はい、どーも!井上です!

 

 

関西を中心に精神医かつ産業医しています!

 

 

ラフな人生をめざしていきましょう(^^)
 

 

 

『ご飯を食べる…』

 

 

 

これは多くの人にとって

 

ストレス解消だったり

 

楽しみにしている人も

 

多いのかと思います。

 

 

 

 

『一緒にごはんを食べに行こー!』

 

という感じで

 

誰かを誘ったりもする行為ですから

 

やはり

 

『食べる』という行為はポジティブに

 

使われることが

 

多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

しかし

 

世の中には

 

誰かと一緒に

 

ご飯を食べることに

 

強い抵抗を覚える人もいます。

 

 

 

 

それは

 

『会食恐怖症』

 

とも言われ

 

最近はニュースなどでも

 

取り上げられることも増えました。

 

 

 

 

もしかしたら

 

あなたも聞いたことが

 

あるかも知れませんね。

 

 

 

 

ちなみに

 

この会食恐怖症は

 

社交不安症のひとつ

 

として分類されます。

 

 

 

 

実際の外来でも

 

この症状を耳にしますが

 

そのきっかけは

 

人によって様々です。

 

 

 

 

そのなかでも

 

学校での給食の現場が

 

きっかけになる人は

 

決して珍しくありません。

 

 

 

 

たとえば

 

『残してはいけない!』

 

という完食の指導こそ

 

トラウマになる人もいます。

 

 

 

 

自分が直接的に

 

怒られていなくても…

 

 

同級生が

 

先生から激怒される現場を見て

 

トラウマになった人もいます。

 

 

 

 

あなたも

 

学生時代の給食で

 

もし全てを食べないと

 

何かの罰則を

 

科せられませんでしたか?

 

 

 

 

たとえば

 

もし給食を残したら…

 

今日の掃除当番とか

 

明日の給食係りとか。

 

 

 

 

とくに好き嫌いはなくて

 

食事を残すつもりがなくても

 

食べるスピードが遅いので

 

タイムリミットが近づいて

 

残す結果になる人もいます。

 

 

 

 

そのような人にとって

 

給食の時間に

 

ひとり、ふたりと食べ終わった人が

 

外に遊びに行って

 

人が減るのが恐怖です。

 

 

 

 

しかも

 

食べ終わるまで

 

先生がジッとその様子を

 

見ているとなれば…

 

 

まるで

 

テストを受けているような

 

時間勝負の緊張感で

 

食事を楽しむことなんて

 

まったくできないでしょう。

 

 

 

 

辛い話しですが…

 

時間に間に合わないので

 

全て食べさせるために

 

先生に無理やり

 

口に押し込まれる経験を

 

した人もいました。

 

 

 

 

毎日の給食の時間で

 

このような緊張感があれば…

 

『誰かと一緒にご飯を食べる』

 

という行為に抵抗が生まれるのは

 

ある意味で自然なことでしょう。

 

 

 

 

大人になって

 

友人や知人との食事でも

 

食べるペースばかり気になったり…

 

”食べるのが遅い”と思われているかも…

 

と不安になって、その場を楽しめません。

 

 

 

 

 

 

『出されたものは

 

全て食べましょう』

 

 

 

もちろん

 

このような考えが

 

悪い価値観ではありません。

 

 

 

 

提供されたものを食べきるのがマナー…

 

好き嫌いは無い方がいい…

 

栄養が偏らないために全て食べる…

 

食べる物があるだけでも有難い…

 

 

など色々な角度から

 

全てを食べきるの大切さは

 

説明されることでしょう。

 

 

 

 

しかし

 

無理やりに口に押し込んだり

 

完食するために恫喝したりは

 

身体的にも心理的にも暴力です。

 

 

 

 

”食事”という

 

だれもが日常的に行う行為でも

 

罪悪感や責任感、恐怖心で

 

人をコントロールすることは

 

長期的にみて

 

相手に深い心の傷を与えるので

 

NGなのは言うまでもありません。

 

 

 

 

とは言え

 

自分で好きな食材を選べる

 

外食や家での食事とは違う

 

『学校の給食』という現場を

 

どう変えていけば

 

この事態が避けられるでしょう。

 

 

 

 

本来は

 

『人それぞれの完食』

 

という形があるはずです。

 

 

 

 

好き嫌いだけではなく

 

体(胃袋)の大きさも異なり

 

じっくり味わって食べたい性格だったり

 

食事への向き合い方は

 

本当にひとそれぞれです。

 

 

 

 

おそらく

 

ほとんどの人にとって

 

学校の給食の教育的意味は

 

『全て食べきる大切さへの教育』

 

に重きが置かれているのでしょう。

 

 

 

 

ただ

 

令和の時代は

 

『食べ物を通じた人間関係の教育』

 

に重きを置くのも

 

いいのではないでしょうか。

 

 

 

 

たとえば

 

『これ苦手だから…

 

代わりに食べてくれない?』

 

と、得意そうな人を見つけて

 

SOSを出す練習にもなるでしょう。
 

 

 

『これ苦手だから…

 

少なめによそってもらえない?』

 

と最初から与えられる量を

 

自分から交渉するのもいいですね。

 

 

 

 

自分の苦手なものが

 

目の前に出現したときに

 

誰かに助けを求めてみたり

 

対応範囲を減らしてもらうのは

 

大人になってからも

 

必要なスキルなはずです。

 

 

 


『全ては食べきれない』

 

という事実を

 

どんな教育につなげるかは

 

結局はその場の先生次第です。




『人それぞれの完食』

 

をベースにしながら

 

クラス全体としての

 

残飯0を目指すことで

 

クラスの一致団結にも

 

繋がる可能性はあるし

 

 

少なくとも

 

心身への暴力的な関わり方は

 

無くなるではないでしょうか。

 

 

 

 

 


では、今日のおさらいです。

 



今日は

 

会食恐怖症の原因になりうる

 

学校での完食の指導について

 

お話をさせて頂きました。

 

 

 


提供された食事を

 

食べきることも大切ですが

 

時によっては

 

それが出来ないこともあります。

 

 

 

 

それを

 

暴力的な対応によって

 

強制することは

 

許されるわけはありません。




大人になってからも

 

”食事の時間”というのは

 

栄養補給タイムの側面

 

だけではないですよね。

 

 

 

 

時には、だれかと

 

コミュニケーションをとって

 

仲を深めたり気分転換になる

 

色々な側面があるでしょう。

 

 

 

 

幼少期の不適切な

 

給食の完食の指導によっては

 

会食恐怖症を生み出し…

 

 

大人になってからも

 

食事という行為の色々な側面を

 

享受できなくなりえます。

 

 

 

 

原則、だれにも

 

同じメニューが提供される給食を

『残さずに全て食べきる』

 

という結果ではなく

 

それに至るプロセスへの教育と捉え直すと

 

人間関係の勉強にもなるし

 

 

 

今後、少しは

 

人前で食事をすることに

 

トラウマを抱えなくて済む人も

 

増えていくのではないでしょうか。

 

 

 

では、今日はこのへんで!

 

See You Next Time Bye-Bye!!

 

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