さてお釈迦様(愛宕)の本名も分かっちゃったので、もう一つの疑問、「釈迦族」のルーツについて考えてみようと思います。(※答えはたぶん、出ないと思いますけど...)
↑ お釈迦様の本名
世間一般の議論では「お釈迦様は一人」なので当然、釈迦族のルーツとはお釈迦様の登場した初現を意味します、その中でwikiに有力な2説と、その他の説があったと思うので紹介すると。
ちょっと小さいかも知れませんが(↑)、研究の成果(※仏典だけではない研究の意)と思われる2説をクローズアップすると、
この2説が有力ではないかと思っています、どちらも情報源は同じと考えられ、両者の解釈の違いによって3年のズレが生じているように思います。
二人の本を読むのもいいんですが、全く別の視点で紐解くのも楽しいですし、何より他の人では気付かない視点を持っている龍海ですので、この2説をも否定しかねません!(笑)
なので、とりあえずは軽く調べようと思います。
今回は国立国会図書館の検索で「釈迦族」で検索したものの中に「釈迦族の起源」と書いている項がある本を見つけたので紹介します。
『クシェーメーンドラの作品中の仏伝の研究』という本で二次研究の本のようです、この「クシェーメーンドラ」って誰なんでしょうね?
(検索中・・・)
11世紀頃のインドの詩人で評論家だそうです、11世紀ならかなり古いですね~、期待できそうです。
本文を読むと、釈迦族の者達が自身の家系の起源を世尊・如来に尋ねた事を書いていて、創世神話に始まり、大地が彼らに食物を産出し、クシャトリアとは損害から守ることで人々から尊ばれという事を書いています。
マハーサンマタという名を持つ者の子孫にウポーシャダ王がいて、この王の子供に「転輪聖王・マーンダートリ」という人物がいて「世に唯一の王」と呼ばれ偉大な家であったとします。
千の家系をもつ彼の家系に「クリキ王」があって、世尊・カーシュヤパが彼の心を清らかにした事が書かれ、クリキ王の子孫に「イクシュヴァーク[王]」、その子孫に「ヴィルーダカ[王]」があったが、一番下の子に対する愛情から上の子達を追放したそうです。
その全員が大仙・カピラの住居に行ったそうです、カピラは彼らが瞑想の邪魔になるのでカピラヴァストゥという都を作ってやったそうです。
時を経て王子達を追い出したヴィルダーカ王は愛情から悔やんで大臣達に「彼ら王子だちを引き戻してくれ」と言ったそうですが、大臣達は「王よ、彼らは、最上の都を獲得し、子孫を有して非常に繁栄しております。引き戻すことはできません」と答えたようです。
ここからは原文から引用します、
「 このように、彼らの父親が[息子たちを引き戻すことの]できる(sakya)、できない(asakya)を考察した時に、彼らは「シャーキヤ」という名になった。
彼ら(ヴィルーダカの息子ら)の内ヌリプラが子孫を残した。
彼(ヌリプラ)の家系において、五万五千人の王が過ぎ去った時に、栄えあるダシャラタ王があった。
彼の子孫にシンハハヌ王があって、戦においては、象のような諸王が、獅子のような彼に太刀打ち出来なかった。
彼の長男がシュッドーダナで、次男がシュクローダナ、その下がドローノーダナ、末子がアムリトーダナ。
四人の娘は、シュッダーという名の[娘]とシュクラーとドローナーとアムリター。
シュッドーダナの息子が世尊と次男のナンダ。
シュクローダナの二人の息子が、ティシュヤという子と、それからバドリカ。また、ドローノーダナの二人の息子が、アニルッダとマハット。
アーナンダとデーヴァダッタという二人がアムリトーダナーから生まれた、シュッダーの子がスプラブッダ、そしてシュクラーの子がマーリカ。
そして、ドローナーの子がバドラーニ、また、アムリターの子がヴァイシャールヤ。
世尊の子息がラーフラである。
彼(ラーフラ)で家系は完結した。」
とあります、皆さんはどう読めたでしょうか?
ぶっちゃけ龍海には「アッサリわかるもんだ...」という感想になりました、謎として残っていた部分をこの話は見事に補完しています、という訳で龍海には答えが見えちゃいましたので(笑)(笑)(笑)、次は検証していきたいと思います。
誰だ...分からないだろうと言ったヤツは...私か(^^;)
wwwww
龍海





