今日は、W杯日本代表の第2戦ですね。


体調があまりよくないため、おそらく自宅でテレビ観戦します。


オランダの正式名称はKingdom of the Netherlandsです。



さて、僕は16歳の頃、毎日飽きることもなく、放課後にゲームセンターに通いつめて、virture strikerというサッカーゲームをしておりました。


その際、愛用していたチームが“Netherlands”でした。



そして、そのゲームで最強とされていたFranceに立ち向かっておりました。


おかげで、いつかの模試でこの単語がでた時、ばっちりオランダと書いたのを記憶しております。



当時はサッカーに関して、大して詳しくはなく、ルート・ファン・ニステルローイとファン・デル・サールくらいしか知りませんでした。


彼らのトータルフットボールが大会を通して機能するとは思えませんが、なんとなく愛着があります(^^)v


まぁ、2-1で日本の負けか。


負けるにしても点差は1であって欲しいな~



スイス、セルビアの再来あっれ( ̄ー☆

今から、友達とサッカー見てくる~!!


色んな意味で忌々しい記憶しかない2006W杯…


1勝1敗1分でのGL突破と踏んでるので、今日のカメルーン線は落とせない!


2-1での勝利を願ってます(-人-)
「やればできる」のではなく、「やることができない」のです。


湊かなえ


taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-201006100422000.jpg





クエンティン・タランティーノが個性派俳優を集めて作り上げた鮮やかな監督第一作。



激しい暴力描写にもかかわらず、なぜかポップな印象を受けるのは、ユニークな語り口とクールな音楽センスの効果だろうか。


そして、一番ダサい役をタランティーノ自身が演じているのも、いかにも彼らしい。


デビュー作で、金がなかったためか、話が短いのが残念だが、今となっては犯罪映画の古典。


★★★☆☆



トリビアとしては、、、


  • 海外ではゲーム化もしている(ニュージーランドでは発禁処分。)。

  • 冒頭でタランティーノがマドンナの代表作である「ライク・ア・バージン」について極端な解釈を披露するシーンがある。そのため、後にタランティーノはこの解釈をマドンナ自身にダメ出しされたという。

     その解釈とは、『主人公は本当に処女だったのではなくて、ただのビッチだった。そして、巨大な男根を挿入された時に、まるで初体験のような痛みを感じた』、というもの。



  • 趣味を職業にすべきでない。趣味は趣味だから楽しいのだ。趣味を生業にすることは、最高の友人を失うのに等しい。


    元通産省事務官、本名不明





    ※今日の一言シリーズは、その日出会って、妙に感心した言葉を書いていく予定です。

    また、特に自分の考えと一致しているわけではないので、あしからず。


    taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-201005171219000.jpg


    お気に入りのハンバーガー屋。


    三軒茶屋のBaker Bounce



    ファストフード業界が高価格高品質(?)路線に出てるけど、グルメバーガーと言われる部類のものはやっぱり格が違う。


    高い金出しても、食べたくなる。



    taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-201005171158000.jpg


    相変わらず、写真下手ですみません・・・。


    おいしそうな感じ伝わりますかね?



    ここのいいところ

    ・ケチャップが手作りですごくおいしい。

    ・お姉さんの乗りがすごくいい。

    ・一人でも全然余裕。

    ・帰る時、店員さんが外まで見送ってくれる。



    いつか茶沢通りに住んでみたいな~


    交通の便はあんまり良くないだろうけど。



    よし、寝るぞ。

    学問に貴賤なし、とは言うけど、その実用性に関しては有意な差があると思われる。


    僕が考えてるところでは、

    社会において、
    法学=骨
    経済学=血液
    文学=神経
    工学=筋肉
    医学=ホルモン笑



    金融リテラシーという言葉がある。リテラシーというのは読み書き能力のことで、金融リテラシーってのは金融に関する知識や能力のこと。


    「株の取引をするには必要かもしれないけど、株には興味がないので、金融リテラシーなんて関係ない」というのが多くの日本人の印象なのでは。それに、「お金のことに詳しい人は人間的ではない」とか「お金よりも大事なものがる」など、金融と言うと日本ではあまりよくないイメージがあるように思われる。もっとも、これは経済学者のひがみなのかもしれないけど笑


    そもそも、教育現場では、「お金のことを考えるのは、はしたない」という意識が強いのではないだろうか。教育の目的はお金を稼げるようになることではなく、豊かな情操をもった人間を育てることだ、という意識が強いのだろう。


    もっともな感情だと思うが、誤解もある。同じ所得であっても、金融の知識があればもっと豊かになることができたかもしれないのに、みすみす貧しい生活をしなければならないとすれば、金融知識がないよりはあったほうがいい、というのが個人的見解。





    日銀の情報サービス局に事務所を持つ「金融広報中央委員会」が、全国の20歳以上の男女4000人に金融リテラシーについてのアンケート調査をしている。


    質問1.
    同じ年齢のAさんとBさんがいます。Aさんは25歳の時、毎年20万円ずつ貯蓄をし始めましたが、Bさんはしていません。50歳になった時、Bさんは退職後の生活に備えてお金が必要だと気付き、毎年40万円ずつ貯蓄をし始めましたが、Aさんの貯蓄は相変わらず毎年20万円のままです。さて、2人が75歳になった時、どちらが多くのお金を持っているでしょうか。

    1.2人とも同額を積み立てたので、同額を保有している。
    2.Aさん。長期にわたって貯蓄していて運用されているから。
    3.Bさん。1年間の貯蓄額がAさんより多いから。
    4.よく分からない。


    金利のことを考えると、正解は2。実際に、2と回答した人の比率は、71.3%でしかない。


    これくらいなら簡単だと思った人は、次の質問は?



    質問2.
    国債の金利と価格の関係を正しく説明しているのは、次のうちどれか?

    1.国債の価格が上がると、金利が上がる。
    2.国債の価格が上がると、金利が下がる。
    3.国債の価格と金利との間には、何の関係もない。
    4.よく分からない。


    答えは、2である。この問題に正答できた人は、16.0%にすぎない。


    ちなみに、経済学を専攻している人に限ると、36.6%であるが、この低さは経済学の教育に問題があるのかもしれない。初歩的なマクロのテキストに載っている常識。P=D/r



    質問3.
    100万円を年5%の金利で1年間借りました。その後、毎年同じ条件で借り換えて、元本と金利を5年後に一括して返済しました。5年後の返済額に関する以下の説明のうち正しいのはどれでしょう?

    1.単利計算であるため、5年後の返済額は、およそ125万円である。
    2.単利計算であるため、5年後の返済額は、およそ128万円である。
    3.複利計算であるため、5年後の返済額は、およそ125万円である。
    4.複利計算であるため、5年後の返済額は、およそ128万円である。
    5.よく分からない。


    正解は4である。この計算が正しくできないと、サラ金に引っ掛かってしまう。笑


    日本人の正答率は22.2%。


    ちなみに、最もサラ金に引っ掛かりやすいのは、1と答えた人ですよ~


    さらに、経済学を専攻している人ん限ると、38.4%であり、経済学教育の効果があることは間違いないが、この結果の悪さには、大学の経済学教育の中身に疑問を持たざるを得ない・・・。





    経済学や金融の知識が乏しくても、「困ることはない」と思っている人も多いと思うが、上の例からも分かるように、最低限の知識がないと、人生で大きな損をしてしまう可能性が高いことが分かる。


    金融知識を身につけたり、経済学的な考え方を学ぶことは、人間の本能的な思考方法を見直して、よりよい選択を可能にする上で有益なのだ。


    法曹になる人、物理学者になる人、医者になる人は別にして、普通の人が日常生活で一番使えるのは経済学じゃないかな?


    すっごい個人的で偏った考えなんでフィードバック下さい笑

    ハロー☆

    生まれて初めて、納豆カツカレーなるものを食べたけど、

    こりゃうんまい!!!

    納豆好きの方はぜひお試しあれ~



    昨日、ちょろっと表参道ヒルズに行ってきた。


    taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-201005142312000.jpg


    John Mastersのボディークリーム


    キャッチフレーズが、赤ちゃんも使える素晴らしいオーガニックアロマのハッピーなボディークリーム。


    ちょっと高い(相場は知らない笑)けど、これ使って、夏までに背中ニキビ治すぞー(・∀・)




    さて、



    ブラック・ジャックはトランプのカードを使うゲームであるが、これもカードの出方がまったく偶然で癖がないと勝ち目がない。ところが、カードは4セットから6セットを同時に使うが、ある程度カードを使うまではカードをシャッフルしなおさない。したがって、出てきたカードを覚えておけば、残りのカードの種類が逆算できるわけで、それによって次に出るカードの癖を計算することができるから、ルーレットの場合と同様、長くやっていれば理論的に勝つことができる。映画「レイン・マン」の中で、ダスティン・ホフマンとトム・クルーズがブラック・ジャックで大勝ちするのもこの応用である。しかし、実際にやってみると分かるが、理論的に勝てるまでに完璧にカードを覚え込むのには相当な集中力を要する。そしてこの作戦を中途半端にやるとかえって大敗を喫することになるのだが、これに関して私はこれ以上詳しくは語りたくない。(第3章:リスクと不確実性より)



    男性が女性の容姿服装を誉めるのも、戦略的にはこれらと同様なはずである。面と向って相手が醜いと言うはずもないから、物売りが自分の売り物の自慢をしているのに戦略的環境は近い。したがって、その言葉自体が意図する肝心のコミットメントの効果は薄いはずなのである。ところが、この戦略が結構頻繁に効果を上げるところを見るに、女性には戦略的思考が欠けていると結論せざるを得ない。しかし、男性の場合はさらにひどくて、少し女性におだてられると単に喜ぶだけにとどまらず、食事代でも洋服代でもなんでも支払ってしまうから、戦略的思考以前の問題で話にならない。なぜ女性がそんなことを言うのかを戦略的に考えることのできる男性がもう少し多ければ、世の中はずっと違ったものになっていたはずである。(第7章:シグナリングより)



    電車の中で不届きな行為をする男性は多いらしく、世には女性専用車両というものがある。女性専用車両であれば安心ということだが、情報の問題を考慮すると少々複雑な事情もある。女性専用車両ができるということは、女性専用車両に乗るということがシグナルになるということで、裏を返せば、女性専用車両に乗らないということもシグナルになるということだ。女性専用車両にあえて乗ろうとは思わない女性にとっては、このシグナルを出すか出さないかはむしろ偶然の部類に属するから、もとよりシグナルにこめる意図は何もない。ところが、そのシグナルの意図を解釈するのは本人ではない。女性専用車両に乗らないということは、不届きな行為に対して寛容だという意思表示であると取られかねない。そのような解釈をこのシグナルに付与する人は多くないであろうが、不届きな行為に及ぶ男性ほどそう解釈しがちだと考えるのは戦略的思考が過ぎるであろうか。(同じく第7章より)



    続きが気になる方は↓↓↓



    taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-201005152337000.jpg


    中公新書から出てる『戦略的思考の技術~ゲーム理論の実践~』(梶井厚志著)


    もともとはゲーム理論の入門書として京大で使われてるやつだけど、難しい数式とかは出てこないし、単純に読み物として、面白いよ。


    少なくとも、今より頭使って生活できるはず!!


    あ~パリ行きたい。



    taul-macartney's blog~自由人の意外な一面~-48865561_165856288s.jpg



    2次試験は駒沢か・・・遠いな。



    あでぃおす(`・ω・´)ゞ


    「賃金規制は、死亡率を高めている」

    イギリスの経済学者が発表した論文の主張。


    全国で一律に看護師の賃金が決められていると、大都市では他の代替的な仕事の賃金が高くなり、優秀な看護師を集めることが難しくなる。そこで、高賃金地域の病院は、賃金規制の対象外である派遣看護師をより多く雇うことになる。派遣看護師は、常用看護師よりも当該病院内のことに詳しくない上、経験も少ないことが多い。このため、病院のパフォーマンスを引き下げる。彼らの研究によれば、地域で民間企業の女性の賃金と看護師の賃金の間の格差が10%拡大すると、心臓発作による死亡率が5%上昇するという。

    この衝撃的な研究結果は、我々にとって他人事ではない。日本の医療制度も診療報酬点数制度という規制体系のもとで運営されている。小児科医や産婦人科医が不足して大きな問題になっている。いわば、医師の報酬が規制されているために、医師の診療科目によって需給ギャップが発生しているのだ。

    賃金規制をすることで、我々はサービスの質の低下に直面している。実は、この問題は看護師や医師に限ったことではない。公的部門の賃金は、集権的にきめられることが多い。その結果、市場実態からかけ離れた賃金が支払われていることがしばしば問題になる。公営バスの運転手の高賃金はよく知られた例である。そのような民間と比べて過大な賃金は、引き下げる必要があるのは当然だ。一方で、公的部門の賃金が過小なために、公的サービスの低下というコストを支払っている可能性がある。

    警察官や教師の賃金が相対的に低くなると、代替的な仕事が多くある都市部では、警察官や教師の質が低下してくる。その結果、治安の悪化や教育の質の低下に直面するのは、我々だ。

    財政再建のために公的部門の給与の一律カットをすることが多い。一律カットは、当事者の間の利害対立を抑えるためには政治的に有効な手法だ。しかし、職種によってはもともとの賃金が民間の同種賃金よりも高いものも低いものもあったはずだ。民間に比べて当初から低い部門の賃金が一律カットで下がってしまうことのコストは、生産性低下として跳ね返る。政治的には困難であっても、本当に過大な賃金が支払われている部門を峻別していくことが必要だ。

    賃金規制が派遣看護師を増やした結果、病院の質が低下したという結論には、我々にもう一つの教訓を与えてくれる。それは、日本の正社員への強い雇用保障が、派遣や非正規社員を増やしたことから生じた副作用である。

    優秀な派遣社員であったとしても、正社員ほど職場の状況を知らないだろう。職場にはトラブルがつきものだが、めったに発生しないトラブルに直面した時の対応が、企業の命運を決めることが多い。経験が少ない派遣社員や非正規社員が多くなると、いざという時の対応で致命的なミスになる。労働市場規制の在り方が企業の死亡率にも影響しているのかもしれない。

    What about people who seem to be lucky? We all know them. Everything they touch seems to turn to gold. Never a misstep and always upward. I think a lot of this is just plain hard work and work that we don't see. We just see them winning, but we don't see them sweating. I think that they learn early how to succeed and just keep repeating the process through trial and error. From the outside we think they are lucky.


    David Parmer "Lucky You", Japan Times