「わりい。あの二人、もう下にいるみたい」
ロス二日目は、あのバカに起こされて始まった。
初日はあのバカに、というか、大して知りもしない
日本人女子ふたりに振り回された。
メシ→観光→買物→メシ→クラブ……
着いたばかりだから、昼飯食って、ちょっと歩いて、
さっさと寝ようと思っていた予定が、完全に狂った。
「てか、今日は別行動しようぜ。あの二人に付き合ってたら、
こっちが行きたいとこ、全然いけないし」
「だから、悪い! って言ってんじゃん。
なんか、朝食の予約をチャイナタウンの方で取ってくれてる
らしいから、そこだけでも付き合ってやろうよ」
「付き合ってやろう、って…オマエ、足にされてんじゃん。
あのコ、日本に彼氏いるらしいぞ。やめとけやめとけ」
「知ってるよ。本人も言ってたし。
でも、いまココには居ないじゃん。
旅の恥はかき捨てっかもしんないじゃん!」
なるほど。このバカも〝好き、まっしぐら〟なわけじゃなくて、
漁夫の利を狙ってるだけなのか。
なんだかこのバカが急に若者らしく猛々しく思えて、
面白くなってきたので、付き合ってみる事にした。
あのバカの運転で40分ほど。着いたのは、
チャイナタウンから少し離れた場所。
ガウディ風の外観を持つ個人宅のような、洒落た店だった。
〝中華粥をオリジナルにアレンジしたヌーベルキュイジーヌ〟
みたいなことが、入り口の説明書きにある。
4人でテーブルを囲むと、ちまちました中華料理が、
小洒落た陶器に器に盛られて5分おきぐらいに出てくる。
朝食のコースなのだろうけど、食った気しねえなぁ…
なんて思っていると、レイねーが場を繋ぐように、
あのバカに向かって話し始める。
合同で行ったスキーツアーの思い出。
企画したパーティーで雇ったDJがいかにに素晴らしかったか。
代官山の住宅街にあるフレンチの、ドルチェがいかに美味しいか。
……聞く気がなくても入ってきてしまう世間話は、
心の底からつまらなかった。
あのバカも流石に、「そ、そうだね」ぐらいの相槌しか打てずにいる。
と、突然、オレの正面=レイねーの背後から、
シルクのブラックスーツに、白シャツボタン4つ開けの、
20代後半ほどに見えるアジア系のイケメンが近づいてくる。
オレと眼が合うと、人差し指を唇に当て、〝シーッ〟をしながら
逆の手でレイねーの背中を叩く。
「マイコーッ!♡」
振り返ったレイねーは、そう叫びながら、イケメンに抱きついた……。
「でさ、この後なんだけどね。悪いけどセパレートでいい?
おふたりにはタクシー呼んでおくから」
イケメンといちゃついた後、レイねーは大急ぎで
メインの「金華ハムと鮑の朝食粥」をたいらげ、
おもむろにそう言った。
「マイケルが私たちの車で、一緒に回りたいっていうから」
4つ開けイケメン=マイケルは、
このヌーベルキュイジーヌ屋さんのオーナーなのだそうだ。
日本にいるレイねーの彼氏の、大学時代の友達なんだとか。
〝わりーけどこのチャイナイケメンと行くからオマエらは勝手に帰んな〟
的なレイねーの態度に、流石にキレた若者がいた。
あのバカ………ではなく、レイねーの連れの黒ボブ。
「アンタねぇ、いい加減にしなよ!
この人(あのバカ)に対して失礼じゃない!
散々思わせぶりして、いいように使って!」
(怒ってくれるのはいいんだけど、それだとあのバカの立つ瀬がない…)
そう思ってあのバカを見ると…
虚空を見つめ、蟻地獄に落ちるアリを無心で見下ろす顔をしていた。
マイコーが呼んでくれたタクシーでホテルに戻ると、
あのバカはホテルの電話で、ドライバーのキースを呼び出し、
猛然と交渉を始めた。
「2時間後から3日間のチャーターで、400でどうだ?
現金はないからTCかカードで。なに? どっちもダメ?
じゃあ、カードでキャッシングするから現金で払うよ。
それなら360でいいか?」
怒涛の電話交渉は、ひと月の旅の中で、1番アツかった。
結局それから、日本に帰るまでの三日間、観光はほとんどせず、
ロデオドライブでハイブランドの服を買いまくり、
腹十二分目まで高い飯を食べまくり、
夜は夜で、クラブ→やクラブ↘︎をはしごした。
それまでの旅で使わずに残っていたオレのTCも使ったが、
あのバカのファミリーカードが大活躍した。
思えばあのとき、あのバカは少し壊れていたのかもしれない。
帰りの国際便の中の機内食は、吐き気がするほど不味かった。
あのバカは日本に帰ると、4月から成田にある
日本を往来するほとんどの航空会社の機内食を製造する
メーカーへの就職が決まっていたので、怒りをぶつけてみた。
「頼むから、お前が機内食革命を起こせ、バカ!」と。
4月になって、機内食メーカーで、地元のヤンキーなティーンと
寮暮らしを分かち合っているあのバカから、初めての手紙がきた。
「〇〇航空(帰りの便の会社)の機内食は、
うちでは作っていないそうです」
4つ下の金髪ヤンキーたちにタメ口を聞かれる毎日を送っているという
あのバカの筆跡は、なんだか少し、歪んで見えた。
ここから、ジェットコースターのような人生を送る
あのバカ=タケシくんの物語は、
また別の機会に、少しづつ綴ります。
「GT = Graduation Trip」 完