真っ平日の昼過ぎ。

仕事でどうしても観ておかなければいけない海外ドラマの、

最終回を観ながら疲れ果てている頃、

チャットが一本入った。

 

〝たまにはオレから誘う。夕方飲みしよぜ〟

 

いつもの地下バーのマスターからだ。

いつもこちらから、都内で仕事が夕方前に終わったときに、

チャットを入れては、呼び出したり、早めに店を開けてもらったり

している相手だ。もちろん断れない。

 

早々に着替えを済ませ、駅まで歩く。

15分のウォーキングは、脳に心地いい。

昭和の日本のテレビドラマのいいとこ取りばかりの、

60分13本の海外ドラマシリーズ視聴で草臥れきった、

どうやら最近隙間だらけになってきている中年男脳に、

深い森を流れる小川の清水のような潤いをくれる。

 

で、上野についてからは怒涛の梯子飲み。

海鮮居酒屋→肉バー→地下バー→ガールズバー→地下バー

と、飲んで食って歌ってくっちゃべって女子からかって飲んでつまんで

をしているうち、気が付けば27:30。

11時間の相棒は、カウンターの中で突っ伏している。

こちらも小川の清水はとっくに小便で流れ出ている。

さて、どうするか……選択肢は三つ。

1 上野駅常磐線始発0433をこのまま店で待つ

2 北千住始発0458を目指し、

少し休んでからタクシーで向かう(運賃3000円弱)

3 北千住始発0458を目指し、徒歩で向かう

1は最近、止めている。店内では眠れないので、カウンターに肘付きで

ボーッとしているしかないし、その分電車で寝てしまい、

それまでした事のなかった「乗り過ごし」をしてしまうことが続いたから。

最近は2が多かったのだが、ついこの間実行した時に、

駅に着いて降りた途端、猛烈な吐き気をもよおした。たぶん荒い運転のせいで

てな訳で、今回は3をチョイス。

 

上野から北千住への道のりは、ひたすら真っ直ぐに国道4号を進む。

だいたい、1時間ちょっとはかかるだろう。

店を出て歩き始めると、いまさっき時間を過ごしたガールズバーの

女の子たちが、客引きではなく、看板ウーマンをしている。

(店舗前以外の客引き行為は、都条例で禁じられています)

 

「ダイジョーブっすか? なんか

 斜めステップ踏んじゃってますよ?」

 

ハタチの金髪ショートカットに笑われる。

 

「うちの店で始発待ちします? なんか、危ないっすよぉ」

 

「おたくのような高級店にはいけません。

 ほっといてください」

 

「またまたー。高くないっすよ、ウチ。知ってるでしょ?

 それに、さっき来てくれたから、

たぶんタダでソファに寝かせてくれますよ、ママが」

 

一瞬、心が揺らいだが、借りを作ってもロクなことはないので、

後ろ手バイバイをしながら先へ進む。

 

20分ほど歩いて、入谷駅を過ぎたとき、後ろから声をかけられる。

 

「あれ? タツヤさんっすか? 何やってんすか

 こんな時間に、そんなフラフラ歩いて」

 

声をかけてきたのは、入谷に住んでいた当時、

いろんな店で常連仲間だった、仲入谷町内会の若い衆。

若い衆といっても45は過ぎているはずだが。

たしか朝の早い商売をしている人だ。

 

「おー、久しぶり! これから仕事?」

 

「ですです。千住の市場まで行かなきゃいけなくて。

 あ、始発向けの歩きですか? もしかして」

 

「そうそう」

 

「いまから軽トラ取りに行くとこなんで、

 よかったら乗せていきましょうか?」

 

……なんという僥倖! パブロフの犬ばりに条件反射で

コクコクとうなずいてしまったオレだったが…

 

「あ、でもダメだ。

 助手席にもパレット積んじゃってるわ」

 

一瞬かいま見えた光が、また一瞬で消え去る。

その事象は、人間の思考に想像以上のダメージを与えるものだ。

〝なんだよぉ、ぬか喜びさせんなよぉ〟と力無く言い、

何年かぶりの邂逅はあっという間に終わりを告げた。

 

また千住に向けて歩を進め始めるが、

なんだかどっと疲れてしまっていた。

そこから15分ほど歩き、三ノ輪の駅の手前に着いた辺りで突然、

足がもつれた。転ばぬようになんとか右足で踏ん張るが、

よろけてガードレールに手をついてしまった。

 

「ちょっとお、大丈夫? 飲み過ぎてるんじゃないよ」

 

前からドスの利いた声で言われる。

仰ぎ見ると声の主は、どう見ても仕事帰りのオネエのお姐さん。

 

「さっきから見てたらフラフラフラフラ。

 危ないじゃない。

 〝酒は飲んでも飲まれるな〟だよ!」

 

「あ、さーせん」

 

「そこのすき家で休んでいきなよ。

 あたしもお弁当買いに来たから、

 ついでに牛丼奢ってあげるよ」

 

「いやいや、お構いなく」

 

「いーからっ!」

 

その後、スタスタと店に入っていき、オレ用の牛丼と、

三人前の持ち帰り牛丼弁当を注文するお姐さん。

 

弁当を待つ間、少し話した。

彼女?は、三ノ輪界隈で三年前までスナックを経営していた

そうで、今日は後輩に譲り渡した店に呼び出され、

久々に仕事メイクで出かけたらしい。

年齢は……たぶん60オーバー。

 

「店やってる頃から、酒飲んでフラついてるヤツ嫌いなのよ。

 しっかりしなよ」

 

「は、はぁ、さーせん」

 

 

 

 

彼女?が弁当を受け取って店を出た後、5分待って店を出た。

 

ごめん。ネエさん。

とてもじゃないけど、あの状態で牛丼は食えねえわ。

でも、やさしさをありがとう。