先日都響が1000回目の定期演奏会を迎えたが、東フィルも1000回目の定期演奏会を迎えたという。都響はインバルを指揮台に迎えてブルックナーの交響曲9番(4楽章版)という凝ったプログラムを披露したが、東フィルは名誉音楽監督のチョン・ミュンフンを指揮台に迎えてメシアンのトゥランガリーラ交響曲を演奏した。この作品の録音で名を上げたチョン・ミュンフンである。これは聴かずばなるまいと足を運んでみた。なお、厳密には前日の23日の公演が1000回目の定期演奏会であったようであるで、1001回目の定期演奏会に行ったというのが正確である。

 

6月24日(月)サントリーホール

メシアン トゥランガリーラ交響曲

務川慧悟(Pf)、原田節(Onders Martenot)

チョン・ミュンフン/東京フィルハーモニー交響楽団

 

チョン・ミュンフンは、パリのオペラ座時代にトゥランガリーラ交響曲をパリのバスティーユ管と作曲家の立会いの下で録音しており、名演として名高いし、その後も、折に触れてメシアンの作品を録音してきており、メシアンは個人的な親交もあったのであろうし、得意とする作曲家の一人であろう。今回の記念となる演奏会にそのメシアンを選んだのもその自信の表れであろう。オンド・マルトノの世界的第一人者の原田節に加えて、フランスで学んだ務川慧悟を独奏ピアノに迎えるという万全な態勢で臨む。

 

トゥランガリーラ交響曲は、独奏者二人に大編成の打楽器群を含む巨大な管弦楽による大音響が続く10楽章制の約80分の作品である。いかにもメシアンらしい色彩感の豊かな音響と時にはシンプルに、時には錯綜するリズムの変化も面白い。ただ、録音で聴いていると、同じような音楽と巨大音響が永遠と続き、正直少し途中で飽きてしまう。ただ、実演だとその大音響と色彩感を生々しく体感することができ、録音で聴くのとは全く別の醍醐味があるのではないか。実は実演に接したのは今回が初めてで、期待が高まる。

 

サントリーホールの舞台を所狭しと奏者が並んでおり、最前面にソリスト二人とチェレスタなどの鍵盤楽器が並べられる。後方には多数の打楽器奏者が、各種の打楽器を前にスタンバイしている。舞台設定だけでも壮観である。メシアンの音楽は、オルガン出身の作曲家らしく、金管のユニゾンを多用したパッセージと、リズムを刻む弦楽器、色彩感を出すために様々な組み合わせで用いられる木管群と激しく打ち鳴らされる打楽器、それに、分厚い和音とアルペジオを中心としたピアノ独奏が絡み合い、キラキラと輝くチェレスタの音に、ヒューンというオンド・マルトノの電子音が浮遊する。何とも不思議な世界であるが妙に耳に残る旋律らしきものもあり、何よりもそのキラキラとした音響は圧倒的である。

 

チョン・ミュンフンの指揮する東フィルは見事なアンサンブルを聴かせてくれた。整えられたハーモニーが、どの部分でも実にまろやかに響く。金管も激しく咆哮し、打楽器も激しいのだが、全体としては実に見事にブレンドしている。この絶妙なバランス感覚はチョン・ミュンフンの真骨頂であろう。激しいのに全く尖った感じのしない優雅で上品な音楽。メシアンですらこれほどまろやかに演奏してしまうチョン・ミュンフンの音楽作りとオーケストラの統率力に脱帽である。

 

またピアノの務川が素晴らしかった。冴え渡った技術でこの難曲の独奏部分を軽々と演奏していたが、少し硬質ながらキラキラと輝くような、少し鐘を思わせる音色のコントロールも見事である。オーケストラと渡り合っても、きちんとピアノの音が響いてきて、打鍵力もしっかりしている。トゥランガリーラ交響曲のピアノといえば、録音でもメシアン夫人のロリオを筆頭に、クロスリー、ティボーテ、エマール、ヒューイット、オズボーン、最近ではアムランなど凄腕の猛者が弾く印象が強いが、務川も全く聴き劣りのしない見事な独奏を披露していた。原田のオンド・マルトノの技量はよく分からないが、流石のベテランの貫禄があったように感じられた。

 

80分の長丁場ながら演奏陣の集中力が素晴らしく、全く緊張感が途切れることなく、全体的に非常に高い完成度を誇っていた。楽章の最後など、指揮者が思い切り大音響を引っ張るが、馬力が下がらないのは流石であった。個々の楽章について何かコメントをしたくなるような曲でもないが、とにかく最後まで、メシアンの良質な輝かしい音響を堪能し、東フィルの渾身の大音響を浴び続けた80分であった。途中から、何やら妙なトランス状態のような興奮状態に陥っていくような気もする。恐らく実演をずっと聴いているとそういう状態になるのだろう(逆に、そういう状態になれない、日常空間で録音で聴いていると、曲の醍醐味を感じられないのかもしれない。)。何やら怪しい宗教体験をしているようだが、そういえばメシアンは熱心なキリスト教徒である。そういう宗教的な涅槃の境地を音楽で目指していたのかもしれない(という割にはサンスクリット語から標題を取っているが。)。

 

何やら凄い体験をさせていただいた。これまでメシアンのトゥランガリーラ交響曲がこれほど人気が高く、割と実演でも取り上げられることを不思議に思っていたが、この涅槃の境地を目指して皆が集まるのかもしれない。このままメシアン教に入信してしまったらどうしよう・・・

 

いずれにしても1000回目の定期演奏会を見事に祝ったチョン・ミュンフンと東フィルに最大限の賛辞を捧げたい。