ラガーディアを出た途端、スーツケースを引っ張られた。

「30ドルでいいよ。乗ってくだろ?」

モジャ毛にひげ、ニットキャップの、

絵に描いたような「ニューヨークのタクシードライバー」だった。

「ヤバイだろこいつ。絶対白タクじゃん」

機内で『地球の歩き方NY』を熟読していたアイツが言う。

「なんか、大丈夫そうな気がする」「えー、マジで?」

と、ゴソゴソ言い合っている間に、車は走り出した。

 

「無許可のタクシー、いっぱいいるんでしょ?」

「ああ。お前らみたいなのはいいカモだよ。

 ああいう泥棒連中に捕まる前に、オレが救ってやったんだ。

 アイツらの車に乗せられたら、すぐに高架下に連れていかれて、

 素っ裸にされるぞ」

金歯をチラつかせ、大笑いしながら話す黒人ドライバー。

危ないところだったんだなぁ……。

 

22歳のバカ二人のアメリカ旅行は、2地点目のニューヨーク。

パツキン水着ねーちゃんへの期待に胸膨らませていたマイアミは、

ただの『筋トレバカとアル中の珍道中』な一週間になってしまったので、

23:00にホテルにチェックインした後は、二人で綿密に計画を話し合った。

ビッグサイズのポテチをつまみに、空港で買ったバーボンを飲みながら。

 

明け方、〝ガサガサッ〟という物音に目を覚ました。

ベッドサイドのライトを点け、暗い室内を見渡すと…

何かが縦横無尽に部屋の中を駆け回っている。

目を凝らして見ると……なんと、先ほど食べていたポテチの袋が、

リモコンで操られているかのように、部屋の中を行ったり来たりしている。

「なんだこれ?」隣のベッドのアイツと目を見合わせた後、

とりあえずスリッパを投げつけてみる。すると、ポテチの中から、

真っ黒い小動物が姿を現す。

 

体長30センチほどのネズミ…。

 

袋の奥の食べ残しを漁っていたのであろうそいつを、

なんとかバスタオルで捕獲し、フロントに電話してお引き取りいただいた。

 

NYでの数日間は、なんだかとても充実していた。

ランチどきに起き、デリカテッセンで買ってきたものを

部屋で食べながら、だらだらと話す。

「今日はどこに行こうか?」から始まる話は、

恋バナやエロ話、他人の悪口、そして帰国後の新生活まで、

下品に下世話に広がっていき、いつも大笑いして終わる。

この、「昼下がりの井戸端会議」で、アイツとはずいぶん話した気がする。

 

午後は、ダコタハウスにMoMA、セントラルパーク、ソーホー、

トランプタワーに貿易センタービルと、いわゆる

〝お上りさん観光〟に当てる。日が落ちる前にホテルに戻ると、

買ってきた新聞の「ナイトクラブ欄」をまじまじと眺めながら、

その日に観るライブを決め、必死の形相で電話し、予約をとる。

 

夜は毎晩、ジャズクラブか、ダンスクラブに出かけた。

ブルーノートのハービー・ハンコックの時は、

アイツが服選びに時間をかけすぎて、

到着時間が開演予定ちょうどになってしまい、

入場したはいいが席が全く見当たらない状態。

うなだれていると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。

「あそこが空いてるから、座れば?」

白シャツ黒ベストの、ショートカットの白人美人店員が、

ニッコリと笑いながら、ハービーが座るであろう、

ピアノ椅子のすぐ後ろを指差す。

「え、いいの、あんなとこ?」

「ついてきて」

そのまま、ピアノ椅子の後ろのステージに腰掛けさせられた。

「さて、ご注文は?」

「うーん…バーボン。ロックで」

アイツが少々カッコつけて答える。

「アンタは?」

「じゃ、オレはスコッチソーダと…ヴァニラアイス!」

「WOW! エクセレントチョイス!」

彼女はウインクしながら、小さく投げキッスをくれた。

その仕草が愛らしくて、彼女のウインクばかり覚えている。

ハービーは熱演で、時々汗が飛んできたりしたけれど、

オレは音だけは聴きながら、目はずっと、

彼女のことばかり追いかけてしまっていた。

 

昼下がりの井戸端会議で、月曜の晩は、当時日本にも聞こえていた

有名巨大ディスコ「パレイディアム」に行こうと決めていた。

タクシーで乗り付けると……閉まっている。

またも店の前でウロコいていると、

何年も洗っていなそうなアーミーコートを着た

ホームレスの老人が、しきりに話しかけてくる。

「○▲×レイディオのオペん。○▲×レイディオクローゼ」

レゲエカットの老人は、歯が上下二本ずつしかなく、

息漏れして、ほとんど何を言っているかわからない。

「レイディオ? ワッツ?」

人見知りしないアイツは、レゲエのおじさんに歩み寄り、

必死にコミュニケーションしようとする。

「オレたちはパラディアムに来たんだけどさ、ここじゃないの?」

「○▲×レイディオのオペん。○▲×レイディオクローゼ」

「うーん、ごめん、オジさん。何言ってるかわかんない!」

 

「今日、パレイディアムは休みだよ」

今ならおじさんが親切にそう言ってくれていたのがわかる。

当時のバカ二人の英語力が拙すぎたのが悔やまれる。

タバコぐらい、あげれば良かった…。

 

ともあれ、パレイディアムは翌々日の晩に遊びに行き、

当時、大人気だったミリバニリの、しっかりとした口パクを生で見た。

キャリン・ホワイトにチャカ・カーン、マンハッタンズなんかも、

クラブやホールで観て聴いて、1週間はあっという間に過ぎた。

「あと二日ぐらい、ここにいない?」

アイツが言い出した。

「あ、いいな。そうしよう」

そう答えて、すぐ、フロントに延泊を申し出た。

それくらい楽しかったニューヨークだったが、

思えばこの頃には、お互いに「この相手といること」に

飽き始めていたのかもしれない。

そりゃそうだ。家族でもないのに、もう2週間も二人でいるんだから。

 

 

《GT3へつづく》