5月のN響の定期演奏会には首席指揮者ルイージが登場した。どうでもいいが、「ルイージ」をネットでそのまま検索してみたら、ゲームのマリオ・ブラザーズの弟キャラの「ルイージ」ばかりヒットした。ネット上で有名な「ルイージ」はまだ指揮者ではないようである。残念なことだ。ジェノヴァ出身のイタリア人ルイージであるが、ヴェルディを除くと殊更にイタリア人作曲家の作品を取り上げて来なかった。経歴的にもオーストリアで指揮法を学び、独墺圏でポストを歴任してきたし、オペラならともかく、コンサート・レパートリーとなるとイタリア人作曲家のものは少ない(探せば結構あるが)ということなのだろうか。そんな中で、ついにイタリア人作曲家のみでプログラムを組んだ。コンサートの標準的レパートリーとなっているほぼ唯一のイタリア人作曲家の作品であるレスピーギのローマ三部作を取り上げたのだ。尾高指揮する都響の演奏会を聴いた後に足を運んでみた。

 

5月11日(土)NHKホール

パンフィリ 戦いに生きて(日本初演)

レスピーギ ローマの松

レスピーギ ローマの噴水

レスピーギ ローマの祭り

ファビオ・ルイージ/NHK交響楽団

 

最初に演奏されたのはイタリアの作曲家パンフィリの作品。初めて耳にした作曲家であるが、1979年生まれというので40代半ばの人のようである。この「戦いに生きて」という作品は2017年にルイージが初演したという16分の作品で、改訂版もルイージの指揮で演奏されたという。プログラムによると「習慣やマンネリを打ち破り、新たな言語を開拓し、境界を押し広げる芸術家の内なる闘志」を表現し、作曲家はそれを「音楽の精神」と同等のものであると考えているという。そのコンセプトは興味深いし志も高そうだが、曲自体は、巨大な打楽器群を用いているのが特徴的な程度で、特に新しい言語を使ったり、境界を押し広げているとは思われないが、比較的聴きやすい現代作品といった趣の曲である。打楽器の刻むリズムが重々しく、金管が音楽を盛り上げ、また音の奔流が去った後にすっと波が引いた後のような静寂が美しく表現されたり、小粋に仕上げられた、気が利いた音楽ではあるのだが、それほど強い印象を残す曲でもない。演奏後、ルイージが客席の方を誰かを探すように目の上に手を当てていたので、見えなかったが作曲家が客席にいたのかもしれない。

 

続いてレスピーギの「ローマの松」となる。ローマ三部作の場合、作曲順は「噴水」「松」「祭り」であるが、比較的静かな「噴水」は真ん中に置き、「祭り」から始め、「松」のアッピア街道の大音響で終える指揮者と、「松」から始めて「祭り」の大騒ぎで終える指揮者と別れるが、ルイージは「松」先行型である。

 

ルイージの指揮するN響の「ローマの松」はとにかく端正である。各パートが惚れ惚れとするほどの妙技を披露し、ルイージの解釈も上品にきちんと音響を整理している。最初の「ボルゲーゼ荘の松」など、もう少し遊び心というか、子供が遊んでいるような大騒ぎを演出してもらいたいが、ルイージ家のお子様たちは上品なようで、行儀よく遊んでおり、純音楽的に美しく仕上げられている。続く「カタコンベ付近の松」は重厚な低音が地中から湧き上がってくるようにずしりと響いていたが、あまり粘ることなく、淡々と進む。舞台の外から聴こえるトランペットの音が非常に美しい。「ジャニコロの松」は、艶やかさや官能感は乏しかったが、弦楽器を上品かつ繊細に歌わせていて、すっきりとした美しさを醸し出していた。コンサートマスターのマロこと篠崎史紀も、ウィーン仕込みらしい細かいヴィブラートの音で、中では少し嫋々たる音色を響かせていた。鳥の声は鳥笛で演奏されるとプログラムには書いてあったが、結局は録音を使っていたように聴こえた。最後の「アッピア街道の松」はバンダがオルガンのところと、その逆側のいつもはテレビカメラがいるバルコニーとに陣取り(ここだけテレビカメラは慌てて引っ込む)、オルガンも入り大音響となる。あまり煽情的にするのではなく、きちんとコントロールして音の厚みを大きくしていくルイージの音楽設計が光る演奏であるが、その冷静な進め方が、N響の馬力と実力は大いに発揮させていたものの、やや熱狂には結びついていなかったところもあったように感じられた。結局、端正なのである。巨大過ぎるNHKホールだと、どうしても音が拡散してしまい、このクラシック史上最大の音響と言われている「アッピア街道の松」でも、その音圧が届き切っておらず、音響のシャワーを浴びるような快感には、あまりいい席でなかったこともあり、少し乏しく、そこは残念であった(どうせなら、サントリーホールでやるB定期でやれば良かったのにとも思った)。

 

ここで休憩を挟んで次は「ローマの噴水」である。ドビュッシーなど印象派の作風に影響を受けたといわれる、神秘的で幻想的な作品だと感じているが、今回のルイージとN響の演奏の中では最も良かったと思った。ルイージが非常に繊細に音を組み立てていて、それをN響が集中力をもって実現しており、録音で聴くとあまりよく聴こえてこない音も含めて、非常にクリアに響いてくる演奏であった。端正で上品なルイージの解釈とは最も相性が良かったように思われ、大きすぎるNHKホールの音響も気にならない。「昼のトレヴィの噴水」での勇壮なところや、「たそがれのメディチ壮の噴水」での静かな中で鐘が鳴り響くところなども非常に印象的で、これは文句なく名演であったと断じてよいように思う。

 

最後に「ローマの祭り」となる。再びオルガンのところにバンダが登場し、派手にトランペットが鳴り響いていた。少し前に井上道義指揮する新日フィルの演奏をラ・フォル・ジュルネで聴いたばかりであったが、かなり劇的に盛り上げていた井上に比べると、ルイージは交響詩としての「ローマの祭り」を精緻に組み上げようとしていたようであった。複雑なリズムなども極めて正確に処理されており、あまり煽るところはない、バランスの取れた実に見事な精妙な演奏であった。最初の「チルチェンセス」は大音響をよく整理し、勢いで押し切るのではなく、実に音楽的に仕上げており、次の「五十年祭」は静かに美しく、「十月祭」でも、セレナーデを奏でるマンドリンも過度に強調するのではなく、まるで家の外からそっと聴こえてくるような控え目な風情、最後の「主顕祭」は錯綜するリズムを的確に整理しつつ、大音響をしっかりと響かせていた。よく練り上げられた演奏で、見事であったが、やはりルイージの作り出す音楽は端正である。これはこれで見事だが、正直、井上道義の勢いだけで押しまくったような演奏も好きだなあ。

 

初めて「ローマ三部作」を通して実演で聴いたが、改めていい曲だなと思いつつ、ずっと聴き続けるには、レスピーギの作風は同じような感じで、意外に変化に乏しいようにも思われ、最後の方は少し疲れてきた。そして、今回はルイージの端正さが目立っていた。クールで知的なイタリア人ルイージ、5月はまだ他の定期(こちらは独墺プログラム)にも登場するので期待したい。