今日は軽く『世界古代文明誌』や『古代のメソポタミア』から、古代メソポタミアの科学をご紹介したいと思います。
私は学生の頃「歴史が大キライ」でして、特に世界史が嫌いで、カタカナの名前が覚えられなくてムカついていたのですが、今はこんな歴史研究をしているのですから不思議なものです。(興味を持つと覚えられるという特技はあります。笑。)
歴史がキライだったおかげで、これまでの歴史解釈を殆ど知らない事は勿論の事ですから、逆に「真っ白なキャンパス」に自由に絵が描ける様に、自由に歴史解釈を展開出来ているのです。(子供さんが歴史が嫌いでも、意味があると考える事も必要かもです。)
メソポタミアも日本人(シュメル人)が開いた文明だとわかれば興味も出るというものです、その中で世界古代文明誌や古代のメソポタミアには科学について纏めて記述されていたので、何が凄いのか? お伝えしたいと思います。
BC1000年紀までに発達していた事としてあるのは、メソポタミアでは60進法で算出が行われていたらしいです。
60進法といわれてもピンとこない方は、時計をイメージするとわかり易いと思います、60カウントすると一桁上がるというのが60進法です。(60分=1時間、桁が60で一つ上がる。)
何故60なのかは、60という数字に多くの約数が含まれているからと解釈されていますが、本当ですかね?
また粘土板から分かる事として、「平方(面積)や平方根(ルート)、逆数、立方(体積)、対数(log)、一次と二次方程式の解き方の概念が既にあったそうです。
占星術も発達していて、BC500年頃には太陽、月、惑星、他の惑星の運行、月食、日食がをかなりの精度で予測できていたらしいです。(凄いですね、やっぱり地球が丸いことも知っていたと考えた方がよさそうです。じゃないと日食も月食も予測出来ないハズです。)
医術は伏義(ノア)や神農(ヤペテ)・ギルガメッシュ(ハム)の時には大きく発展したらしいので、その前から薬草学や医学はあったと考えられますよね。(BC2000年より前)
↑ 分銅代わりのライオン像
↑ 天秤による計量の図
このライオンちゃん達は17個一組の重さの違うライオン型の分銅らしく、度量衡(重さの単位)があった事を物語っています、これなどは江戸時代の分銅と同じ役割をしていますね。
あと九九の表や幾何学図形の面積の求め方などもあり、円周率パイも3と1/8(3.124)と知っており、ゆとり教育の子供よりも正確な数字を知っている皮肉なことを物語っています。
ピタゴラスの定理として知られる三平方の定理も知っており、数学でヒーヒー言っている現代人には耳が痛い現実があるようです。
だんだんと定着しつつある「知らないって怖い!」という言葉ですが、二次方程式くらい出来ないと2000年以上前のご先祖から笑われる事を子供にも教えた方が良いのではないでしょうか。
今の日本は本質を見失い、おバカになろうとしている様にも見えます、これを決定している人達は何を大事にしているのか、よく分かりません、数千年前の日本人より教育の質を落として何が良いのか、私には意味が分かりませんね。(今の日本人よりも本質的に賢かった可能性はありますが....)
龍海