5月11日は英国音楽愛好家にとっては厄災というべき日であったろう。何せ、全く同じ時間帯に尾高忠明指揮する都響がウォルトンの交響曲1番を演奏し、藤岡幸夫指揮する東響シティ・フィルがヴォーン・ウィリアムズの交響曲2番を演奏するというのだ。不思議と行きたい演奏会は重なるものである。それにしても、ウォルトンの1番とヴォーン・ウィリアムズの2番とは・・・選べない。となると決め手となるのは前プロである。都響はバルトークのピアノ協奏曲3番、東京シティ・フィルはリストのピアノ協奏曲2番である。そりゃあバルトークの3番でしょう。ということで、バルトークとウォルトンの合わせ技で都響に軍配が上がり、都響の演奏会に足を運ぶこととした・・・のであるが・・・。

 

演奏会前日に突然のニュースが。バルトークを演奏予定であったピアニストのバタシヴィリが体調を崩したとかで急に降板したということ。代役はケフェレックでモーツァルトのピアノ協奏曲20番が演奏されるという。バルトークのピアノ協奏曲3番を楽しみにしていただけに、残念過ぎて、一瞬、まだチケットがあればヴォーン・ウィリアムズを聴きに行こうかとすら気が迷ったが、ケフェレックのモーツァルトの20番も気になるではないか。ここは初志貫徹することとした。

 

5月11日(土)東京芸術劇場

武満徹 3つの映画音楽より「訓練と休息の音楽」「ワルツ」

モーツァルト ピアノ協奏曲20番(独奏:アンヌ・ケフェレック)

ウォルトン 交響曲1番

尾高忠明/東京都交響楽団

 

最初に武満徹の弦楽器のための作品が演奏される。映画音楽からの音楽ということで比較的聴きやすい。1曲目はコントラバスが刻むジャズ風のリズムに乗って音楽が進むが、流石に武満の音楽は辛口で小気味が良い。2曲目も短いながら捻りの利いたワルツで小粋である。都響の弦楽セクションの隙の無い引き締まった見事なアンサンブルで楽しく聴くことが出来た。そういえば、以前にBSのNHKを付けたら、たまたまやっていた古いドキュメンタリー番組(確か、岩手県の遠野を取り上げたもの。)で、音楽が妙に粋で素敵だと思ったら武満作であったことがある。NHKのちょっとした番組で武満の音楽が流れていた時代があったのかと思うと驚いてしまう。

 

続いて代役のケフェレックが登場してのモーツァルトとなる。直前の依頼であったのだろうが快諾してくれたケフェレックが登場すると会場も都響の団員も惜しみない拍手を送った。ケフェレックは最近モーツァルトのピアノ協奏曲20番を録音したばかり。すぐに弾ける曲ということだったのかもしれないが、バルトークのピアノ協奏曲の中で最もモーツァルト的と言われている3番の代わりに、モーツァルトのピアノ協奏曲の中で最もロマン派に近付いた20番というのは案外面白い。

 

弾き慣れてはいるだろうが、準備期間が短かったであろう都響であるが、最初からオーケストラの緊張感が凄い。冒頭こそ少しだけ縦の線が合わないところがあったが、その緊張感がいい意味での集中力を生み、オーケストラの一体感が物凄く、ピアノが入る前から音楽がまるで「ドン・ジョヴァンニ」のように劇的にうねり出していた。コンサートマスターの矢部達哉が率いる弦楽セクションが、全員が一丸となって物凄い集中力で弾いているようで、モーツァルトとは思えないほど重厚な音楽になっていた。急な曲目変更ということで妙な緊張感と集中力が出てきて、かえって音楽に凝縮し、密度が濃くなっていたように思われる。短期間できっちりと音楽表現をまとめ上げたマエストロ尾高の手腕もいかんなく発揮されていたのだろう。

 

こんな立派な序奏を受けたケフェレックはやや速めのテンポで弾き始めた。少し前にラ・フォル・ジュルネで協奏曲9番を聴いたばかりであったが、その時と同様に、少しペダルを多用しているが、音は全く濁ることなくクリアで、タッチが完全にコントロールされている。そして、9番の時には落ち着いた、いい意味でセンスの良い上品な演奏であったが、今回は全く違った。曲の性質もあるだろうが、クリアにコントロールされたタッチは同じだが、表現が異常なまでに劇的で振幅が大きい。速めのテンポで弾き出したが、演奏が進むにつれて音楽が熱を帯びて來るとテンポが気持ち速くなっていく。多少のミスタッチを恐れることなく、思い切りのよい演奏で、左手の低音を豪快に鳴らしつつ、実に劇的に演奏を進めていく。モーツァルトというよりもベートーヴェンのようである。ケフェレックは完璧な音色のコントロールを武器に、フランス音楽などが有名だが、実はかなり豪快なピアニズムの持ち主で、若い頃のラヴェルのピアノ協奏曲集などを聴くと、いい意味で「男前」な剛毅な演奏に驚かされるのだが、今回は実に剛毅なモーツァルトになっていた。20番以外ではこういう表現は成功しないかもしれないが、豪快に鳴らしつつ細かいパッセージにも振幅の大きい表情をしっかり付けている。何という圧倒的なピアニズム。ケフェレックの一挙手一投足に目と耳が釘付けになってしまった。

 

1楽章のカデンツァはよく取り上げられるベートーヴェンではなく、恐らくブラームス作のものであったよう。それまでの劇的な演奏と違和感なくつながる、重厚なカデンツァで、もっと演奏されてもいいのではと思わされた。ケフェレックの物凄い集中力で弾き切ったカデンツァの後にオーケストラも興奮気味に熱っぽく入ってくる。聴いている側も集中を強いられていたので、1楽章が終わった段階で、ようやく息を付けた。

 

2楽章はピアノ独奏の主題から始まるが、こちらはまるでドビュッシーやサティを奏でるような透明感のあるクリスタルタッチで美しく丁寧に奏でられた。時々装飾音を加えつつ、センス良く旋律を紡いでいくケフェレックのピアノが秀逸である。一度、熱くなってしまった都響も一度クールダウンして、この美しいピアノに繊細に寄り添って演奏をする。地獄落ちのような1楽章の後に、天国的な2楽章が來るのは、コントラストが凄い。もちろん、中間部の激しいところは、ケフェレックは豪快に鳴らしたので、一瞬1楽章の熱量が戻ってくるような感じもあったが、その起伏の激しさも含めて、劇的な音楽作りに圧倒される。

 

2楽章が終わったところで、そのままピアノ独奏から始まる3楽章に突入する。快速なテンポで始めたピアノを受けて、少し長めの管弦楽部分が入るが、この部分もオーケストラの密度が凄い。かなり対位法的な、各楽器がそれぞれしっかりと演奏しないと迫力が出ないのだが、これほど熱く、厚い合奏を聴いたのは実演では初めてかもしれない。凄い集中力と燃焼度であった。その後も力強いピアノ独奏と重厚な管弦楽の絡みが丁々発止と続き、まるでピアノと管弦楽が真剣で打ち合っているような凄みのある迫力で音楽が進んだ。途中にちょっとしたカデンツァも挟みつつ、3楽章も恐らくブラームスと思われる重厚なカデンツァが弾かれたが、その後のピアノと管弦楽のやり取りも、興奮していたかのような激しいオーケストラと、それを一見冷静に受け止めつつ、しかし、むしろ煽るような前のめりなピアノ独奏とで音楽の熱量がどんどん上がっていって最後まで大迫力の演奏であった。聴き終わって、これってモーツァルトだったかと思い出したほど。これほど熱い、そして密度の濃いモーツァルトの20番を聴いたのは初めてである。もちろん、聴衆も興奮の坩堝で、オーケストラも独奏者に惜しみない拍手を送っていた。急なソリストと曲目変更を受けて、急いで仕上げたという特殊な状況もあったであろうが、その急いで仕上げた緊張感と集中力が奏者全体に一種の興奮状態を生じさせ、何か脳内でアドレナリンが出まくっていたような、やや特殊な熱演であったようにも思われるが、とにかく凄い、また、素晴らしい演奏であった。

 

全く拍手が収まらないので、やむを得ないと思ったのか、アンコールにケンプ編のヘンデルの「メヌエット」が演奏されたが、これは本当に美しく、心のこもった演奏であった。やはりケフェレックは凄いピアニストである。

 

後半はウォルトンの交響曲1番である。尾高は得意としているようで、国内のいろいろなオーケストラとこれまでも取り上げて来たようであるが、尾高指揮の実演に接するのは初めて。都響は前半の熱気がまだ残っていたのかもしれないが、このかなり金管が派手に鳴り渡る交響曲を、特に弦楽器が、執拗に繰り返すリズムでやや煽るように突き上げていて、全体としては物凄い熱演になっていた。尾高の指揮は、曲のツボをよく押さえていて、高い推進力を持たせつつ、しっかりとアンサンブルをまとめ上げていた。前半で出番の無かった都響の金管セクションも熱い演奏を繰り広げていた。1楽章の迫力が凄かったが、2楽章も、トリッキーなリズムも切れ味鋭く完璧なアンサンブルで演奏していた。優しく美しく奏でられた3楽章を挟んで、ひたすら攻めまくる4楽章も大いに熱い。4楽章は、ややくどいくらい盛り上がるが途中にフーガ風の対位法的な部分などもあるが、その辺の尾高の整理が実にクリアで曲の構造がよく分かる。最後の方はオーケストラの熱気が上がり過ぎて、楽器が鳴り過ぎてややバランスとアンサンブルが緩んでしまっていた感じもあったが、実演ではそれがまた臨場感のある迫力につながっていく。最後まで大熱演であった。元々熱っぽい曲であるが、これほど熱い演奏はそうは聴けないだろう。

 

この日の白眉はケフェレックとのモーツァルトのピアノ協奏曲であったが、ウォルトンも素晴らしかった。バルトークのピアノ協奏曲3番を聴けなかったのは残念であるが(降板したバタシヴィリの一日も早い快癒を祈りたい。)、お釣りがくるくらい素晴らしいものを聴かせていただけたのは、不幸中の幸いというもの。藤岡と東京シティ・フィルのヴォーン・ウィリアムスも良かったのだろうが(まだ未練がある。)、今回は初志貫徹で結果的に大成功であった。