特別支援学級教員のブログ~人生、何事も勉強~ -3ページ目

特別支援学級教員のブログ~人生、何事も勉強~

3浪した大学受験、充実した大学時代を経て、小学校特別支援学級の先生になりました。
そんな日々に思ったことについて、たまに更新していきます。
コメントとか待ってます。

 例えば、おもちゃを広げたまま部屋をあとにしようとする子にどのような対応をするか。

「ちゃんと片付けなさい!」

 と叱るのは簡単です。

 でも、「ちゃんと勉強しなさい!」と言っただけで勉強が出来ないのと同じように、それで「しっかり片づける」ことが出来れば苦労しません。

 ではどうするか。

 この場合、子どもが片付けられない理由は考えられます。

1片づける意欲が無い

2片づけ方が分からない

1の場合。例えばこの間、児童館にボランティアに行ったら、遊びの時間が終わったあとに人生ゲームの入った箱を片付けたくない、という女の子がいました。(以下Aちゃん)

口笛「片づけようよ」

Aちゃん「やだ」

口笛「そんなの10秒で片づけられるよ!」

Aちゃん「えー?無理だよ!」

口笛「いけるよ!挑戦してごらん!1098

Aちゃん「ちょっと待って!今から数えて!」

口笛「よし、じゃもう一回数えるよ!1098・・・」

 すると、猛ダッシュで片づける部屋に箱を持って駆けていくAちゃん。

 ちょっと長めにかかったので、「10.80.5」と数えてあげたら、残り0.5秒で片づけ終わりました笑

 片づけ終わったらハイタッチ!気持ち良く別れることが出来ました。

 片づけ以外の事例だと、お散歩中になかなか動かない2人の男のが、「あそこの電柱まで競走!」と言葉がけしたらすぐに走り出したり、雪玉を室内に持ってこようとした子に「あの木狙ってごらん。当たるかな~?」と言って雪玉を投げさせてから部屋に入らせたり、ということもありました。

 私はこれを、「指示のゲーム化」と勝手に呼んでいます。「何秒以内!」とか「競争!」とかすると、不快に感じていたことが快の状態に変わる。そこでしっかりと褒めて、その行動を認めてあげる、ということを繰り返すことで、自らやるようになってきます。

 意外と見落としがちなのが「2片づけ方が分からない」のパターン。そもそも、どう片づければいいのか分からない。「ちゃんと片付ける」の「ちゃんと」がどういう状態なのか分からない、という子は多いです。

そういう場合は、大人が見本を見せるなどして教えてあげる必要があります。それをせずに叱っても、そもそもどうすればいいのか分からないのだから、何も進歩はありません。「片づけ」という行為に不快な印象を持ってしまい、かえって片づけが出来ない子に育ってしまいます。

というか私自身、どうしたら自室がきれいに保てるか教えて欲しい。そして、「きれいになったね!」って褒めてほしい笑

子どもも一緒です。むしろ当然年が浅くなるほど、簡単な片付けでもハードルが高くなってしまうのです。

 もちろんマニュアル通りにいかないことはいくらでもあるけど、こういったちょっとしたテクニックが全国の親や教師の常識になれば、いわゆる「良い子」ばかりになるはずなんだけどな・・・

焼き餃子と水餃子どっちが好き? ブログネタ:焼き餃子と水餃子どっちが好き? 参加中

私は水餃子 派!

焼きか水かと問われたので水としましたが、蒸し餃子を忘れないでいただきたい!

先日、中国四川から留学して来ている友人に、蒸し餃子を教わりました。

これが以外と簡単で、かつ美味しいんです!


月に一度、教育学部の仲間と、地域の子どもを集めて農作業したり、そこでとれた作物を使って料理をしたりという活動をしていますが、その活動でもやってみました。

小麦粉を使って、皮から作りました。

水餃子みたいに敗れる心配はなく、かつ焼き餃子ほどに薄くする必要はないので、幼稚園児でも出来ました!
蒸し器で蒸している間も、興味深そうに蒸し器を眺めていう子も多かった。

何より、めちゃくちゃ美味しかった!
学生にとっても、なかなかない経験だったと思います。

また学生だけで作って、餃子パーティーでもしようかなー

焼き餃子と水餃子どっちが好き?
  • 焼き餃子
  • 水餃子

気になる投票結果は!?

 一昨日、二年生の時からずっとアルバイト登録してあった知的障害や肢体不自由の子の保育施設に何カ月かぶりに入りました。

 対象は小学部の子。

 久しぶりに会う子もいて、だいぶ感激!

 「うわぁ、大きくなったなぁ!」とか、「こんなに上手に食事できるようになったんだ!」とか、嬉しい発見がいっぱいありました。

 

その日は、近くの短大の一年生二人と一緒に入りました。

 一応、私は三年生で、それなりに経験は積んでいるので、その子たちのお手本になれればいいな、と思いながら子どもたちと接していました。

 そして、今の自分と、一年生の子どもへの対応の違いは何だろうな、と考えたのですが、一番は、「子どもに自分の支援を押し付けるか、子どもの行動に自分が乗っかるか」という違いだと思いました。

 なかなか慣れていないと、何か働きかけなきゃと思って、「これなら興味を持つかも!」という遊具や教材を提示して、「どう?やってみない?」と促してしまう。

 でも、それじゃ単なる押し付けになってしまう。

 まずは、子どもの行動を良く見て、その子が何に困っていて、何に興味を持っているのかを察知する。そこで、その子の遊びがより発展させるには、行き詰まりを解消させるには、どうしたらいいかを考えていく。

 

例えば、イスを跳び箱みたいに跳び越えようとしている男の子。でも、上手くいかない。高さ的に、上手くいくわけがない。しかし、全く違う教材を用意しては、その子の遊びが台無しになってしまう。

 私は、二つにイスの間に低めのブロックを置いて、イスに手をついてブロックを跳び越えられるような環境を作ってみました。すると、跳び箱のかかえ込み跳びの簡易バージョンみたいになって、わりと簡単に跳ぶことが出来る。そこで、ブロックを上に重ねたり、手前にブロックを置いたりすることで、遊びが発展していく。その子自身も、次第にブロックを積み上げる方に注意が向いていき。そうしたら、他のブロックを出してきたり、「こんな積み方もあるぞ~」ってやってみたり。そのうちに、今度は飛び石みたいに、ブロックからブロックに跳び移っていく遊びに移行してきました。そしたら、ちょっと変化のつけた跳び方を例示してみたり。もちろん「やってみよう」じゃないです。ただやって見せるだけ。

 そのブロックを叩いている子がいたら、他のものも叩いてみて音の違いを感じることができるように例示してみたり、発達段階によっては叩くものを与えたり。

もちろんこれらは100点の対応ではないはずで、もっと自然にその子の主体的な行動を引き出すことは出来たかもだし、空振りで終わることは多い。

でも、「子どもの行動に乗っかる」という対応って、子どもの言動の傾向を経験的に知っていないと出来ないし、「この子はどこまで出来て、どこから出来ないのか」を判断する眼が必要なので、意外と難しいのです。

自分の中の引き出しが少なくて、その少ない引き出しの中から必死でその子の興味を探って、子どもの姿をろくに見ずに「支援の押し付け」をしちゃって、でも子どもの反応が無くて、という経験は、誰でも通る道だと思います。

私自身、何度そんな失敗をして、時には悔しくて涙を流してきたか。もちろん今だってそういう失敗は沢山あるし、教育場面でよくある「(その子にやる気はないけど)これをやらせなければいけない」という場面では、苦労しっぱなしです。

でもその中で、だんだんと引き出しが増えてきて、自然な対応が出来るようになっていく。まさに、子どもに教わりながら自分の方が成長していく。

不器用だけど懸命に子どもと向き合っている一年生を見て、きっとこの子たちは伸びていくんだろうな、(保育士や幼稚園教諭を目指す子たちですが、)きっといい先生になるだろうな、と頼もしく見ていました。

ちょっと偉そうに書いてしまいましたが、自分もまだまだ未熟で、自分への戒めも込めた記事でした。子どもの接し方に困っている人の何かしらのヒントになってもらえれば嬉しいな。

昨日、信じられないような記事を見つけた。

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領土の学習 思考の回路をふさぐな
http://www.shinmai.co.jp/news/20140129/KT140128ETI090005000.php
なぜ領土をめぐってもめているのか。将来の有権者にはしっかり学んでほしい。

 ただ、自国政府の主張を知るだけでは解決に向けた考えを巡らすことはできない。ましてや「問題は存在しない」では、思考は停止してしまう。

 文部科学省がきのう、中学、高校の学習指導要領の解説書を改定したと発表した。尖閣諸島と竹島を「我が国固有の領土」と明記した。解説書は授業や教科書作成の指針になっている。

 下村博文文科相はこの日、解説書だけでなく、法的拘束力のある学習指導要領そのものにも明記すべきだとの考えを示した。

 解説書の改定で、中学社会の地理的分野は「固有の領土」に続き、尖閣諸島では「現に我が国が有効に支配しており、解決すべき領有権の問題は存在していないことを理解させる」とした。竹島は「韓国によって不法に占拠されているため、累次にわたり抗議を行っていることなどについて的確に扱う」としている。

 もちろん、政府見解を知ることは大切だ。だが、相手国の歴史や見方を教えなくては平和的解決の道筋を考える学習にならない。

 中国は「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は古来、中国の領土。日本政府は日清戦争で秘密裏に窃取した」と主張する。韓国も「独島(竹島の韓国名)は6世紀の新羅の時代から固有の領土で、日本が主張する領有権問題は存在しない」と反論している。

 長らく平行線をたどってきた。本格的な衝突を避けるため、日中韓は領土問題を先鋭化させないための知恵を絞ってきた。

 安倍晋三首相は両国との関係について「対話のドアは常にオープン」と繰り返してきた。しかし、先の大戦のA級戦犯を合祀(ごうし)する靖国神社を参拝するなどでドアを自ら遠ざけた。日中、日韓の首脳会談は全く開催のめどが立たない。

 一方で、国内では内向きな「愛国心」教育を進める。第1次政権で愛国心を教育目標に盛り込んだ改正教育基本法を成立させた。続いて、現政権では改正法に照らして重大な欠陥がある教科書は不合格にすると、教科書検定基準を改めた。

 今の「道徳の時間」は、教科に格上げする。新しい検定基準を通った教科書を使い、子どもたちを評価する。

 単一の価値観をかざし、対立する国との対話を閉ざしたらどうなるのか。それこそ「歴史」の中から学びたいことだ。
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日本固有の領土を「我が国固有の領土」と言って何が悪いのか。
中国や韓国が反対しているという事実は、教えるべきかもしれない。どんなおかしな主張をしているかを、教えるべきだ。しかし、その上で「でも、竹島・尖閣は日本の領土です」と教えることが、どうしていけないのか。
日本の将来を担う子どもたちに、日本の領土の問題をきちんと教えるということは、最低限の教師の役割ではなかろうか。

道徳の教科化も引き合いに出し、「単一の価値観」などという読者の琴線に触れそうな言葉を用いて民衆を扇動しようとする。
全く、日本のメディアも堕ちたものです。

紙媒体の記事を見ると、この改定に対する日教組教師の批判的な意見が載せられていました。

コメントは、批判一色。
完全な情報操作。
そんなメディアこそ、歴史から学んで戴きたい。そう思います。

早く、教育現場を変えないと、日本が滅びてしまう。
冗談じゃなくそう思い、寒気がしました。

しばらく、ブログがほったらかしになっていました。

他の所にアウトプットの場を移したというのが、最大の理由です。

でも、その間も沢山の人がアクセスしてくれて嬉しかったので、近況報告を。

とりあえず、一番大切なところ。

小学校の先生を目指します。

来年の教員採用試験、特別支援学校で受けるか、小学校で受けるか、物凄く悩んでいました。
教員になることに関しては、100%迷いはない。これは、教師を志した中学生の頃から変わらない。でも、どちらにしようかと。

大学では、特別支援教育を専攻しています。
当然、周りは特別支援学校教員志望が多いです。
自分も、色んなボランティアや実習、アルバイトで障害を持った子ども、特別な支援を要する子とたくさん関わってきて、特別支援がいかにやりがいのある素晴らしい仕事か、実感してきました。
これ以上楽しいものはない、とまで思ったこともあります。
しかし、小学校の先生もやってみたい。
色んな臨床経験の中で、サークルや大学での学びの中で、小学校の先生もいいな、と思い始めて。
この時代、通常学級の教師になっても、特別支援を専攻していたことは間違いなくプラスになる。
特に、通常の小中学校での特別支援教育を研究したいと考えている自分にとって、通常校の中で、特別支援を引っぱっていくことの出来る教師になることは、大きな憧れの一つ。

結論としては、行く行くは小学校も特別支援学校もどちらも経験したい。
要は入口の問題。

とりあえず、小学校の教育実習を経験してから、決めようと思いました。
そして去年の9月、実習が終わりました。
結果・・・終わった直後は、自分の気持ちが余計分からなくなりました。
小学校教育の魅力を実感したと同時に、その難しさも痛感。今までの経験からしても、何十人もの子どもを引っぱっていくよりは、少数でも一人当たり多くの支援を必要としている子とじっくり向き合う方が、自分には向いている気がして。

でも、実習が終わって、色んなことを考えました。
小学校の教科指導はどうあるべきか、もし小学校教員になったらどんな学級を作っていきたいか、など考えたり、友人と激論を交わしたりしたことも何度か。

それが、とっても楽しかった。

そして、自分のこの手で、通常学級の運営をしていきたい、という気持ちが大きくなった。

それを踏まえて、「よし、小学校教員になろう」と思ったのが、9月末。
しかし、当時自分の中で心配だったのが、その頃、障がいを持っている子とほとんど関わってないな、ということ。そこからの刺激が足りていないのかも知れない、と思いました。
そして、そんな風に心が揺れ動いていた矢先、障がい児と関わる機会がありました。発達障がい児を持つ親の会で、親御さんの懇談中、子どもたちを預かっているボランティア。
大げさかも知れないけど、これは運命だと思いました。

もしその状況の中で、そのボランティアによって自分の気持ちが特別支援に揺れるようなことがあったら、また考えよう。でも、そこで気持ちが揺らがなかったら、小学校に決めよう。

そんな想いで参加しました。
すっごく楽しかった。やっぱ特別支援っていいな、と思った。
でも、自分の中での小学校教員になりたいという気持ちを、打ち崩すことはなかった。

やっぱり、小学校教員を目指そうと決断。

その日中に、両親にも電話で報告。


11月くらいから本格的に教員採用試験の勉強を始めました。

お正月休み、冬期講習の講師のバイトで、初めて、中学生相手の集団授業も経験。それもそれで楽しかったけど、やっぱり小学生相手の方が楽しかった。やりがいを感じた。

大みそかと元日だけ帰省して、家族や親戚と色々話しました。

私が3浪している関係で、妹も現在大学3年生。

自然と、就職の話題が多くなります。

絶対に、一発で教採に受かりなよ。そんなプレッシャーを沢山浴びてきました笑

そんなこんなで、現在に至ります。

そろそろ卒論のことを考え出して、3年生中心のボランティアやサークルは次世代への引き継ぎを考え出す頃で、4年生中心のものは自分に代表が下りてきて。大学のレポートや試験、教採の勉強も忙しくなってくる。そんな時期にいます。

そんな、最近の口笛少年です。

また、気が向いたらブログ更新します。