獣のようだ」と思った日を、今も鮮明に覚えている。自分は、何のために食べて何のために吐くのか?この食べて吐きたい衝動は、どこからやってくるのか?・・・さっぱりわからなかった。ついに、高校からの親友に、自分が過食症であることを打ち明けた時、「ぜんぜんそんな風に見えなかった!」と言ってくれた。それは、そのはず。私は外では明るくふるまっていて、元気ハツラツのリーダータイプだったから。今思うと、本当に嫌になっちゃうけど、「自分は正しい!!」って、主張するヤツでした、私。変な自己肯定感とプライドと自信があったような。…今振り返って思うと、なんてアップダウンの激しい毎日を送っていたんだろうって、驚いてしまう。アクセルびゅーんって踏んだり、スイッチ入ったり、切れたり、笑ったり、怒ったり、凹んだり。あぁ、もっと穏やかな学生生活を送れていたらな。食べることと吐くことに支配されていなかったならば、あの無駄にしてしまった何千時間で、たくさんの本を読みたかったな…それが今あるたった一つの後悔です。過食症歴 ④ へ続く→

  • 26May
    • 『摂食障害の症状を緩和するヨガ』

      摂食障害に関する情報をシェア私は普段、週一くらいでヨガをしているのですが、身体を動かす、と言うよりも、動きながら瞑想している感覚で、ヨガしている間は、心と身体の調和が取れている感じがします。過食し始める時の、あの衝動的な勢いとか、まるで戦闘態勢に入って、他のことを何も考えられない自分とは、かけ離れた心地の良さです。自分の中での最近のキーワードは、『 自律神経のコントロール』で、ヨガがとっても役に立っているのを日々実感しています。ヨガ・ジェネレーションというサイトを見ていたら、『接触障害の症状を緩和するヨガ』のイベントを発見しました!!!!!これはもう、参加するしかない2017年6月22日(木) @東京2017年8月24日(木) @大阪2017年9月1日(木) @東京※いずれも時間は 9:30 〜 18:30 です。私は、9月1日(木) に参加しようと思います。ヨガ・ジェネレーションに問い合わせたところ、初心者の方、普段はヨガをしていない方、誰でも参加OKとのことでした。どなたか一緒に、参加してみませんか??心が ピピッ と反応したら是非どうぞ。連絡もらえると嬉しいな〜参加したら、またレポートしたいと思います!

  • 25May
    • 私の過食症歴 ②症状悪化~過食症の自分認めるまで

      高校に入学した私は、空手道部に入部。毎日運動することで、体重も徐々に落ちて、気持ちも落ち着いた。夏の間は、食べても食べても太らないから、食べ物に関するストレスなし!自分が「摂食障害」予備軍であることは、すっかり忘れることが出来た。放課後に毎日、アイス食べたり、スタバでフラペチーノ飲んだり、夜中までお菓子食べたり、女子高生らしく、友達との付き合いを楽しんだ。だけど、秋冬になると、どうしても太ってしまう。友達と「ダイエット」と言って、お弁当を、幼稚園の頃に使っていたお弁当箱にしてみたり・・・そのくせ、家ではドカ食いして、再び吐くようになっていった。吐き方もどんどん上手くなって指なんか使わなくても、腹筋をうまく使って、すぐに吐ける。もちろん、友達になんか打ち明けられず、自分一人で抱える秘密だった。高3の夏になって、部活を引退。それまでは、「冬だけ」「時々」だった過食嘔吐が、ついに、日常的な習慣になっていく。あぁ、なんで自分をコントロールできないんだろう!!!ダメな自分弱い自分太って醜い自分食べ始めて、一度スイッチが入ってしまうと、おなか一杯になるまで手を止めることができない。そして、お腹が「スッキリする感じ」がするまで吐き切らないと、絶対に眠れない。母親に対して、「私、毎日すっごい量を食べてるのに、おかしいと思わないんだろうか?バレてないかな??」と、いつもヒヤヒヤしていた。でも今思うと、気付いて欲しかったのかもしれない。そして、助けて欲しかったのかもしれない。高校を卒業後、大学へ進学千葉から神奈川まで片道2時間の通学だった。一年生の時にたまたま履修した『スポーツ健康科学』かなにかの授業。その教授の話が面白くて、「この人にだったら、打ち明けられるかも。この人だったら、良いアドバイスをくれるかもしれない。」と思って、授業の後に研究室まで会いに行った。教授は、「大丈夫だよ。上から出すか、下から出すかの違いだけだ。」と、冗談を言いながら、ニコニコと、一冊の本を紹介してくれた。それが、『生きがいの創造』   飯田史彦 著 PHP文庫…ぜんぜん摂食障害とは関係のない本だった。だけど、この一冊に、私は心底救われた。(まだ読んだことない人には、おススメです。今は 『生きがいの創造 完全版』 という新刊が出ています。)そこには、人間が生きる意味が書かれていた。そして、どうして自分がこの状況に置かれているのか、わかった気がしたんだ。「私は、とても"順調に"この人生に必要なことを全て経験している」そう思えると、「なんで私だけ、こんな辛いことを経験しなくちゃいけないの?!」と、自分を嫌い、憎んで、先の見えない真っ暗なトンネルをとぼとぼと歩いていた私に、コペルニクス的な発想の転換がもたらされた。「今はわからないけれど、この経験は将来、必ず、何かの、誰かの、役に立つ」そう信じることで、「私は過食症である自分」を認めることが出来るようになった。そして、初めて、母親に過食症であることを打ち明けた。母は「今まで一人で辛い思いをしてたんだね。協力するね。」と言ってくれたが、実際にはほとんど何もアクションはなかった。(どうすれば良いか、わからなかったのだと思う)…こんな心境の変化があったものの、既に完全に習慣化されていた食べる → 吐くの最強無限ループからは、そう簡単には抜け出せなかった…過食症歴 ③ へ続く→

  • 20Apr
    • 私の過食症歴 ①きっかけ~初嘔吐まで

      私の約20年に及ぶ過食症歴勇気を出してここに書き出すことで誰かの気持ちがちょっとでも楽になると良いな♡現在33歳の私が、摂食障害(過食嘔吐)になったきっかけは、中学2年生の冬当時、顧問がすっっごく厳しい陸上部に所属していた。特に冬場は、「女子はすぐに太るから」と言って、毎週、保健室に呼ばれ、その顧問の目の前で体重計に乗らなくてはいけなかった。すっごく嫌だった。その頃の体重は、158cm 50kgくらい。食べたい盛りなのに、太っちゃいけない。でも、学級委員とか、生徒会とかやって、「超!!」がつくほどマジメだった私は、一生懸命、顧問の期待に応えようとした。家でも、天ぷらの衣をはがして食べたり、山盛りの海藻を食べたりしてた。メロンパンは、上のカリカリのところだけ食べて、下のフワフワの部分は捨てた。この頃から、食欲の感覚や食に対する執着心は、おかしくなり始めていたと思う。中3になって陸上部を引退部活をやめてもすぐに食欲がおさまるワケもなく、受験勉強のストレスも加わってぶくぶく、ぶくぶく太り…あっという間に 60kg !!あり得ない。これは、許せる体重じゃないーー!!!!!どーーーにかして、体重を落とさなければ。そして私は、生まれて初めて、自ら吐くという経験をした。自宅のトイレで、こっそりと・・・過食症歴 ② へ続く→

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