フィギアスケートを見ていた。
うちの子どもたち、フィギアがあると、母の帰宅にあわせてチャンネルを変えて見せてくれる。
特別な圧力は、そこにはない

女子のフリーは、お店でお顔そりエステの練習をしながらみた。
大急ぎで家に戻り、男子フリーの演技を楽しみにしていると…

お布団を敷かないと。
お風呂の掃除もしないと。
合間を縫って、家事をしてると…
大変なことが起きた。
羽生選手が中国選手と衝突。
怪我をしてしまった。
見ていた人はわかるかもしれないけど、かなりの衝撃。頭を打ってるから、脳しんとうを起こしてる。
絶対に演技してはいけないと思った。
滑ってるだけじゃなく、まわるんだもん。あたし、普通の時でも回ったら、頭がくらくらするよ。
いくら鍛えているといっても…。
そう思うのと同時に、この子は棄権しないよ、絶対にって思った。
スケートは、自分だけのために滑ってるわけではないって感じてるから。
多くの人に支えられて、自分はいるってことを知ってる。そして感謝してる。
だから、自分の都合で滑ることを辞めちゃいけない。
きっと羽生選手は、いつも誰かのためにあるんだろう。
手当が済んで、6分間練習に参加してる時も、自分に話しかけてる。
少なからず、記憶は飛んでるはず。それをもう一人の自分が教えてるかのように確認しながら6分という時間を過ごしているように見えた。
このとき、あたしの頭にはある記憶がよみがえっていた。
*****
あれは3年前のこと。
引退間近の公式戦。
10年間、サッカーを続けていて初めてたぁくんがあたしに言った。
「おかぁ、最後の試合は全部応援に来てほしい!」
ジュニアユース時代のサッカーはほとんど見ていない。
顔合わせを兼ねての合宿で、骨移植をするほどの大怪我を負い、半年の時を経て復帰するも、練習中に手首を骨折。
ジュニアユース時代のほとんどを怪我に泣かされた。
そんなたぁくんが、応援に来てほしいっていうなら、どうしても行きたい。
トーナメントだから、負けたらそこで引退。
不思議なくらいに勝ち進んでいった。
そう、順調だった。
246を車で走る。
あの日の試合会場も対戦相手も忘れちゃってしまったけど、あの時の光景は脳裏から離れない。
後半が開始して10分が過ぎたとき。
ボールを受けたたぁくんは、ドリブルで相手ゴールへとチャレンジした。
スピードに乗って、4人を交わしたとき、キーパーが詰めてきた。
交わせる…かな。
コマ送りで再生してるかのように見えた。
キーパーが、走ってくるたぁくんの足に手をかけた。
スピードの乗ってるから、止まれずにそのまま1回、空中を前転した。
そこで終わればよかったのに、反動がついて一度は起きあがった頭が後頭部から地面にたたきつけられた。
それは、ライン際で応援してるあたしたちの耳にも聞こえるような鈍い音。
頭を抱えるたぁくん。
その一部始終を見ていたはずの線審は、主審にサインを送らなかった。
間違いなく、後頭部を強打してる。
脳しんとうを起こしてる。
なのに、PKをもらったとベンチは大喜び。
キッカーは…
たぁくん??
ボールをセットしてるよ。
え?
相手ゴールを揺らした。
勝ち越しで喜ぶ暇もなく、リスタート。
まって!
あの子、頭を打ってるのに、その確認は?
たぶん、わかる人にはわかると思うけど、いつもと違う動き方。
ちょっと待って、あの子ヤバいよ?
その後20分以上の時間、試合を続けた。
サポの皆さんはたぁくんを絶賛してくれたけど、あたしの耳には入らない。
早く試合が終わることだけを願った。
ピッピッピー
ホイッスルが鳴った。
挨拶が終わった瞬間、地面に倒れ込んだ。
ベンチは、勝利に嬉しくて倒れたと思ったらしい。
でも仲間は、たぁくんの異変に気がついていた。
キーパーのけいちは、ひたすらベンチに向かって「ヤバいよ、たぁがおかしい。交代お願いします!」
DFのジノも
「訳のわかんないことをずっと口走ってる。どしたんだ、たぁ!しっかりしろ

20分以上、走り続けた。
その間ずっと同じことを仲間に聞き続けたいたそうだ。
「今、何点差になってる?」
「オレ…変だ」
その繰り返し
解散後、脳外

帰りの車の中、いつもはすぐに寝てしまうのに、ハイテンションでずーっと話していた。
何かに脅えるように、なくした何かを取り戻そうとしてるのように。
記憶の糸をたどっていた。
その時の記憶は、今も欠落してる。
ちょっと違うかもしれないけど、羽生選手の接触とリンクしてしまった。
上手く言えないけど…そーいうこと。
必死なんだってこと。
必死に戦いたいところにいるんだって思った。
誰かのために…
どーか、何事もありませんように、と願うばかりです。

