ちょっとご無沙汰した、いつものバー。

早い時間はカウンターに客が皆無なのはデフォルト。

 

この日はこの前の日中に、従兄弟が水天宮でやっているバーで、

著名なロックシーンのカメラマンによるトークショーが

開かれていて、それに参加させてもらっていた。

1月に亡くなったジョン・サイクスの思い出話を

たっぷり聞いて、思いがけず酒が進み、

店主のケンちゃんも〝従兄弟スペシャル〟な濃い酒を

作ってくれるもんだから、いつものバーに着く頃には、

結構な酩酊状態だった。

 

だから、店を占領して歌いまくったのさ。

さっき思い出話を聞いたばかりの、

Mr.Bigやホワイトスネイク、シン・リジイにレインボー

果てはロニー・ジェイムス・ディオまで、

普段歌うと他の客に嫌な顔をされる、

ゴリゴリのハードロックを嫌と言うほど。

 

思う存分がなり立てて、ちょっと疲れが見え始めた頃、

良いタイミングでお客さんが入ってきた。

若い外国人2名。

マスターが翻訳アプリを使って、店のシステムを説明している間、

思わず二人をガン見してしまっていた。

それぐらい、綺麗な顔をしていた、二人とも。

 

「どこの国の人ですか?」

 

「Deutschlandです」

 

「ん? デッチランド?」

 

「あー、えーと、〝どいつ〟です」

 

慣れない日本語で自国名を説明する様子がおかしくて、

軽く声をあげて笑っていると、

黒髪の方の青年が英語で話しかけてきた。

 

「英語、できますか?」 「少しなら」

「ここは、カラオケは無料ですか?」 「そうだよ」

 

二人はそれを聞いてハイタッチをしている。

歌いにきたんだなコイツら、と思い、

 

「彼らにもリモコン出したげてー」

 

とマスターに伝えた。でも、

その時の自分は、まったく別のことを考えていた。

黒髪の美青年欧米人が話しかけてくるのを見て、

ブレーのことを思い出していたんだ。

100%欧米顔の、日独ハーフの小生意気な美少年のことを。

 

 

父の仕事の関係で、小学4年からの三年間、

千葉県の市川市に住んでいた。

あの街では、小5で同じクラスになった

天才的に漫画を描くのが上手なチバちゃんと

一番仲が良くて、放課後は毎日遊んでいた。

ほとんどは学校の近くか、自分たちが住んでいた

社宅の広場で遊んでいたが、数ヶ月に一度、

チバちゃん家に行って、自分を主人公にした

野球漫画を描いてもらうこともあった。

いま考えても感心してしまうほど彼が描く漫画は

クオリティが高かったが、その中に、

毎回必ず登場する、〝敵チームの助っ人外国人〟がいて、

そのモデルになったのがブレーだった。

ブレーはチバちゃんち界隈に住む一家の長男で、

父親がドイツ人、母親が日本人のハーフだったが、

面立ちは完全に欧米人で、髪の毛の黒さだけが日本人寄り。

顔立ちは際立って整っていて、

それまでの人生の中で出会った、一番綺麗な子供だった。

 

そんな綺麗なブレーだったが、生意気さと口汚さが

これまた際立っていて、こちらよりふたつも歳下なのに、

「しょうがねえから遊んでやるよ」だの、

「オマエらのレベルに合わせるのは大変だよ」だの、

こちらの想像の斜め上をいく憎まれ口を叩いてくる。

こちらも最初は頭にくるのだが、

「まぁ、ガイジンだからしょうがねえか」と、

いま考えればしょうもない理屈で、馴れてしまい、

チバちゃんちに遊びにいくたび、呼びつけてはからかって

一緒に遊ぶようになった。仲良くなるとブレーの方も、

持ち前の甘えんぼ気質を見せるようになり、

学校で顔を合わせると、キラッキラの綺麗な笑顔で、

嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 

 

ブレーと顔見知りになって半年ほど経った頃、

別れは突然やってきた。

 

土曜の朝、教室にチバちゃんが入ってきたので、

いつも通り「おっす!」と声をかけた。

いつもなら「おっす!」と元気に答えるはずのチバちゃんが、

その日は右手を軽く上げただけで、静かに席に座り込み、

座るなり頭を抱えて項垂れている。

 

「どした? チバちゃん」と声をかけると、

顔を上げたチバちゃんの顔に生気がない。

 

「なんだ? なんかあったのか?」

 

「……うん。今日、一緒に帰ろう。

 帰り道で話すわ」

 

その日の半ドンの授業は、気になって仕方なかった。

芸術家肌で肝も太いはずのチバちゃんが、

あんな顔をするなんて。

 

その日の帰り道、チバちゃんはずっと無言だった。

いまだに暗い顔をしていて、こちらから

「で、何があった?」と訊ける雰囲気もなかった。

チバちゃんが口を開いたのは、やっとうちの社宅への

分かれ道に着いた瞬間。

 

「昨日の昼にな………ブレーが死んだんだ。火事で」

 

「え…死んだ? どう言うこと?」

 

「詳しくはオレもわかんないよ。新聞に出てるらしいから、

 読んでみたらいいよ。じゃあな」

 

それだけ言うと、チバちゃんは分かれ道を

別の方向に進んでいった。

振り向きもしなかった。

 

 

その後のことはよく覚えていない。

ただ確か、そのあと走って家に帰り、

急いで朝刊を読んで、前日に

市川市内の民家の火事で、母親と

幼い兄弟が死んだことを確認したのだと思う。

 

そういえばブレーには弟がいたと、

その時思ったはずだ。

小学校に上がるか上がらないかぐらいの年齢で、

こちらは西洋と東洋が絶妙に入り混じった、

ブレーに負けないほど綺麗な顔をして、

にいちゃんの後をくっついて、たまに顔を見せた弟が。

 

 

 

そんなことを思い返しているうち、

バーで隣席したドイツの美青年二人は、

最初の一曲を入れていた。

NENAの〝ロックバルーンは99〟.

オレたちの高校時代に、アメリカのチャートを席巻した、

ドイツのバンドのポップス。

「こっちに合わせて選曲してくれたんだなぁ」と、

少し申し訳ない気持ちになり、お返しで、

ドイツ人のルドルフ・シェンカーがギターを弾く、

スコーピオンズの〝ロック・ユー・ライク・ア・ハリケーン〟を

返歌したけれど…

 

美青年たちはその歌を知らないらしく、

愛想笑いの手拍子をしながら、聴いてくれた。

 

なんか……なんかだった。

 

 

 

 

 

 

いつもの地下バー。時刻は23:30。

〝隠れ過ぎているBAR〟と呼んでいるこの場所は、

常夜の光景として、カウンターに客はひとり。

つまりオレだけ。

 

ところがこの店の26:30過ぎはこの頃、

最近新調した、10脚の木製スツールが足りなくなるほど、

客で溢れかえることがあるらしい。

その時間帯にやって来るのは、界隈の同業者達だ。

風営法ギリギリの25:00までやっているスナックや、

終夜営業許可を取っているが客が来ないので閉めた、

ガールズバーや居酒屋の男たち女たち。

 

「今日も店が混み始めるのはてっぺん過ぎかなぁ…」

 

なんて話を、もう10年来の付き合いになるマスターと

話していたら、大好きな金属音のドアベルが、不意に鳴った。

 

「4人だけど、いいっすかぁ?」

 

そこそこ値の張りそうなスーツに身を包んだ、

30歳前後に見える男性が、赤ら顔で入ってくる。

 

「どうぞどうぞ」

 

マスターがウエルカムをするのと同時に、

オレはカウンター中央の定席から、一番奥の席へ移動する。

阿吽の呼吸。

 

「へー、渋い店だねー」

 

そう言いながら入ってくるのは、20代半ば位に見える女子二人。

二人とも、自分に似合う色や形をした服を着こなしている。

ただし、二人ともかなり酒が入っているのは一目瞭然だ。

 

「ごめんねー、おじさーん。移動させちゃってぇ」

 

二人のうち、黒長髪ストレートの方が隣席に腰掛け、

言いながら笑いかけてくる。

 

「おう。おじさーんは気にしねえよ」

 

「あ、ごめんごめん。おじさんは失礼か」

 

「失礼じゃないから大丈夫。その人、

    君らからしたらじいさん世代だから」

 

「だよね? マスター。キャハハハ」

 

オレと女子、マスターのそんなやりとりを、

店の入り口側に陣取った男性二人が笑いながら見つめている。

 

「ねえねえ、おじいちゃん。ちょっと相談あるんだけどいい?」

 

「おじいちゃんはやめろ!」

 

「じゃ、Gさんにしよ。Gさん、ちょっと聞いてよ」

 

「Gさんて…まぁいっか。なんだよ」

 

「あのさぁ、夜の営みのとき、男の人がホントに

 気持ちよく思ってくれてるかどうかは、

 どこで見分ければいいのかなぁ?」

 

-------酔って声の大きさの制御が効いていない

彼女の声は、一瞬で店内を駆け巡り、

刹那、その場にいる全員の時間が止まった…。

 

 

「そ、そんなの男にわかるわけねえだろ!

 男は気持ち良がってる方なんだから」

 

「あ、それもそうか。

    でも、ビデオとか見るでしょ?

 男の気持ち良がってる顔も映ってんじゃん」

 

「AV観るとき、男なんて見てねえよ」

 

「あ、そりゃそうだよね」

 

二人の会話を、それ以外の人間が耳をすまして

聴いていた次の瞬間、マスターがツッコミを入れてくる。

 

「女優さんと男優さんですよね?

 すみませんがそういったキワドイ会話は、

 撮影現場か会議室でお願いできますか?」

 

 

 

ひとつオチが着いたところで、店内は

男子多めの合コンのような、ゆるい飲み会の雰囲気になる。

聞けば四人組は、ついさっき相席居酒屋で

知り合ったばかりだという。

ちょうど2カップルになったので、

〝上野のお山でも散歩しよう〟と来たはいいが、

上野は不案内で、フラフラ迷っているうちに、

この店にたどり着いたらしい。

 

「そんな質問は、男子二人にしろよ。

 せっかくダブルデート状態になってるんだから。

 座り方も交互に座んなさいよ。

 男女分かれて座ってちゃダメだろう」

 

「うわー、〝ダブルデート〟とか久々に聞くわー。

 マスター、やっぱこの人、おじいちゃんだね?」

 

「そうだよー。Gさんじゃなくて、爺さんだから」

 

「うるせー」

 

そんな与太話を2時間ほど繰り返し、男性陣を煽るだけ

煽っているうち、隣席の黒長髪ストレートは、

カウンターに突っ伏して眠り始めた。

 

「おい! 男子! 寝ちまったぞ! このコ。

 起こすなり担いで持ち帰るなり、どうにかしろ!」

 

マスターが再び男性陣を煽ると、男性の片方が

肩を揺すって声をかける。

黒長髪ストレートはすぐに起きて右手を上げ、

高らかに言った。

 

「まだ飲みまーす! 酒くださーい」

 

そうして、ハイボールをいっぱい一気に飲み干すと、

さっきまで寝ていたのが嘘のように、その後30分ほど

ハイペースで酒を飲み続けた。

 

時刻が丑三つ時を迎える頃、彼女が不意に

こちらに向き直して、酔った目で言った。

 

「さっきの質問、答えてくれてないじゃーん!」

 

「ん? なんだっけ?」

 

「だからぁ、男の人が気持ちいいのを見分ける方法!」

 

「さっき言っただろ? そんなのわかんねえって」

 

「………じゃ、いいや。

 ………今日、ヤろうよ、私と」

 

「は? なんつった?」

 

「ヤろうよ。見せてよ」

 

 

 

 

〝同伴の男性客に背負わせて、タクシー乗り場まで送った〟

というのが、この話のオチです。

 

ご期待に添えず、すみません。

 

 

 

雪国の港町。

薄暗くて埃臭い駅の待合室を出ると、

港まで真っ直ぐに道が続いている。

道は深々と積もった雪の間を、

そこだけが世界のようなトンネル状に、

果ても見えない先まで続いている。

2分ほど歩くと、突然、街灯の灯りとともに、

右に曲がる道が現れる。

誘われるように右折すると、道の左側だけに、

煌々と燈を灯した商店群が現れ、

焼いた魚の匂いや、飲んだくれの吐息の匂いや、

耳障りな嬌声が、冷たい空気の中を漂ってくる。

 

そんな空気は、いま、一番遠ざけたいものだ。

なるべく左側を見ないように早足で歩くと、

右折した道は、100メートルほどで突き当たってしまった。

その突き当たりの右側角に、ポツンと一軒だけ、

赤提灯を灯した居酒屋がある。

近くまで行って、ガラス戸の中を注視してみると、

5席ほどのカウンターの真ん中で、女が酒を飲んでいる。

いかにも小料理屋の女将風の和装で、

外した前掛をカウンターに置き、

ぐいぐいとコップ酒を煽りながら、

入り口すぐ脇のブラウン管テレビを見つめ、何か呟いている。

歳の頃なら40代前半。

短い髪と薄化粧で隠してはいるが、

切長の目と、やや厚ぼったい唇から、

この世代の女性の色気が漏れてしまっている。

 

「いいかな?」と言いながら

ガラスの引き戸を開けて入っていくと、

女は満面の笑みを浮かべて言った。

 

「待ってたのよ。

 一緒に紅白見ようと思って」

 

 

里芋の煮っ転がしと、イカの甘辛煮、

エボダイの干物焼に、切り干し大根と豚の炒め煮。

店に入って5分後、彼女がちゃちゃっと盛り付けて

出してくれた小皿類と、コップのぬる燗。

それをいただきながら、ブラウン管のテレビを見つめる。

カウンターの真ん中で、ふたり横並びで。

二人は前々日に知り合ったばかりだが、

すでに夜を一緒に過ごしたらしい。

画面に流れる紅白歌合戦で、好きな歌手が登場すると、

腕を叩いたり、聞き惚れて頭をこちらの肩に預けてきたり。

そんな彼女が愛おしくて、

店の外は氷点下だろうに、汗をかくほど暖かかった。

 

〝こんな年越し、初めてだな…〟

 

心底しあわせな気持ちでそう思った

そのとき、画面の紅白はトリを迎えていた。

と、彼女は突然立ち上がり、叫んだ。

 

「この歌はダメだ。泣いちゃう」

 

流れてきた歌は、昭和に大流行した演歌だった。

座り直した彼女は画面から顔を背け、でも歌は聴きながら、

こちらの右肩に顔を埋めた。

 

曲が最初のサビにかかる頃、右肩に水分を感じた。

彼女を見やると、肩が震えている。

〝そんなに想い出深い歌なのか〟なんて思っていると、

突然、入り口のガラス戸を叩く大きな音がし始める。

ガラスを粉々にしそうなほどの力強さで、何度も叩く音。

 

「オラぁ、カギ閉めてんじゃねえぞこの野郎」

 

野太い声が聞こえてきたところで、右肩から彼女を一旦外し、

戸の方へ向かおうとした。すると彼女は、

「やめて。行かない方がいい」

と、こちらの左手を強く握る。

「大丈夫だから」と言い残し、ガラスの引き戸を開けにいく。

 

カギを外そうと合わせ部に手にかけると、閉まっていなかった。

戸を叩く音はまだ続いている。

「うるせえなこの野郎。カギ閉まってねえぞ」

と言いながら、戸を開け、正面を見やると、

右手を振り上げた状態で男が立っている。

目深に被ったニット帽と、マスクで顔は見えない。

爛爛に光った目だけがこちらを見ている。

そう認識した刹那、振り上げた男の右腕が振り下ろされ、

拳がこちらの頬に向かって飛んでくる。

 

不意を突かれた! 当たる!

 

そう思った瞬間……目が覚めた。

 

 

これが、2025年の初夢。

 

 

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お気付きの方も居られるかもしれないが、

この夢のシーンには元ネタがある。

高倉健主演の映画『駅 STATION』(1981)の中、

北海道・増毛駅前の居酒屋での、

健さんと倍賞千恵子(居酒屋女将)の年越しシーン。

 

初夢は1月6日の晩に見た。

この日は昼から新幹線に乗って、

愛知・蒲郡の竹島まで出かけた。

行きの新幹線の中から何故か、

〝この旅は健さん映画を観よう〟と決意して、

乗車中から、旅荘での空き時間

(着いた日中から取材しようと思っていたら、

土砂降りで不可だった)

の間はずっと、U-NEXTで健さんに溺れていた。

『冬の華』『夜叉』『ブラック・レイン』…

健さんはいつも格好良かった。渋かった。

 

年越しシーンを観た後は、心から

〝いいなぁ、こんな年越し〟と思った。

その思いが、初夢になってしまう自分の

思考構造の単純さが恨めしかった。

 

この正月は、5日までアルコール漬けだったので、

脳みそがスカスカだったのだろう。

 

今年も先が思い遣られる。