言葉を愛し探し求め、辞書編纂の仕事に生きた女性の物語です。
というより、とにかくひとりの女性が生きた軌跡、あるいはひとが生きるという事についての物語、と言いたいですが。
1886年頃のオックスフォード、エズメはまだ小さな少女だった。辞書編纂者の父親やその助手達が働く小さな部屋で、机の下にもぐって遊んでいた。たまたま落ちてきた「ボンドメイド」という言葉のカードを、エズメは自分の宝物入れのトランクに隠す。それは辞書には入れてもらえない言葉だった。それはたとえば貧しいメイドの少女リジ―を指す言葉だった。
リジ―といっしょに下町に出かけてそういった卑語を含むあらゆる言葉をカードにしていく。
やがて辞書編纂の助手を務め始める。
人々との出会い。女性参政運動。そして第一次世界大戦の暗雲が全てを覆い始める。
世界最大の英語辞書であるオックスフォード英語大辞典の編纂者達を中心にした、かなり事実に即した歴史小説ですが、何よりこの主人公のエズメの人生が、それは特別なものではなく誰しもが生きていく道なのだけれど、出来事や心の動きがとてもとても丁寧に描かれていて、後半、つまり人生が、少なくとも若いときよりもだんだんと深く重くなる、その日々が読んでいて次第に涙々になっていきました。
愛する亡き母リリー。リリーの死からずっと父親が続けていたある事。青春の日々と過ち。友情。本当の愛。
長い年月を経てから結ばれた時に、彼が結婚指輪のかわりにくれた素晴らしい物。その彼の生き様。
戦禍で心をこわされ自分を失ったある青年に言葉で向き合うエズメ。
そして時は過ぎ、オックスフォード英語大辞典の第2版が出版された1989年のアデレード、エズメも周りの人々も既に亡くなった後の、これはエピローグなのですが、とある学会でひとりの女性が「ボンドメイド」という言葉について講演を始める。号泣のラストでした。
ちなみにオーストラリアは女性の参政権が実現した世界最初の国だそうです。これも作中、小さな関連の箇所があって、そこも涙々でした。
お薦めの一冊です。機会があればぜひどうぞ♡
余談ですが、辞書には入らないという「ボンドメイド」bondmaidを手元の英英辞典で引いても載っていません。オックスフォードやコービルド、ロングマンなど学習者用としては最大の辞書ですが。
でも日本の英和辞典で引くとちゃんとあります。「女奴隷や無給の女中」と。面白いと思いましたw