受験当日。
オレは、現在はデンティストをしている、高校時代の同級生と
改札を出たロータリーで待ち合わせた。
53歳にして、大学受験。
なぜそんなことになったのかはわかるはずもないが、
オレは文学部、同級生は理工学部を受験するらしい。
落ち合って、お互いの受験票を確認した後は、歩いて試験場へ向かう。
普段は馬鹿話ばかりしている二人だが、この時ばかりは会話は無い。

入り口で同級生と別れ、自分の受験番号が記された席に着く。
と同時に、試験官が入室してくる。
すぐに問題用紙が配られ、1分後には試験が始まった。
問題は全て記述式だ。マークシートも、選択問題もない。
A3一面に、小さな文字で埋め尽くされた、中編程度の小説を読み、
次ページからの設問に答えていくのだが、問題量が夥しい。
最初の設問を読んでみると、解答にも相当な文字量を要しそうな設問。
それが、確認してみると100問近くある。
「90分以内とか、無理だろ、これ?」
そう思いながら周囲を見渡すと、自分以外の全員が、鬼の形相で、
一心不乱に、恐ろしいほどの速さでペンを走らせている。
問題に着手すると、先へと進むほどに腹ワタが沸くりかえってきた。
“物語というものを学術的に研究することのくだらなさ”が満載の、
“書いたやつに訊けよ!”感で渋滞した試験問題。

結局、時間いっぱいを費やして、解けた問題数は約半分。
「こりゃアカン」と思いながら、自席を立とうとすると、
試験管から声をかけられる。
「この後は面接になりますが、50歳以上の年長受験者は、
 会場が別フロアになりますので、ご注意ください」

なんだそれ。その思いを試験官に告げると、
「年長受験者に関しては、本学の最上級生が面接を行います。
 今年度から導入された、新しい制度です」

なんだそれ。

「ガキどもが面接官だって? ラッキーだな。
 思いっきり論破してやろうぜ」
面接の部屋の前で、何時間かぶりに再会した同級生が言った。
どうやら年長受験者は、それほど数がいないらしい。
全ての学部の年長受験者がここに集められているようだ。
最初に面接を受けるのは、我が同級生。オレは4番目だ。
「じゃ、一丁揉んでやりますか!」と、同級生は威勢よく入室していった。
……15分後。
蒼ざめた顔をして同級生が部屋を出てくる。彼はオレの前まで来ると立ち止まり、
「駅前のドトールで待ってっから。一緒に帰ろう」
それだけ言うと、足早に校舎出口へと歩きさった。
本質はものすごく繊細だが、人前ではそれを見せずに
剛気に振る舞う彼をよく知っているので、眼色愴然は意外だった。

「あなたのご職業は…ライターさんなんですね?
 どんな分野の書き物をされているんですか?」

面接が始まると、こちらの方を一切見ずに、面接官が口火を切った。
紺のニットにコーデュロイのパンツ。足元はクロックス。
瞬間的に腹が立った。なんだこいつ。

「それ、御校の受験面接の問答として適当ですか?
 個人情報も含まれてくるので、答えたくありません」

そう答えると、やっと面接官は顔を上げ、驚いたようにこちらを見た。
初めて正面から見た面接官は、少女のような艶肌をした美しい青年だった。

「それもそうですね。すみません。では、質問に入らせていただきます。
   人生の先輩として、近頃の若い世代…そうですね、20代・30代の
   若者について、どんな印象を抱いていますか?」

「それは、好悪どちらの印象についてお答えすれば良いですか?」

「どちらもお答えいただきたいですね。私もその世代に入るので」

「では、好印象から。デジタルネイティブの世代は特にそうですが、
 どんな学力の層も、平均的にみんな知識が豊富だと思います。
 ネット上のどんな情報も、意識的に脳の中の
 サブフォルダに留めて置けるので、自分が興味のない分野のことでも、
 驚くぐらいよく知っている。
 また、学習用のリソースが私達の時代とは比べようもないほど多いので、
 様々な技術を習得するのが早いと思います。先日、音楽をやっている
 友人と話していたら、こう嘆いていました。
 “オレたちが深夜番組を録画したり、ライブを直に見たり、教則本で
  必死に追いかけた演奏の技術が、今じゃスマホで見られる。
  一人でコツコツ練習するのも好きだから、みんな、本当に上手だよ。
  昔なら十人中一人しか弾けなかったソロが、今は全員弾ける”  って」

「なるほど。こうなると悪い方を聞くのがちょっと怖いですが…」

「悪い方は簡単です。『敬意というものを知らない』ということ。こう言うと、
 “それは人それぞれでしょ!”と思われるかもしれませんが、
 どんなに礼儀正しい若者でも、頭の中にある『無意識のマウンティング』は
 隠しきれないと、私は思っています」

「そうですかね……」

「あなたもしてるでしょ、マウンティング。年長者に対する敬意を持っていないから、
 学生の身分で、自分の父親より上の世代を面接するなんて仕事を引き受けられる」

「これは、学校から依頼を受けたので……」

「断ればいいじゃないですか。見てみたかったんでしょ? いい年して
 新たに勉強を始める物好きを。上から」

「そんなことはありません。でも、会って話してみたかったのは事実ですね。
 50歳を過ぎて、学ぶことにまだまだポジティブな人たちと」

「何事も成し遂げていないくせに、無記名の世界では自分が『唯一神』で、
   他人に裁きを下したり、中傷で他人を極限まで追い込んだりっていう…
   無意識に、勝手なマウンティングをした上での、不寛容なそういう行動に、
   現代の若者気質が現れているのかなって、私は思ってます」

「一つ言わせていただくと、そういう身勝手で意識の低いネット住民って、
 私たちよりむしろ、あなたたちに近い世代に多いと、私は思っていますよ。
 あまり表に出ないデータでは、ヤフコメで警告を受けた人の属性を
   年齢層で見ると、40代が一番多いそうですから」

「そうらしいですね。でも、私の中では、いろんな仕事を経験し、
   いろんな人間関係を築くうち、
 『何者でもないくせに、安易に人を下位に見る若者』
   をたくさん見てきました。だから、そうでない若者を知り、
   共に学ぶことに興味を覚えて、今回の受験に至ったのだと思います。
   正直言って、学生から面接されるのは非常に不愉快です。
   前もって知らせていただければ、今日はこちらに来なかったと思います」

そう言って頭を下げ、部屋を出た。
駅前で同級生と合流すると、彼は言った。

「あの面接官、ヤバかっただろ? こっちのこと、徹底的に調べ上げててさ。
 歯科治療についても、びっくりするぐらい詳しくてさ。
 なんかオレ、ほとんど言い返せなかった…」

「まあオレの場合、筆記試験が半分白紙だからな。どうせ不合格でしょ。
 さて、どこ飲みに行く?」



というのが、2020年の初夢だった。
大学受験かぁ……今年は、何か新しいことを始めようとは思っているけれど。