5月のN響の定期演奏会は全てルイージが指揮した。サントリーホールで行われるB定期には1946年生まれという80歳近いピアニストのブフビンダーが登場し、特異なブラームスのピアノ協奏曲1番を演奏するという、さらに後半がニルセンの交響曲2番「4つの気質」ということで足を運んでみた。

 

5月23日(木)サントリーホール

ブラームス ピアノ協奏曲1番(独奏:ルドルフ・ブフビンダー)

ニルセン 交響曲2番「4つの気質」

ファビオ・ルイージ/NHK交響楽団

 

前半はブラームスのピアノ協奏曲1番である。ブフビンダーは実演には初めて接するピアニストである。ただ、上野の春の音楽祭ではベートーヴェンのピアノ・ソナタ・チクルスをやっていたしまだまだ精力的に活躍しているようである。ベートーヴェンのピアノ・ソナタの解釈で有名で、ソナタ全集を3回録音ししているらしい。このピアニストのことを知ったのはアーノンクールがブラームスのピアノ協奏曲の録音に起用したこと。生まれはチェコというが、ウィーンで活躍しており、ウィーン・フィルとの共演も(弾き振りも含めて)多い人であるので、ウィーンで活躍していたアーノンクールとの接点もあったのであろうか。1999年に録音したアーノンクール指揮するコンセルトヘボウ管とのブラームスのピアノ協奏曲はなかなか悪くないと思っていたが、それ以外の録音はあまり聴いて来なかった。なお、ブフビンダーはその後、2015年にメータ指揮するウィーン・フィルとも再録音している。そちらは、指揮者の音楽作りが前面に出ているアーノンクール盤(ピアニストは少し窮屈そうだ。)に比べるとメータの指揮がよく言えばウィーン・フィルの自発性を引き出した、悪く言えば緩い指揮で、その分、ピアニストは伸び伸びと弾いている。

 

今回の演奏はというと、冒頭からルイージ指揮するN響の音が薄くて驚いた。先日、あれほど濃厚で気合の入ったメンデルスゾーンを演奏した組み合わせなので、鋭角的でエッジの利いた、対位法的で重量感のあるブラームスになるかと想像していたが、あまり力感がなく、すいすいと進むし、低音もそれほど響かせない。あまり思い入れのない、妙に薄味の演奏になっていたのである。そして長い序奏の後にブフビンダーは随分と小さな音で入って来た。よくいえば繊細だが、むしろ弱々しいくらい。全体的にピアノの音は小さめ。指は回っているし、完全にピアノ独奏になると少し大きくなるので、意図的にやっていたのかもしれないが、オーケストラと絡むところはあまり聴こえない。テンポはやはり全体的に速めで、時折、年季の入った、ためなどを駆使した歌い回しが上手いなと思うところはあるが、あまりブラームスに思い入れがないのか表現は全体的にさっぱりとしている。

 

どうもブフビンダーは、ベートーヴェンやモーツァルトと同じ解釈方針でブラームスを解釈しているような気がする。つまり、前期ロマン派くらいの感覚なのだろう。そして、割とさっぱりと上品に仕上げる。俺が俺がというのを表面に出さず、淡々と曲を奏でて曲に語らせる。ウィーン古典派ならそれが機能するのだろうし、そのオーソドックスな解釈は存外常識的なウィーン・フィルには受けるかもしれない。また、ブラームスについて、後期ロマン派的な濃厚な解釈の伝統を洗い流したかったアーノンクールとも方向性が合ったのだろう。だから1楽章は重くせず、2楽章も上品に歌い、3楽章は颯爽と駆け抜ける。3楽章の後半では思い切りテンポを上げて、全く重くはならないのに、凄いスピードで弾き切ってしまった。ただ、3楽章の後半はブラームスとしても雄大で格好いいところなのだが、そこを随分とさばさばとやられてしまうと、ちょっと拍子抜けである。時折、ちょっとしたところで、ブフビンダーのピアノと管楽器が絡むところなど、ちょっとウィーン風の室内楽風になったり、随所にウィーンで活躍する音楽家の凄みを感じさせられたが、全体的に薄味のブラームスに少々拍子抜けした。ルイージはそのピアノの方向性に上手に合わせていたということだろうか。なお、アンコールはなし。

 

後半はニルセンの交響曲2番「4つの気質」である。ヒポクラテスによる四体液説による4つの気質の分類による、1楽章がどう猛、2楽章が無気力、3楽章が憂欝、4楽章が陽気ということのようであるが、標題音楽というわけではないらしい。ニルセンを得意とするブロムシュテットとの関係が深いN響は意外にニルセンの演奏経験が豊かであるが、よく考えると、パーヴォ・ヤルヴィもニルセンを得意としているし、ルイージもデンマーク国立響と最近ニルセンの交響曲全集の録音を出したばかり。何かとニルセンとは縁が深い楽団である。

 

北欧のシンフォニストとして、ついついシベリウスと並べて比較されたりするニルセンであるが、この二人の作曲家の個性はかなり違っていて、抒情的なシベリウスに比べると、ニルセンはモダンで格好良く、無機的・機械的で、幾何学的な印象がある。ニルセンを高く評価する人も多いし、凄い作品だと思う瞬間も多々あるが、正直、よく分からないというところもあり、好みでいえばシベリウスの方が好きである。

 

演奏は、前半のブラームスで思い切り弾けなかった鬱憤を晴らそうとしたわけではないだろうが、キビキビとしたルイージの指揮の下、非常に迫力のある精緻な演奏で圧倒された。とにかく、オーケストラが巧いということに尽きる。ルイージは、曲をよく分析し、エッジの利いた鋭さで、各パートの対比や掛け合いを上手に引き出しつつ、煽るような推進力で曲の前進性を表現していた。ニルセンはどんどん音楽の表情というか、舞台が変わっていくようなところがあるが、そのギアチェンジも精緻に計算されし尽されていて、実に自然に音楽が流れていく。辛口で硬派なニルセンであったが、これはこれで聴きやすいし、この演奏精度とレベルで完璧にニルセンをやってもらえうと爽快感すら感じられる。とにかく惚れ惚れするような演奏であった。

 

デンマークには行ったことがないので、ニルセンの音楽にデンマーク的要素があるのかはよく分からないが、このモダンな香りのする作品が実に高いレベルで再現されていたことは間違いない。そして、やや取っ付きにくい最初の3つの楽章の後に、軽快で覚えやすい4楽章のメロディが始まると、何かほっとさせられる。このツンデレ的な効果がこの曲のある種の魅力であろうが、最後まで楽しく聴かせていただいた。ルイージのニルセンはなかなか素敵だ。

 

今月の結論、ルイージはメンデルスゾーンとニルセンがいい。とはいえ、9月の新しいシーズンは、ルイージ指揮のブルックナーの交響曲8番(第1稿)から始まる予定である。そちらにも期待したい。