山田和樹が首席指揮者として読響を振る最後のプログラムは名曲シリーズで、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」、ブルッフのヴァイオリン協奏曲1番にフランクの交響曲というかなりベタなもの。普段であればそれほど興味を感じなさそうなものなのだが、メイン・プログラムがフランクの交響曲となると、隠れフランキスト(隠れキリシタンみたい。というか、隠れてないが。)としては黙っていられない。少し前にルイージ指揮のN響の演奏を聴いたが、あまりテイストが合わなかったので、スイス・ロマンドやモンテカルロ・フィルというフランス文化圏のオーケストラでのポストを歴任している山田の演奏に期待して足を運んでみた。

 

2月13日(火)サントリーホール

リヒャルト・シュトラウス 交響詩「ドン・ファン」

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲1番(独奏:シモーネ・ラムスマ)

フランク 交響曲ニ短調

山田和樹/読売日本交響楽団

 

最初はシュトラウスの「ドン・ファン」である。山田はかなり速いテンポを採用し、爽快かつ躍動感のあるドン・ファンに仕立て上げていた。よく引き締まったアンサンブルで、重厚感には乏しいが、しなやかに音楽が前に進むその推進力が凄い。最初は少し落ち着きがない印象もあったが、ドン・ファンは、多数の女性を関係を持った稀代の色事師である。恐ろしく精力的な人物であろうから、落ち着きなく動き回っていたと想像される。そんな人物を描写するのであれば、山田の解釈は曲に合っているのだろう。オーケストラのアンサンブルの精度も高く、中間部は少しテンポを緩めて甘く歌うなど緩急をよく付けた山田のタクトの下でなかなか小気味よい快演であった。特に好きでも嫌いでもない曲だが、これほど楽しく聴けたことは初めてかもしれない。

 

続いてラムスマを迎えてのブルッフのヴァイオリン協奏曲1番となる。シモーネ・ラムスマは初めて接する奏者であるが、オランダ出身のヴァイオリン奏者で録音も何枚かあるようである。使用楽器はストラディヴァリウスとのことでプログラムの紹介によれば美音に定評があるのだとか。ブルッフのヴァイオリン協奏曲1番はこの作曲家の作品の中では一番有名な作品である(あとはスコットランド幻想曲が知られている程度か。)。暗い情念とロマンティシズムに独特の魅力のある作品であるが、有名な協奏曲の中では比較的弾きやすいということでヴァイオリンを習うとよく課題曲になり、ヴァイオリンを習っていたことのある人のかなりの割合が耳タコになってしまう作品でもある。

 

冒頭のティンパニのトレモロを聴こえるか聴こえないかのレベルで叩かせ、木管が入ったところでヴァイオリンが入ってくる。確かに、艶のある音色が美しい奏者であるが、そこまで音が大きいわけではなく、割と線は細い印象がある。山田も奏者の音量によく配慮して、オーケストラの音量を抑え気味にし、オーケストラのみの部分で思い切り弾かせていた。ラムスマは、情念を出すよりもメリハリを付け、美しく響かせることを優先していた。細かいところで、少し弾き飛ばしていたところもあったが(耳タコ効果)、オーソドックスな解釈で無難に弾き切っていた。2楽章など、美音を活かして嫋々と歌い込むのかと期待していたが、全体的に、清潔感のあるさっぱりとした解釈で一貫しており、3楽章も粘ることもなく駆け抜けていた。こざっぱりとしたセンスの良い演奏ではあったが、それほど強い印象は残らなかった。まあ、ブルッフの1番だし。

 

あまり何度も呼び戻される前にアンコールを演奏する姿勢に入った。調弦をやり直し、一度弾こうと構えてから肩当の位置を再調整するなど入念な準備をして随分気合を入れて引き出したのが、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ2番の4楽章である。怒りの日のメロディが引用される印象的な楽章である(「無伴奏シャコンヌ」という映画で主人公のヴァイオリン奏者がこの部分を弾いているシーンが異様に印象に残っている。なお、サントラはクレーメルが担当しちえた。)。ラムスマは、ブルッフの時とは人が変わったように、艶やかで濃密な音色で、切れ味の鋭いリズムで覇気を込めて演奏していた。表現の幅も広く、唖然とするほど鮮やかな演奏に圧倒された。ブルッフではアピールのできない魅力を全開に出してきたような印象もあったが(なかなかアピール上手である。)、ブルッフのようなロマン派の作品よりも、イザイのような作品の方が得意なのかもしれない。調べてみたらショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲1番を録音しているらしいので、改めて聴いてみたいと感じさせられたし、イザイも録音してもらいたいところである。

 

後半はフランクの交響曲となる。情念の塊のようなフランクを割とすっきりとした演奏を身上とする山田がどう解釈するのか気になったが、山田はシュトラウスと同様に速めのテンポを取りながら、歌わせるところはしっかりと歌わせ、かなり音楽の起伏を大きく取り、情熱的に音楽を盛り上げていた。少々熱すぎるほど熱い演奏で、特に盛り上がったところの金管が凄い。フランクの場合は、弦楽器がベースを作り、その上に木管、金管が乗ってオルガンのようにハーモニーを作り出す。読響は金管がかなり強力だが、盛り上がると金管の咆哮が弦楽器の音を吹き消してしまうほどの迫力で、一部やり過ぎな気もしたが、会場で聴いているとその迫力には圧倒された。山田は弦楽器については、細身で引き締まったアンサンブルを要求し、クリアに響かせることを好むようであるが、管楽器については合唱出身だけあって、ハーモニーを上手に組み立てる。その音楽作りの手法が、存外フランクに合っている気がした。暗い浪漫や情念、重厚さよりも、とにかくよくうねる、起伏の大きい熱い演奏であった。2楽章はかなり緻密に作り込んでいて、なかなか表情豊かで、最後に3楽章で再びオーケストラのパワーを全開にして解放する。もう少しフランクらしい情感がある方が好みではあるが、熱い、小気味の良い演奏で、期待以上に良い演奏であった。隠れフランキストとしても大満足である。

 

どうも山田は大曲よりも、小規模・中規模の曲を小気味よく演奏する時にその魅力を最も発揮するのかもしれない。また、フランク一曲で判断するのは早計かもしれないが、録音なども含めて、山田はフランス音楽との相性がとても良いように思われる。小粋なフランス音楽を熱く颯爽と振る山田の今後の活躍に期待したい。